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第130話 くだらない日記

「この先に、ヒカリさんがいるはずです」

 ソラちゃんは一つの扉の前にたどり着くとそっとドアに手を触れる

「……ついに、ここまで来たんだね」

 長かった旅もついにこうして全ての現況ともいえる相手との相対まで進んだ

 そう思うと存外長いようで、短かった気がする

「はい、早く終わらせてあげましょう……」

 ソラちゃんは背中の刀の塚に一度触れてから、勢いよく扉を開く

「……ここは」

 そこには、私達が探していたヨハネの姿はなかった

 ただ、がらんどうな空間が広がっているだけで、沢山の書類のようなものをばらまかれた机とその横の大きなガラス窓だけがこの部屋を象徴しているものだった

「ヨハネは……いませんが、ヒカリさんはまだそこにいるようですね」

 言いながらソラちゃんはガラス窓の中を指差す

 そこには、何かがいるようなのに暗くて中までは見えなかった

「早く、ヒカリちゃんを……殺さないと……ん……?」

 私は言いながら罪悪感から逃れるために机の上の書類を何となく弄る

 そうすると一冊の本のようなものが手に触れる

「これは……日誌?」

 私はそのまま流れで本を開く

『今日は生まれて初めてヒカリが私の名前を呼んでくれた記念日、早くまた、私の名前を呼んで欲しい、そうして、私とアカネとヒカリの三人でまた楽しく何処かへ出掛けよう、きっと、ヒカリが治ればまたアカネは戻ってきてくれる』

 私は読み進めながら次のページへと進む

『だんだんとヒカリの調子が悪くなってきているように思う、前まではたまにこっちを見てくれたのにそれも最近はない、このまま……ヒカリの腐敗が進んでいってしまったら、ヒカリはどうなってしまうのだろうか、怖い……私はそれがどうしようもなく怖い』

 また、捲る

『ヒカリの腐敗が止まらない、他の人よりもオメガウイルスに対する適合率が低いらしい、それに長年私が人肉を与えなかったせいでもあるだろう、私は……ヒカリに人肉を与えるなんて、娘が化け物になったと認めるようなこと、出来なかった、アカネだったらどうしただろう……きっと、悩むことなくヒカリの為になるほうを選んだだろう、そんなアカネももういない』

 捲る手が、震えてくる

『私は何時だって私の為にしか行動できない、私の選択は間違いだったのだろうか、ヒカリを……アカネの言うようにちゃんと見送ってあげることが、親として正しかったのだろうか……もう今さら何も分からない、きっとこの先薬が完成してももうヒカリは治らない分かってる、でもだとしてどうして研究を止めれようか、ここまで来てしまったのに、全てを捨てて進んできたのに、もう……後戻りするには遅いのだ……ああ、ヒカリ、ヒカリ、ヒカリヒカリヒカリヒカリ神様どうかヒカリを――』

 私は、そこまで読んでそっと日誌を閉じた

 私達を追いかけ回して、命を付け狙ってきたヨハネの……心のうちに初めて触れたように思う

 元々孤児院で会った時から感じていた違和感の正体

 アカネさんよりもヨハネのほうがどう足掻いてもあの時点では人間的だった

 それが何故今では逆転しているのか、それは、どちらも変わったからだ

 アカネさんは良いほうに

 ヨハネは、悪いほうに

 アカネさんは意図して

 ヨハネはきっと無自覚に、そして自分でその事に気付いたその時に、ヨハネの中で全てが崩壊したのだろう

 もう元には戻らない娘、元には戻らないアカネさんとの関係

 全てがヨハネの中で入り交じって、ヨハネはこの盤面を放棄することにした、ということだろう

「っ……ソラ、ちゃん」

 日誌に気を取られていたその一瞬の間に、私の首筋に冷たいものが触れた

 私は絞り出すようにソラちゃんの名前を呼ぶ

「どうしま、し、……っヨハネ!」

 振り返ったソラちゃんは私の首にナイフを宛がうその人物の、名前を叫ぶ

「私のくだらない日記帳に目を引かれてくれてありがとう、こうして会うのは久しぶりになるかしら、せっかくだからゆっくりしていって頂戴」

 ヨハネは私の手元を見てからそう言うと、この場には似つかわしくない穏やかな笑顔を浮かべた

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