目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第111話 底無しの追憶

 たくさんの、痛いものがとんでくる

 それは熱かったり、寒かったり、びりびりしたり色々だ

 わたしがそれをいくら食べてもけっしておなかがいっぱいになることはない

 わかっているのはわたしが大切なやくめをだれかにまかされたことと、めのまえにいる人たちすべてが敵だということだけ

 だからこそ

 とんでくる攻撃も

 それを出した人たちも

 それをどれだけ食べようとだれも怒らないとわかっている

 なぜなら相手は敵だからだ

 わたしがあばれればあばれるだけ周りからはいろんな声がとんできているような気がするけどそれもべつに気にする必要のないことだと、わたしに頼んだだれかは言っていた……はず

 わたしにこの役目を頼んだその人は、泣きそうな顔でわたしに謝っていた

 でもわたしには、何を謝っているのかわからなかった

 食べていいよと許可をもらっただけで、何も嫌なことはされていないのに

 うしろでシャッターがしまってからどれくらいたっただろうか

 食べても美味しくないものをなんどもなんども食べながら、それをわたしに向けて放った相手も食べていく

 そうすれば少しずつ頭の中が鮮明になってきて、頼んだ人がなんであんな顔をしていたのかも、少しずつだけど分かるようになってくる

(本当であれば、こんなことを君に頼むのがお門違いなのも、正しいことではないこともわかっている、これをしっかりと理解できているのかもわからないのにこんなものを託すべきではないことも、それでも……私はこの戦いの勝率を少しでもあげないといけないんだ、戦いが終わればどんな報いも受ける)

 そう言って、きっとこうして外の全てをわたしみたいな子供に任せたことに抵抗があったんだろう

 わたしはそっとポケットの膨らみに手をあてる

 きっと、これをわたしに渡して、使ってくれないかと頼んだこともひどい罪悪感があったのだろう

 意識がもうろうとしていて、きっとなにもよく分かっていないと思われるわたしにそれを笠に着てそんなことを頼んでいる自分が嫌だったのだろう

 確かに普段のわたしは意識がもうろうとしているし、必死で考えたり思い出そうとしても空腹が邪魔をする

 それでも、誰から頼まれたことなのかすら分からなくても、これが大事な役目だってことは最初からずっと分かってた

 だから、そんな顔をする必要はないと、謝る必要なんてないと、わたしは伝えたかった

 わたしは自分の意思でここにいて、役にたちたいって思ってるんだよって

 それでも、いつものわたしではそれを伝える術を持たない

 ガコンっと大きな音がして、シェルターのほうから一気に冷気が流れていく

 瞬間あからさまに目の前のたくさんの人達の動きが鈍くなっていき、わたしはそれを合図に膨らんでいたポケットから注射器を取り出した

(どっちについてくるのかなー)

 ふと、珍しくいつもは全然長続きしない記憶のなかからその言葉が再生される

「そんなの、最初から決まってる……」

 わたしを助けてくれたお姉ちゃんはもちろん好きだ

 でも

 こんな何考えてるのかも、何をしでかすかも自分ですらわからないわたしに普通に声をかけて、頭を撫でて、遊び相手にまでなってくれたまるでお兄ちゃんみたいだった彼を忘れることは出来ない

 きっと、ずっと、いっしょう

 だから、今度会ったら言うんだ

 わたしに苦しそうにお願いしてきたあの人には、これはわたしが選んだ道なんだって、お姉ちゃん達には、ここまで連れてきてくれてありがとうって

 そして、あのお兄ちゃんには……

 可愛がってくれてありがとうって

 それから、私も一緒に海が見たいなって

 もしかしたら断られるかな……

 きっと、いや、絶対に断らないだろうな

 彼なら必ずそれならついてくればーなんて、言ってくれる確信がある

「また、会えたとき、たくさんたくさん伝え、られるといいな……」

 私は誰に言うでもなくそれだけ言葉にすると迷うことなく注射器を自分の首に突き刺していた

 その薬が全て身体に入りきった頃には、視界と意識ははっきりして

 それから、きっと、この伝えたい全てを伝えられる日が来ることはないと

 そう、気付いてた

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?