目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第112話 最初から目指してたんだ

 ドオンッ!! とシェルターの外から大きな爆発音が聞こえた

「底無しちゃん……」

 それだけで外で何が起きているのか、以心伝心なんて使えない私ですら安易に想像がついた

 私が頼んだその薬を、使ったのだろう

「……今は、考えている場合じゃないだろう、しっかりしろ……」

 自分の言葉で自分に発破をかけるのにどうしても考えるのは底無しちゃんのことだった

 使うまでは意識が朦朧としているから分からないとしても、使った後はおそらく意識レベルは普通まで戻るはず

 そういう予定で作った薬だ

 製作期間が短期間だったのでテストなども出来ておらず一発は本番のその薬

 それを使って、自我を取り戻した彼女は一体どう思っただろうか

 自身を利用した私に腹をたてただろうか

 自身の残り少ないかもしれない人生を悟り、嘆いただろうか

「っ……だから、今は落ち着け」

 私は一度思い切り自分の側頭部を殴り付ける

 勢いよく殴ったので少し頭がくらくらしたが何とか意識はこちらへ戻すことが出来た

 トトと分断された私はすぐにシェルター内の防壁シャッターを全て下ろした

 そして私だけが知っている隠し通路を使って何とかフーカを撒くとある部屋を目指していた

 だがフーカが糸を張っていたのはあのフロアだけではなかったようで行く先々でフーカの以心伝心により紡がれた糸で出来た壁にはざまれて思うように移動することが叶わなかった

