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第133話 せめてもの手向けに

 ヒカリの首が地面に転がった瞬間、私は自分でも耳を覆いたくなるようなつんざくような絶叫をあげながら床に崩れ落ちた

 死んだ

 死んでしまった

 私の宝が

 私とレイさんの愛の塊が

 守らなければいけなかったのに

 レイさんの分まで、私が幸せにしないといけなかったのに

「……これで、良かったんですよ、ヨハネ……」

 目の前の、ヒカリを殺したそいつは何か悟ったような表情でそんなことを言ってのける

 でも分かってる

 ヒカリを殺した少女をもし、仮に殺せたとしても私は決して、満足なんて出来ないし、失った絶望から立ち直ることも出来ないことを

「それに……あなたもこれを、望んでいたんじゃないですか? 本心では」

 悲鳴をあげる喉が掠れて、悲鳴すらあげることが出来なくなって来た頃、涙とか、鼻水とか、そういうものでぐしゃぐしゃになっているであろう私に、ソラは大きな爆弾を落とした

「……」

 私は、ソラのほうを見やるだけで、何も言葉を返すことはしない

「……だって、本当に私達にヒカリさんを殺されたくないなら、この基地に残す必要がそもそもないじゃないですか」

 そして、ソラは頼んでもないのにつらつらと説明を始める

「他の基地に移すとか、身体がどれだけ弱くなっていても出来ることです、それに……もっと非人道的に、それこそウミさんや他の……アカネさんを使ってでも私を脅すことも出来た、あなたも……内心では彼女が楽になることを望んでいた、それに、気付いていたかまでは分かりませんが」

 そして、誰も止める相手もいないまま語りきったソラは、そのまま今しがたヒカリの首を切断した刀に視線を落とす

 この子がヒカリの知り合いだったことは私も知っている

 きっとこの子だって本意ではなかった

 こんなことをするのは

 そして

「……それは、どうかなんて結果私にしか分からないこと、そして、分からないあなたが、思ってもわざわざ言うことじゃないわ、今さらどっちだってあなた達には関係ないことでしょう……?」

 だからといって土足で私の心の内を踏み荒らしていいわけではない

 もし、仮にそうだったとしても

 事実だったとしても

 ヒカリが本当の意味で死んで、寸分の違いもなく絶望に苛まれているのは紛れもない事実なのだから

「……そうですね、すみません、私はいつも一言多くて」

 ソラは私の指摘に慌てた様子で謝罪する

 そういえばこの子はいつもそうだった

 いつも悪気なくヤマトなんかのことを言葉で踏んづけては文句をつけられていた

 ヒカリという、私が一番に心を裂かないといけなかった相手がいなくなった途端に周りにいた人達のことが頭を巡る

 アカネとか、ゾンビイーター達のこととか

 最初は皆のことをちゃんと見れていた筈なのに、いつの間にか道具でしかなくなっていた存在 

「はぁ……それにしても、あんな約束あの子が守るわけないって分かってたのに、そんな約束にすらすがって、結果守れなかったなんて、とんだお笑い草だわ」

 私は泣くのにも疲れて背後の壁に体重を預ける

 私が彼女とした約束

 それは一つだけ彼女のお願いを聞く代わりにヒカリを殺させることはしない、というものだった

 あの時は余裕がなくてそんな胡散臭い話にまですがってしまった

 だがあの子はそんな約束を守ることは勿論なかった

 その結果が今のこの現状だ

 あの子はあんなものを使って、一対何をしようというのか、それすらも今はもうどうでも良かった

 私は懐からあの時の注射器を取り出して眺める

 劇薬なのに中身は鮮やかで、何も知らなければ綺麗にすら見えるだろう

「……それは、何ですか」

 私が持つ注射器に視線を向けてソラが聞いてくる

「気になる?」

 まぁ、この状況で敵である私が取り出したものなんて武器とか、危ないもの以外の可能性はないだろう

「……」

 私が含みを持って聞き返せばソラは思案するように黙り込む

 私が、一言多いなんてことを言ったから気にしているのだろうか

 これだから子供というのは素直で可愛いのだ

 最近はそんな思考すらなかったわけだが

「大丈夫よ、すぐに分かるから、ヤマトが言ってたでしょ、私は既に盤面を放棄してるって、全くもってその通りだったのだけど……それでも少しはちゃんとまだ考えてたのよ、でも……その必要すら今、失くなってしまった……例え動く死体だって良かった、そんなあの子すら失ってしまった私にはもう……全てが意味のないことよ」

 私は淡々と説明しながら注射器を自身の首筋にあてがう

「っ……」

 ウミは慌ててどうするべきか問いかけるようにソラのほうへ視線を向ける

 そしてそんなウミを見てソラもまたこちらへの警戒を強める

 だがそこから何かしたところで私の手が注射器を自身の首に突き立てるほうが早いことは二人とも理解しているようだった

「あの子がいないこの世界で、私は生きていきたくない、勿論もう研究なんてものもしたくない、だから……あの子を殺したあなたと、その大切な人にはこれから少しだけ、後悔して貰おうと思ってね」

 こんなことをつらつらと述べながら、本音のところヒカリが死んだのは悲しいが殺したソラやその仲間に思うところは特になかった

 それは、自分がそういう結果を頭のどこかで望んでいたからか

 はたまたヒカリを失ったことで思考が逆にクリアになって他人に対する感情というものを少しでも取り戻したからなのか、どっちかなのか、はたまた両方なのか、それともどちらでもないのか、それは私には分からない

 だからこそ

 私はそのまま首に注射器を突き刺した

「……何を、する気ですか?」

 そしてそのまま液体を身体に打ち込んでいればソラはごくりと喉を鳴らしてことの顛末を見守る

「最大限まで凝縮したオメガウイルスの原液、私はこれを使って、私からあの子を奪ったあなた達の前に最後まであなた達の壁として、立ちふさがるわ」

 身体のなかにオメガウイルスが侵食してくるのが血管を通してよく分かる

 あなた達はこれから先、私以上の悪と、いえ、純粋悪とぶつからなければいけなくなる

 もしその時、ここで体験したことが少しでも役に立てば、ほんの少しの贖罪にはなるのではないか

 まぁ、この後私がどうなるか、なんてことは分からないからこの場で二人とも死ぬなんて可能性も捨てきれない

 でも、きっとあなた達だったらどうにかしてしまうのでしょうね

 今までのように

 そして、この先もきっと

 私の意識は、そこで暗転して、永遠に目が覚めることはもうないと、理解しながら暗闇のなかへと落ちていった

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