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第127話 針を正すために

「こんな、真正面から入って大丈夫なのかな……」

 私達はヤマトさんを下した後にヤマトさん本人から最初に言った通り他の入り口は封鎖されていることを確認するとそのまま正面玄関からゾンビイーターの本拠地へと侵入した

 だが襲撃をかける側としてはこんなに堂々と入るのもさすがに気が引けるというもので

「他の入り口が全て塞がれているならそれしかありませんから」

 だがソラちゃんは気にした様子もなくずかずかどんどん室内へと踏み入っていく

「まぁ、そうなんだけど……」

 文句を言いつつも私も周りを確認しながらそれに続く

「それに、この基地には今はヨハネしかいません、警備などの問題はありませんが気を抜かないように、いつどこでヨハネが何をするかも分かりませんので」

「そうだね……」

 ソラちゃんの警告にごくりと喉を鳴らす

 ヤマトさんがあの状況で嘘をつくはずもないのでこの建物内にヨハネ以外の誰かがいることはあり得ないだろう

(ヨハネ博士は、この中にいるけどもう逃げも隠れもしないと思うぞ、さっきも言ったがあの人は盤面を放棄してる、全てこの中で、終わらせるつもりだ、だから中には警備も何もない)

 さらに言うのであればヤマトさんはこうも言っていた

 ヨハネがどういう結末を望み、この中で私達を待っているのかは分からない

 だがこの戦いですべての決着がつくことは間違いないだろう

「ヒカリさんの、幽閉場所は……確かこっちのほうに」

 ソラちゃんは迷う様子もなくいりくんだ施設内を進んでいく

「そっか、ソラちゃんはここに元々居たから中も覚えてるんだね」

 ソラちゃんは元ゾンビイーターだ

 この拠点もかって知れたものなのだろう

「それはまぁ、そうですね」

 私の言葉にソラちゃんは少し考えた後にそううなずく

「……やっぱり、懐かしいとかそういうのある……?」

 私は、どうしても気になってしまいそう聞き返す

「まぁ、長く留まった場所ですからそれなりには」

 そしてその質問への返事は迷うことなく肯定

「……そうだよね」

 自分で聞いておいて少しだけ、後悔する

「ですが、未練とか、そういうマイナスな気持ちは持ってないので安心してください、今はただの……決戦の場です」

 だがそんな私の逡巡なんてソラちゃんにはお見通しだったようで呆れた様子でそう言いながら脚を止めずに私の前を行く

「バレてた……?」

 ソラちゃんがこの施設にたいして未練とか、そういうものを持っていたなら私はどうそれに応えるべきなのか

 そんなことを考えていたのに全てバレてたのが居たたまれなくて自分から聞きに行く

「バレバレです、私のこと考えて聞いてくれてたことぐらい、逆に何故それで隠せると思ったんですか?」

「えへへ……」

 ソラちゃんは歩きながらくるっと振り向くと言いながら私の眉間を小突く

 そんなやり取りが少し嬉しくてついにやけてしまうのは許して欲しい

「……全く、ちゃんと警戒してますか?」

 ソラちゃんはそんな私を見てやれやれと眉間にシワを寄せて聞き返してくる

「警戒はしてるから大丈夫だよ!」

 勿論周りにたいする警戒は解いていない

「それにしては弛んでる気がしますが」

「うーん、そうだね……本音では、あんなに強い人、ゾンビイーターの実質纏め役みたいなヤマトさんを倒せたから、少しだけ油断しちゃう自分がいるの」

 だが実際、あれ程までに強かったヤマトさんを倒した今、少しだけ気が緩んでしまうのも仕方ない気がする

 事前情報、ヤマトさんからの情報含めてヨハネには戦闘能力はほぼないと言ってもいい

 だから、もしかしたらそこまで大きな戦いにはならないかもしれない

「……まぁ、あれ程までに化け物的な強さの敵はもう出てこないと思う……思いたいですが、ヨハネはアカネさんと同じぐらい頭の回る人でしたから……昔は、ですが」

 だがソラちゃんは不安になることをあえて口にする

 アカネさんの頭の回転の速さは味方である私達がよく知っている

 そのレベルの人と渡り合うのは私達二人では不可能だろう

「そう、だね……」

 その人が本気で私達を殺しに来たのであればだが

「それにしても、この建物は全然変わりませんね昔と今とで、まるで時が止まったみたいです、ここだけ切り取って」

 ソラちゃんは言いながらおそらく鉄筋で出来ている建物の壁を撫でる

「当たり前なんだけど建物の中が全然荒れてないもんね、アカネさんのシェルターは綺麗だったけど地下だったし、こうして地上に立っててそれでも中も外もここまで綺麗に残ってる施設なんて、本当に久しぶりに見た……」

 ゾンビイーターの本拠地であるこの研究施設は昔、パンデミックが起きる前まではたくさんあったはずの普通の建物のようで、自分達が今いるゾンビの蔓延るこの世界なんてまるで夢の中の話だったようにすら感じさせる

 長い夢を、みていただけのようなそんな心地

「昔は……それが当たり前だったんですけどね」

「まあね……」

 ソラちゃんの暗い声色に私もまたそれだけ返す

 ソラちゃんの言葉は私を現実に引き戻してくれる

 こうなったのには、少なからず私達も関わっているのだ

「……私達が招いた結果です、だから私達は今動いています、結末を変えるために、早くヒカリさんとヨハネを見つけて、正しましょう、ずれてしまった時計の針を、私達の手で」

 だが覚悟を決めたソラちゃんに迷いはなく

「……うん……!」

 私の背中も押してくれる

「確か……この先だった筈です、ヨハネもいるかもしれませんから気を抜かず」

 ソラちゃんは一つの通路に入ると私のほうを見て真剣な表情でうなずいて、そのまま道を進んでいく

「……わかった!」

 だから私も、手に持ったバールを強く握りしめて、ソラちゃんの後を追った

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