「さて、私からの説明と提案はここまでです、あとはあなたがどうするか、決めるだけです」
私が二人の近くに行く間にもソラちゃんは私達の決めていた作戦を端的に話すとどうするのかをヤマトさんに委ねる
「あー……本当に、どう足掻いてもこの社畜人生からは逃れられないのかー、本当に最悪だなこの人生は……」
ヤマトさんはそれでも起き上がることすらせずにぼやき続ける
「私達は時間がそれほどありませんから決めるなら――」
「まぁ、手術受けなくて本当によかったわ……」
そして、急かすソラちゃんの言葉をヤマトさんが遮る
「……どういうことですか?」
ソラちゃんがヤマトさんの言葉に聞き返すからつい転けそうになる
いや、今のはさすがに私でも分かったが
それを言い出すのも何か憚られた
「え、今ので通じないのか? やっぱりそういうところお前らしいわ……」
「喧嘩売ってます……?」
そんなソラちゃんに心底驚いた様子でやっと自分の力で身体を起こしたヤマトさんにソラちゃんは眉間にしわを寄せる
「売ってない売ってない! この状況で喧嘩売るバカがどこにいるんだよ……乗る、乗るよその話、乗らなければ死んで、乗れば生きられるんだろう? それならそんな話乗らないわけないだろ普通」
そんなソラちゃんにヤマトさんはブンブンと否定してから自分の意思を伝える
「じゃ、そういうことで成立ですね、動きづらいと思いますがこの戦いが終わるまで適当なところに隠れて……」
「待って待って!」
そしてあまりにもそのままの状態で話を進めていこうとするものだから私は慌てて止める
「どうしました?」
「どうしました、じゃなくて! せ、せめて終わるまで拘束とかしとかないでいいの……? もしこれが嘘だったらとか……」
だが私の問答にソラちゃんはただはてなを浮かべるだけで、あれ、これ私がおかしいのかと少しずつ思い始める
「……なんだ、思ったよりもちゃんと考えてるんだなあんたは、だからソラとも上手くいくのかねぇ」
そしてそんな私を見てヤマトさんは楽しそうにそう言った
「ウミさん、この人はそういうことはしませんよ」
「……それは、真面目だから?」
本人は否定も肯定もしないのにソラちゃんはなぜかそう断言するものだから考えた結果もう一度聞いてみる
「ぶはっ! 真面目なのあたしじゃなくてあんたのほうだよ」
「……別に笑うことなくないですか?」
そんな私の言葉にヤマトさんが吹き出すから流石に少し腹が立ってくるもので
「まぁ、怒るな怒るな、別にあたしが真面目だからとかそういうことじゃない」
そう言いながら少し非難の目を向ければさらにヤマトさんは楽しそうに笑う
「じゃあ、理由は……」
私が急かせばヤマトさんは少しだけ考えた後に口を開く
「んー、そうだな、しない、というよりは……出来ないと言ったほうが正しいかもしれないな、なぁ、あんたはなんであたしがあんな暴論をさも正論みたいに言いながらここに一人残ったと思う?」
「え、それは……あなたがいることが一番の防御だって自分で……」
そしてそんな質問を返してくるから私はヤマトさんが最初に自身で語った説明を思い出して言葉にする
「そう、自分で言った、さもそれっぽく、でもさすがに無理があるだろ、本当の理由は……ここに一人で残ったほうが生き残れる可能性が高かったからだ」
そしてヤマトさんはそれを肯定して、否定しながら本当の理由だというそれを語った
「えっ……」
驚いてつい、声が漏れる
「隊を率いて本拠地に攻め込むよりも、誰かに見張られているような状態で自陣を守るのも、どちらも死ぬ可能性が高い、一番あたしが生き残れる可能性が高いのは、自陣を一人で守ることだ……一人だったら最悪誰にも邪魔されずに敵を前にして逃亡だって出来るだろ?」
そしてヤマトさんは説明しきると自嘲的に笑って見せるから
「……なんで、そこまでして」
つい、そう聞き返していた
だってこの人は、ゾンビイーターの中のトップであり、何よりも今回の戦いの大将を任されているような人物なのに、逃げ出すなんて選択肢すらあるなんて、何故そこまで振り切ることが出来るのか、それが理解出来なかった
「真面目なあんたには分からないと思うけど、それしかないんだ、あたしには……いつだって、他の奴らみたいに誰かに入れ込んだりも出来ないし、大切なものもない、大切にしてくれる人もいない、だから……自分の命を自分が一番大切にしてやりたい、それだけだ、本当にどうしようもないよ、あたしは……いつだってそう」
そんな私に分かりやすいように、ヤマトさんはただ、丁寧に説明してくれて、だからこそ
「……でも、あなたはちゃんとポチを守ったよ」
本人が気づいているのかすら分からないその事実を伝える
「それは……さっきも説明したけど自分のためだ、話し相手がいないと暇だろ?」
ヤマトさんは私の言葉に少し不快そうにそうぼやく
それで、わかったことがある
ヤマトさんはきっと自分で自分のことを理解したくないのだろう
今まで持っていた自分という概念を壊したくないのだ
だって旗から見ればただ必死に自分以外の命を守ったのに、それもまた自分のためだと言うのだから
「ヤマトさんはそう思ってたかもしれないけど……ポチも、ヤマトさんを守った」
だからあえて私は言葉を続けて、未だに唸るポチの頭を優しく撫でる
勿論この子もゾンビなわけで、噛まれる可能性だってあったかもしれない
でもこの場面でこの子はそんなことしないとなぜか確信していた
「あれは……たまたま犬笛の間にあたしがいただけで、こいつはゾンビ犬だから何も考えてないし、そんなことしな……い……ポチ?」
それでもヤマトさんが認めなければポチは私の手を振りほどいてヤマトさんの頬をペロリと舐める
「そんなこと、ないよね……ポチは自分の意思でヤマトさんとソラちゃんの間に割って入った、きっと犬笛を吹かなくても何も変わらなかった、少なくとも、ポチは自分よりヤマトさんを大切だって判断して動いてた」
ポチは私の言葉に反応するようにワンっと大きく吠えた
やっぱり、そうだ
この子はきっとオメガウイルスの適合率の高い犬なのだ
だからちゃんとこの場面を把握している
「……今のは、ただ雨があたしの頬に伝ってたから、それを舐めただけだろ」
それでもヤマトさんは認めずにポチから顔をそらすけど
「それは、本人じゃないから分からないけど……今だってちゃんと隣に寄り添ってる」
ポチはそんなこと気にする様子もなくただのんびりと、ヤマトさんの横でくつろいでいるだけだった
「……まぁ、好きに言えばいいさ、あたしは、ただ生きられれば、それでいい」
そんなポチを見て、ヤマトさんは大きくため息を吐くと隣のポチの頭を乱暴に撫でた
そんなヤマトさんにポチはただ、満足そうに鼻を鳴らしていた