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第125話 死なせるわけにはいかない

 何とかやっとのことでフーカに致命傷を与えたのにそれが瞬く間に治ったことはこちらとしては想定外で

 それなりに焦りを自分の中で呼んでいた 

 ゾンビは死んでいる

 だからこそ体力という概念もない

 戦闘力が拮抗した今、僕にはフーカの攻略方法が思い付かなかった

 例えばまた上手いこと太刀筋が通ってフーカの腕を飛ばしたとする

 そうしたらまた糸で生成される可能性は決して零じゃない

 だがこちらは腕の一本でも取られようものならそれは敗北に繋がる

 こんな時、いつもならどうしていた

 どうして……

 そこまで考えてから僕はハッとフーカから視線を外してあるほうを見る

「この状態でよそ見なんてしてる場合ですかねー……」

 そんな僕を見てフーカはそう言うが一向に何か仕掛けてくる様子はない

 何か考えがあるのか、それともさっき僕が少しだけ考えた攻撃をしたからこれもまた何か策だと思われているのか

 まぁ、この際どっちだって構わない

「……アカ、ネ……?」

 僕はそっと、彼女の名前を呼ぶ

 僕の瞳に映る傷だらけで、肌を蒼白くして目を瞑る彼女の名前を

「……」

 だが勿論返事は返ってこない

 アカネは、寝ているだけなのだろうか

 それとももしかしたら……

「くそっ……!」

 嫌な想像をしてしまった自分の側頭部を斧の取ってで思い切り殴打する

「……頭おかしくなりました? なんて、そんなんじゃないですね」

 そんな僕を見てフーカもどうやら僕の心境を悟ったようだった

 感情の読めない声色でそう呟く

 だけど、そんなことを気にしている場合じゃない

「このっ……!!」

 僕は散々に躊躇していた脚をただがむしゃらに前に進め、そのまままたフーカに斧を叩きつける

「どうしたんです? いきなりなかなか前傾姿勢なことで……」

 だが冷静さを欠いた僕の攻撃をフーカが防げない筈もなく、糸を使うことすらせずに横に逸れて最低限の動きで僕の攻撃を避ける

 ガンっ!!