 持っていたナイフで切り裂いてみようともしたが伸縮性もありながら1本1本が強靭なそれを切ることは不可能だった

 何とか数本引き裂けてもすぐにその糸は再生する

「……まずは、トトとの合流を――」

「見ーつけた!」

「っ……」

 私はとりあえず糸の張っていないほうへ進もうとするが慌ててしゃがみこむ

 その上を鋭利な糸が一閃走り

 壁には大きな亀裂が入る

 あれにあたっていれば今頃私なんて真っ二つ

 そう思うと自然と喉が鳴る

「あれ? 博士意外と反射神経良いんですねー」

 糸の飛んできたほうを見れば糸で出来た壁を掻き分けながらフーカが現れる

「……やっぱりこっちから来たか」

 自身で出したものとはいえ自身に干渉しないというのはいささか便利すぎる気もしない

 フーカの以心伝心は応用が効くからこそ強い異能だ

「あ、べつに挑発されたからこっちから来た、とかじゃないんでそこ勘違いしないでねー、一番邪魔で、一番弱いあんたから叩くのが一番、って判断しただけなのでー」

 私のやっぱりという言葉を違う意味で取ったのかフーカはそう言いながら手をぶんぶんと振ってみせる

「……まぁ、戦いにおいてはそれは正解だろうね、それなら私は――! っぐ……」

「悪いけど、くだらないお喋りに付き合う気はないんで」

 話している間にもフーカは粘糸を飛ばしてきてそれは私の首にぐるぐると巻き付いてくる

「それは……こっちもだ……!」

 そして勿論私だって別に話がしたいわけではない

 私はポケットから取り出した薬品をフーカの糸に思い切りかける

「っ……これはっ……」

 それは発火性のある薬品で、フーカの燃えやすい糸は一気に炎をあげてフーカの手元のほうまで上っていく

「とりあえず、逃げさせてもらうよ」

「チッ……そう簡単に逃がすわけないでしょ――熱い! 熱くないけど! 逃げられると、思わないでくださいね……!」

 手元まで上ってきた炎に焦っているうちに私は曲がり角を左に曲がろうとする

「……成る程、それならこっちだ」

 しかしすぐにその目の前には糸の壁が張られて、私はすぐに踵を返して右の道に入る

「地の利は確かにあんたにありますが、そんな適当に逃げまくってるとトトとの合流が難しくなり――って、またそれ! 本当にあんたはイラつかせてくれますね」

 何かと言いながら粘糸を飛ばして追いかけてくるフーカのほうにまた薬ビンを振り撒く

 目の前で上がる火柱にフーカは憤りを隠すことが出来ないようで少しずつ語気があらくなつ

「私には戦う術がないからね、小賢しくて申し訳無い」

「……それなら、こうするまでですねー」

「……ぐっ」

 謝りながらも少しずつ距離を開く私にフーカは手をかざして勢いよく糸を飛ばす

 今度は絡めとるなんて面倒なことは飛ばしてその糸は私の肩を壁に縫い止める

「痛い、って言うことすら出来ないなんて大人は不便なものですね」

 フーカは言いながら少しずつ近付いてくる

「君は、私がいた頃から大人が嫌いだったね、ずっと」

 私は何とか糸を引き抜こうとするが鋭さに補正をかけた粘糸なのか触った掌に傷が出来るばかりで抜ける気配はない

「そりゃ嫌いですよ大人なんて、自分の理想を押し付けて、都合が悪くなれば道具みたいに子供を捨てる……そんなダニ以下の存在どうやって好きになれって言うんです?」

「……」

 フーカ

 彼女の人生を見せ物のようにあえて語ることはしない

 言えるのはただ、彼女の人生はいつだって大人達が支配して、大人達の玩具にされてきた、それだけだ 

「まぁ、その点においては感謝してますよ、一生大人になる必要がない身体にしてくれたことは」

「そうか……」

 それが盛大な皮肉であることぐらい鈍感な私にだって分かる

 ゾンビイーター達の殆どに言えることだが彼女もまた、望まずしてゾンビイーターとなった一人なのだから

「いいんですよ? 地面に額擦りつけて無様に謝ってくれても、許すか許さないかは別ですが」

 私が暴れるのを止めて大人しくなったからなのかフーカは私が諦めたとでも思った様子でそう、吐き捨てる

「……すべてが終わった時、私が生きていて、君が生きていれば君の望む謝罪の形を受け入れたい、だが、今は私だけの命じゃないからね、申し訳無いが今だけはそれは、出来ない……!」

 だが私は今、諦めるわけにも下でに出るわけにもいかない

 何故ならここで私以外の子供達が、私の考えた策に乗って戦っているのだから

 隠し持っていた先程のものよりも切れ味の良い強化ナイフで無理やり私の身体に刺さる糸を切り離す

「っ……壁に使っていたナイフ以外も持ってたんですねー、しかも切れ味の良いやつ、隠してたってことですか……本当にあなたは、人の神経を逆撫でするのが得意ですね」

 フーカの言葉からやはり私がナイフで壁になった糸を切り離そうとしていたことが知られていたことを悟り、このナイフを隠しておいたことに安堵する

 最初から使っていればそれに対応した粘糸をフーカは準備していただろう

「っ……」

 私はそのまま進んで廊下を曲がろうとするがすぐに目の前に糸の壁が生成される

 強化手術の影響かは分からないが私がいた頃よりも格段に異能の操作性や速度に磨きがかかっていてなかなか対応が難しい

「そっちには行かせませんよー、さて、これで袋小路、どうする?」

「……私が、ただの袋小路なんて作っておくと、そう本気で思ったのかい?」

 曲がろうとした先を糸で塞がれ、来た道にはフーカがいる

 端から見れば絶体絶命のそのピンチさえ

 私からすればただ、計算どおりだった

 私はそのまま手近な壁に手を押し付ける

 そうすればガコッと音がして横に一つの扉が現れる

 私はすぐにその中へと駆け込んだ

「どういう……っ! まだ逃げ道が!」

 慌ててフーカも部屋にもつれ込んできたところでちょうど部屋の明かりがついた

(逃げていたんじゃないさ、最初から目指していたんだ、この場所をね)

 私は心の中で呟く

 そう、私はけっして糸に翻弄されてこの場所にたどり着いたわけではない

 フェイントをかけ、言葉で操り、この場所に、フーカと二人でたどり着くことこそが、私の最初から立てていた目標だったのだから

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?