「こ、れは……!」
すぐに部屋の変化に気付いたフーカが怒りから我を取り戻しながら少し慌てた様子を見せる
「部屋の冷却システムを作動させた、この部屋だけに用意してあるゾンビ迎撃用の強力なものだ、数分の間にこの空間は氷に覆われる、というわけだ」
ここまで来ればもう後はどうにかなる
私は時間稼ぎも兼ねてあえてしっかりと説明して見せる
他の部屋にも迎撃システムのあるところはある
だがこの部屋はそれこそこういう事態を想定して外の冷えた空気を取り込みそれをさらに冷却して一気に放出するように設計してある
つまるところは私が組織を抜けたときの追ってにもしゾンビイーターやゾンビを使われたときのためのシステムだ
「っ……もしかして、そのためだけにここまで誘導して……」
私の反応を見てフーカはやっと私の深意に気付いたようで少しだけ血の通っていないその肌をより青白くさせる
「だから私の頭のなかを覗いてみろと言ったじゃないか、考えもなく逃げ回るようなことを私はしない」
ヒントは何度も与えていた
勿論それはフーカの感情を一定ではなくずっと触れ幅のあるようにするためのものではあったが
もしそれに気付けてさえいればこの状況は避けれただろう
だがそうなったとしたら今度は別の策を始動させていただけの話ではあるが
「……ほんっとうに気に入らないやつですね、何度も言いますが……あぁ、うしろの扉を閉めたのは自分から逃げるためではなく自分を逃がさないためでしたか……上手いこと勘違いさせられましたねー、でも、こんな扉、今のうちなら簡単に……ってなんのつもりですか?」
扉の開閉の意味を理解したフーカは身体に不調をきたす前にというようにすぐに扉に近付こうとする
だから私はそれを邪魔するためにフーカに身体ごとしがみつく
「折角この部屋に入ってもらったんだ、もう少し一緒にゆっくりしていこうじゃないか、なんせこの部屋に人を入れたのは初めてだからね、歓迎するよ」
寒さにがたがたと身体が震えるが気持ちで負けないようにわざと明るく努める
「はぁ!? こんなバカみたいな冷気、あなた自身も凍え死ぬでしょバカじゃないんですか!?」
だがフーカは驚いた様子を浮かべてから私を引き剥がしにかかる
もう少しノッてくれてもいいのにと思わないでもないが命のかかっているこの状況では仕方ない
まぁ、そんなよくわからないことを考えてしまう時点でおそらくすでに私の自分の命に凍死という死神の手がかかりかけている、ということだろうが
「ははっ、それも本望さ……いや、ここまでが全て私の筋書きどおり、これも含めて作戦のうちなんだよ」
そう、私があえてトトと分断されたのも、わざとこちらに何も戦う術がないと刷り込みこちらを追うように差し向けたことも、先程の道順通りに全てが私の立てた作戦のなかの一つに過ぎないのだ
「……信じられない、あのヤマトだってそこまで考えないでしょ……くっ……身体が少しずつ動か、なくっ……こんな茶番には付き合っていられない! 以心伝心!!」
フーカは私がこの手をどう足掻いても離す気がないと悟るとすぐに武力行使に移った
「く……ぅ……」
この寒さのなかでいくら異能が弱まっているといってもハイスコアラーの異能だ
身体にはまたたく間にたくさんの裂傷が増えていく
「ほら、ズタボロになる前にとっとと離してもらっていいかな……!」
それでも私が離さなければさらにフーカは出力をあげる
だが、私は離すことはしない
「この冷気のなかでは、全力は出せないにしても人間一人くらい切り刻むのわけないんですよ……! だからっ……わかったらとっとと離れてくれますっ!?」
少しずつ、フーカのほうが動揺を隠せなくなっていく
それもその筈だ
この冷気のなかそうじゃなくても動かない身体を行使して異能を使えば自分で活動限界までの時間を早めているに等しい
だからこそ
「ここで離してしまったら、皆の頑張りが全て無駄になる、だから……死んでも離せない……!」
私はより強くフーカにしがみつく
私はソラちゃん達がヤマトを倒してヨハネを殺してくれると信じている
それなのに戦いに勝利してはい、帰ってきましたとなったときにこの場所が無くなっていれば何の意味もない
だからこそ、勝率を上げるためにこの場でハイスコアラーのフーカだけは止めなければいけない
私という最小限の被害だけで
「ふざ、けるな! ガラスの中の子供さえモルモット程度にしか見ていなかったようなやつがなに善人みたいな台詞撒き散らしてるんですか!? 自分は、別に自分が善であるなんて言う気はさらさらないですが、自分からすればあなたも十分に善ではない、もしこれから偉大な功績をあげたとしてもそれは……変わらない! 私達は善にはなれないっ……!!」
「そんなことは……百も承知でやってるんだ!」
フーカの悲痛な叫びに私もただ気力で怒鳴り返す
当たり前だ
私の研究のためなんて言葉で子供達にしたことは結果として万能薬なんて素晴らしいものではなく世界の破滅を招いた
それは決してこれから先赦されることではないし私自身赦す気なんてさらさらない
「っ……そろ、そろ不味いかも、しれないっていうか……そろそろ離れて……!」
フーカの私を押し返す手からどんどんと力が抜けていく
「離さない……!」
反対により苛烈になる粘糸での攻撃に耐えながら、もう少しだと自分に言い聞かせながら押さえる手に力を込める
「こんだけ寒くて、自分の糸でずたずたにされてるのに、何で少しも力が弱まらないんですかねぇ……! 」
「これが、私の覚悟だからだよ」
イライラした様子で怒鳴るフーカに私はただそれだけ返す
今、上手く言葉になっていただろうか
それすらもわからない
それでも
私は死んでもこの手を離す気はない
フーカが活動限界を迎えるまでは
「……っ正気の沙汰じゃない……!」
「全くもって、その通りと言わざるおえないよなぁ!!」
フーカの言葉に呼応するような叫び声と一緒に目の前の壁が勢いよく破壊されて部屋にこもっていた冷気が霧散していく
「……トト?」
冷気が外に流れていくのに気を取られて、いや、トトがこの場に来たことに気を取られて私はフーカの拘束を瞬間的に緩めてしまいその間にフーカは私の腕を振り払うと動きずらい身体を引きずりながらそれでもトトから距離をとる
身体が万全ではない状態で戦うのは不利だと判断したのだろうか
脳内ではそんな問答が繰り広げられるのに実際のところは何も口にすら出せなくて
「いやぁ、またまたしてやられたよアカネ、お前どんだけ僕に隠し事すれば気が済むのかな?」
逆にトトがそれだけ言うと少し笑顔を浮かべて、それから真剣な表情を私に向けた