 斧と地面がぶつかって大きな音を立てる

 次の

 次の攻撃に移らないと

 そう、思うのに

「……感情が乱れた相手というのは……ここまで戦いやすいものなんですね、さっきまで自分がただ押されていた理由がよく分かりました……!」

 僕が動くより前にフーカが動く

 手刀で操られた糸が、僕の身体に巻き付いて

「ぐっ……!」

 そのままの勢いで投げ飛ばされるとしたたかに壁にぶつかり、そのまま地面に転がる

「あー、これはミスですね、相手はゾンビなので打撃は効きませんよね、切断したかったんですけど……まぁそう上手いこと動けばわけないですね」

 僕はすぐに床に片膝をついて斧を構える

 そんな僕を見てフーカは呟く

 そう、ゾンビに痛覚はないから打撃はそこまで有効打とはならない

 フーカ自身もそれを分かっていて攻撃をした筈

 それなのに糸の鋭利さが足りず僕を切断するには及ばなかった

 まだ、アカネが残した身体の冷えが残っていて傀儡状態で動いている支障だろう

「……っ!」

 そこで、僕のすぐ横にアカネがいることに気付いた

 そうか、飛ばされたほうがアカネのいる側の壁だったのか

「……ははっ」

 僕は恐る恐るアカネの胸元に手を当てて、それからこらえきれないというように吐き出すように笑う

「……何を、笑ってるんですかね」

 そんな僕を訝しそうにフーカが見やる

 だから

「いや、嬉しかったんだ、ちゃんと……生きてることが、申し訳ないが早々にこの戦いを終わらせないといけなくなった、速攻で決める」

 僕はフーカに説明してから再度立ち上がって、斧を構え直す

 生きてるならここから出してとっとと暖めればいい

 そうすればきっと死なない

 いや、絶対に死なせない

「そんなに上手く、いくと思います? 明らかにこちらのほうが有利なのに」

 フーカは言いながらも攻撃してくることはない

「上手く行くよ、僕は一人じゃない、二体一だから……」

 だからわざわざ説明して、それから

「それなら……納得ですね……っ!」

 床に落ちていた瓦礫をフーカの脚に向かって投げた

 だがフーカはそれを避けることはなく、そのまま脚に瓦礫がぶつかる

 やっぱり、そうか

「……ねぇ、何で脚を治してから、そんなに動かないんだ?」

「……何のことですか?」

 僕が確信してそう聞けば、それでもフーカはシラをきる

「それに、見るからに手数が減った……思うにその技、色々と都合が聞かないんでしょ?」

 そう、実際はあの時僕はそれなりにフーカを追い詰めることが出来ていた

 だからこそフーカは肉を切って骨を絶ったがわざわざ脚を作り出して見せることでこちらにブラフを張ったのだ

 僕が、精神的に疲弊するように

 何度攻撃しても無駄だと思わせるために

「……でも、あなたはどっちにしろ近付かないと有効打はないんじゃないですか? 手だってそれだけで押しきるには無理がある」

 今度はフーカはシラをきることもなく認めながら、僕の斧を指差す

「それが、そうでもないかもね……ん、あったあったこれだ」

 僕は言いながら屈むとアカネの白衣のポケットをあさってあるものを取り出す

 確かアカネがメインで使うと言っていたそれを

「げっ、それは……」

 それを取り出した途端にフーカが苦虫を噛み潰したような顔をする

「あれ? 見覚えあった?」

「おいかけっこの時散々嫌な思いをしたのでそりゃ……」

 僕が不思議に問いかければ嫌そうにそう呟く

 アカネ対フーカになった時に散々使われたのだろう

「それならよく分かってるだろ、これの効果も」

 僕は言いながらその瓶を投げやすいように掴み直す

 効果を知っているのなら、即断即決で動かなければ対処されかねないからだ

「っ……それを使わせはしないですよ……! ……は?」

 そしてフーカは勿論僕にこれを使ってほしくない

わけで、弱くなった糸を僕のほうに飛ばして攻撃してくる

 だけど、糸が身を切ろうと

 腹を貫こうと

 僕は動くことはしない

 ただアカネの目の前に斧を置いてアカネが傷付かないように盾を用意しただけだ

「……アカネはこんなにボロボロに切り刻まれてるのに、ゾンビの僕がチョロチョロ避けるのがおかしかったんだね、さて、これをかければ」

 生きていた時の反射で糸全てに対応してしまっていたがよくよく考えれば先ほどまでの鋭さのない糸ならある程度身体がボロボロになっても受けきれる筈、そういう算段だった

 実際に片腕は吹き飛んだし腹や頬にも傷は付いたがこの薬品を使う分には問題なかった

 取れた腕は後で起きたアカネに縫って貰えばいい話だし

 僕はそのまま自分に突き刺さった糸を辿るように大きく液体を振り撒く

「っく……!」

 フーカの糸が燃えやすいように作られたそれは火柱をあげながらフーカの糸と脚を燃やす 

「やっぱり、よく燃えるっ……!」

 そしてそれと同時に今度は明確に、フーカの首に向かって片腕で斧を横に凪ぐ

「……でも足の糸が無くなったなら無くなったで、制限が緩くなるのも理解してます?」

 炎がフーカの形作られた脚をごうっと音を立てて燃やす

 だが瞬間斧をガードしていた緩かった糸がまた強く張られる

 それでも

「勿論、その上で……ぶった斬る……! っらあっっ!!」

 僕は止まることなくさらに腕に力を込めた

 この斧は火力と頑丈さに極振りしてもらったアカネの傑作だ

 それを僕が使って、斬れないものがあっていい筈がない

「っ……ここでまだ火力上がるとかマジかー、これは自分の読み間違いですね、お二人の協力、流石です」

 ブチブチと音を立てて今まで切れなかったフーカの糸が千切れていく

 それを見ながらフーカは達観したようにそう言って

 そのまま一閃

 フーカの首が音を立てて飛んだ

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