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第123話 天才と秀才の勝負の始まり

 私は、昔から人体や動物の身体の構造が好きで、気になって、知的欲求心の高い子供だった

 そんな私は当たり前のように国立の学術院に入り、自分の欲求を満たす毎日はそれなりに充実していた

 そして私はその日も授業の後にひたすら研究に没頭していた

「ねぇ貴女」

 そんな私に声をかけてきたのは一人の勝ち気な表情のあからさまに高飛車な様子の私の苦手なタイプの女

「……私に話しかけてるのか?」

 私は自分の周りをキョロキョロと見渡しながら聞き返す

「貴女以外誰がいるのよ」

 だがその女は呆れたようにそう言うだけで

「……一体何?」

 私は早々に諦めて中指でメガネを押し上げながら女のほうを見る

「あなた、かなり有名よねこの学術院のなかでも」

 女は立ったままで私から視線を外さずにそう聞いてくる

「ああ、その話? 私が授業中以外にも解剖とかばっかしてるヤバいやつだって……今みたいに」

 私は言いながら自身の手元を晒す

 そこには先程までは生き物としての形態を保っていたであろう物が転がっていた

「そうそう、大分有名ですもの自分でも理解してるのね」

 大抵の人であればそれを見れば同じ研究者志望でも引くそれを、その女は何も気にする様子もなくちらりと見ただけでこちらへ視線を戻してそう言った

「……そりゃ、あれだけ散々言われれば嫌でも耳に入るさ、まぁ別に気にしてないんだけど、それにだがだからなんだ? 私が研究で結果を出せばみんな黙るさ、なんせこれは……人助けなんだから」

 学術院では授業中も暇な時間もこんなことをしていれば流石に噂にでもなるだろう

 時たまこれだけ勉強熱心なら将来有望、なんていう前向きな噂話も聞いたが大体は頭のおかしいマッドサイエンティスト、どこかで死体を拾ってきてホルマリン漬けにしてる、とかそういう後ろ向きな噂話ばかりだった

 だがそれを私は一度も気にしたことすらなかったわけだが

「人助け、ね……あなたはただ、知的欲求を満たしたいだけに私からすれば見えるけれど……」

 人助け、その言葉を使えば私達は無敵だった

 人助けの為ならどれだけ他の命を使っても問題ない

 大勢の人間が助かるならその他の人の命すら、ぞんざいに扱っても問題ない

 ここはそういう世界だ

 だが女はそんな私の言葉を目の前から真っ二つに正論でかち割ってみせた

「……あながち間違ってないかもしれないな、どうでもいいが……それで、用事が済んだなら消えてくれないか? 研究が進まない」

 それは正しくて、勿論すぐに肯定した

 はっきり言って人助けなんて私からすればただのおまけだったからだ

 だがそんな女が無性に何故か腹立たしくて

 私は適当に話を終わらせて研究に戻ろうとした

「あら、ごめんなさいね、用事はまだ済んでないの、あなた、私のこと分かる?」

 だが女はまだ引く気はないようで、そう言いながら自身を指差してみせた

「……は? いや、分からないけど」

 私は女のことを上から下まで一望してみたが残念なことに見覚えはなかった

 それ程までに私のなかで人間というのはどうでもよかったのだ

「やっぱりそうよね……いい、この際だから教えてあげるわ、私はヨハネ……この学術院で首席のあなたに続いて次席の席に座っているものよ」

 女……改めヨハネはそう言いきるとどんっと胸を張ってみせた

「……はぁ」

 だが私はあまりにもどうでもよくてそんな生返事しか出来なくて 

「……あまり興味ないって感じね」

 ヨハネもヨハネで気まずかったのか胸元にあてていた手を離して自身の髪の毛を掻き分ける

「私は、首席とかそういうのにこだわったことないし」

 この学術院に入ってから私は一度もトップの座から降りたことはなかった

 テストも実技も全て満点、完璧なまでの首席

 だがそんなものは私にとってはどうでもいいことのひとつだった

 別に首席だからって何か良いことがあるわけでも自分の欲を満たせるわけでもないから

 まぁ、少し行き過ぎたことをしても首席だからと看過して貰えるのはそれなりに便利だったがそれくらい 

「それは残念、でも私はこだわってるの、だから……」

「っ……」

 だがヨハネはすぐに立ち直ってずいっと私のほうへ顔を寄せて、躊躇う私に

「勝負しましょう、私と」

 そう、言ってのけた

「な、何の……?」

 私は慌てて後ろに椅子を引きながらメガネを押し上げて聞き返す

 この時にはきっと既に彼女のペースに飲み込まれていたのだろう

 天然、というかマイペースというか

 彼女はどこか、人を惹きこむそういう特殊な空気を纏っていた

「世界中の研究者の目標とも言えるそれ、死すらも凌駕する万能薬をどちらが先に作れるか、なんてどうかしら?」

 そしてヨハネは事もなげに簡単にそう言ってのけた

「万能薬とか、そんなの出来たら苦労しないよ誰も……」

 私はさも当たり前の返事を返す

 どんな病気にも効く万能薬なんて漫画やアニメの中の話で、そう簡単に作れるのであれば誰も苦労なんてしない

 それこそ一学生の分際でだ

「あら? 貴女は出来ないと思ってる?」

「……」

 だがヨハネは余裕綽々といった様子で私を見ながらそういうものだから

 自分には無いと思っていた人に対する闘志みたいなものがチリっと燻り

「私は、出来ると思ってる、いいわ、貴女がこの勝負を受けても受けなくても、私が万能薬を作り出して……貴女に見せつけてあげるから」

「……いいよ、乗った、代わりに……負けたほうは何をする? 何をしてくれる?」

 勝ち誇った様子でそう言うヨハネに、次の瞬間にはそう言っていた

 今思えば、本当に自分らしくないことをしたと思う

 誰かに負けたくないなんて、その時初めて抱いた感情だと思う

 だから私はそう提案した

「賭けってことね、それじゃあ、勝ったほうの言うことを負けたほうがひとつだけ聞く、それでどうかしら」

「それで、構わない……でも、君は私には勝てないよ」

 賭けの対価としてはあまりにも捻りの無いあるあるすぎるそれに、私は即答で肯定していた

 そして、本気で彼女に負ける気なんてなくてそう返していた

「そんなの、やってみないと分からないでしょ?」

 だがヨハネはただそう言って、勝ち気に笑ってみせたから

 もしかしたら彼女なら……なんて思ったりもしたのだろう

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