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第129話 勝負の始まり

「また、同じ人……」

 学術院に入る前の私は何をしても一番だった

 勉強も、芸術も、運動だってそう

 何もかもが一番じゃないとおかしかった

 いけなかった

 それなのに、憧れを胸に学術院へと入学した後の私を待っていたのは、大きな挫折だった

 アカネ

 何時だって一番には顔も知らない彼女の名前が乗っていた

 私は何時だって、何をしてもそのアカネという誰かに勝つことが出来なかった

「……あ、おい、あいつだろ、学年主席の変人、アカネってヤツ」

 そんな男子学生の潜める気もない噂話に私は反応してすぐにその視線を追いかけた

 そこに、貴女はいた

 それからは何をしても、どこにいても

 貴女の顔が私の頭から消えてくれなくなった

 貴女の顔を思い出しながら人一倍努力も重ねた

 それでも貴女を越えることは出来なかった

 そんなある日、一人でマウスを解剖する貴女を見かけて、私は

「ねぇ貴女」

 咄嗟にそう、声をかけていた

「……私に話しかけてるのか?」

 彼女は自分の周りをキョロキョロと見渡しながらそう聞き返してきた

「貴女以外誰がいるのよ」

 この部屋には私達しかいなかったのに他の誰に声をかけたというのか、呆れた私はそう返した

「……一体何?」

 自分が話しかけられたのだと知った貴女はさも面倒臭いというように眉間にシワを寄せてそう返してきた

「あなた、かなり有名よねこの学術院のなかでも」

 そんな一つ一つの行動が、私だけが貴女を意識しているようで気に入らなくて、嫌み混じりにそう言えば

「ああ、その話? 私が授業中以外にも解剖とかばっかしてるヤバいやつだって……今みたいに」

 特に気にさわった様子も見せずに自身の手元の、バラバラになったマウスをさらけ出した

「そうそう、大分有名ですもの自分でも理解してるのね」

 気持ち悪い、そう思った

 でもそれを言葉にすれば負けたような気がして、私は強がってそう言った

「……そりゃ、あれだけ散々言われれば嫌でも耳に入るさ、まぁ別に気にしてないんだけど、それにだがだからなんだ? 私が研究で結果を出せばみんな黙るさ、なんせこれは……人助けなんだから」

 だけどそれでも貴女は何も気にした様子もなくそう言ってのけた

 きっと自分より下位の存在など貴女の目には写りすらしなかったのだろう

「人助け、ね……あなたはただ、知的欲求を満たしたいだけに私からすれば見えるけれど……」

 だから私はさらに続けたのに

「……あながち間違ってないかもしれないな、どうでもいいが……それで、用事が済んだなら消えてくれないか? 研究が進まない」

 貴女は否定することすらなく肯定すると、自分の用事は済んだ、といった様子で私を突き放すようにそう言った

「あら、ごめんなさいね、用事はまだ済んでないの、あなた、私のこと分かる?」

 だから、そのときにこの人は私のことなど歯牙にもかけていなくて、私だけが貴女の背中を追っているという事実に気がついた

 だから、根本的なことを訊ねた

「……は? いや、分からないけど」

 彼女は私のことをじっくりと観察したうえで何の躊躇いもなくそう答えた

 ああ、やっぱり

 私が一人で意識して、勝手に追いかけて、目の前の相手は私を見てすらいなかったのに

 それがどうしようもなく腹立たしくて

「やっぱりそうよね……いい、この際だから教えてあげるわ、私はヨハネ……この学術院で首席のあなたに続いて次席の席に座っているものよ」

 気付けば自分のほうから名乗っていた

 私という存在を、忘れさせないために

「……はぁ」

 だが返ってきた返事はそんなことどうでもいいと言っているようなもので

「……あまり興味ないって感じね」

 流石に情けなくて少しだけ気落ちしたのを覚えている

「私は、首席とかそういうのにこだわったことないし」

 そして、返ってきた言葉に私は心底絶望した

 私は今までずっと一番に拘っていたのにこんなに拘りのない相手に一番の座を取られたのだから

「それは残念、でも私はこだわってるの、だから……」

「っ……」

 だから私は彼女に思い切り顔を近付けて

「勝負しましょう、私と」

 そう、言ったのだ

「な、何の……?」

 貴女の焦ったような顔を初めて見るのはそれは爽快だった

「世界中の研究者の目標とも言えるそれ、死すらも凌駕する万能薬をどちらが先に作れるか、なんてどうかしら?」

 はっきり言って勝負内容なんて何でも良かった

 私を貴女が少しでも歯牙にかけ、意識してくれるなら何でも良かった

「万能薬とか、そんなの出来たら苦労しないよ誰も……」

 それは至極正論だった

「あら? 貴女は出来ないと思ってる?」

「……」

 だけどここで引く気ははなからなかった

 だってここでつながりを残さなければ次はないかもしれなかったから

「私は、出来ると思ってる、いいわ、貴女がこの勝負を受けても受けなくても、私が万能薬を作り出して……貴女に見せつけてあげるから」

 実際には私だって万能薬なんてそう易々と作れると思ってなどいなかった

 だけどだからこそそれで良かった

 永遠に完成しないのであれば、私達の繋がりが途切れることは永遠にないのだから

「……いいよ、乗った、代わりに……負けたほうは何をする? 何をしてくれる?」

 まさか、こんな提案にあなたが乗ってくれるとは言い出した私でも思っていなかった

 それ以上に、あなたのその人間味のない顔に少しだけでも闘士を覗かせられたことに少なからず悦に浸っていたのもまた事実で 

「賭けってことね、それじゃあ、勝ったほうの言うことを負けたほうがひとつだけ聞く、それでどうかしら」

 賭けの内容なんて何でも良かった

「それで、構わない……でも、君は私には勝てないよ」

 そして、貴女がそうやって啖呵を切ったこともまた私を喜ばせたことを貴女は知らないでしょうね

「そんなの、やってみないと分からないでしょ?」

 やる前から結果は分かったようなもの

 私は貴女に敵わない

 それでも、貴女が私を見てくれることが私はどうしようもなく嬉しくて

 笑いながらそう返したのだ

 きっとこの感情は、嫉妬とか、崇拝とか、嫌悪とか、そういう言葉では決して言い表すことの出来ない特別な、そういうものだった

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