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第134話 膨張する身体

 欠片の悪意も見せずに壁として立ち塞がると言ったヨハネはそのままオメガウイルスを凝縮したという液を身体に投与して

 涙を流しながら笑顔のままがくりと項垂れた

「ソラ……ちゃん、ヨハネ、さんは、どうなるの……?」

 私はことの経緯を無言で確認しながらソラちゃんに声をかける

「私にも分かりません……そもそもあんな量の、それも凝縮したオメガウイルスを投与したという実験例を聞いたことがないからです」

 勿論ソラちゃんが知っているわけもなく

「そう、だよね……」

 ソラちゃんに答えられるとも思っていなかった

 ただ色々なことが一気に起こりすぎて、ソラちゃんの声が無性に聞きたくなったのだ

「でも、最後は、どこか……昔のヨハネ博士を見ているようでした」

 私がヨハネさんと呼んだようにソラちゃんもヨハネ、ではなく博士をつけてそう呼ぶ

 きっとさっきのやり取りで、ソラちゃんの中でも一つのけじめがついたのだろう

「そっか……」

 それは、きっとヨハネさんもそうだった

「っぐぅゔぁぁ……」

「っ!」

 少しだけしみじみとしていれば活動しなくなった筈のヨハネさんの身体がまた動き、呻き声をあげながら立ち上がる

「よ、ヨハネ……さん?」

 おそらくもう人としての意識はない

 そう何故か確信しながらも一応呼び掛ける

「ぐ、ぅぁあ……」

 だが勿論返ってきた返事はただの呻き声で

 この地上にたくさんいるゾンビ達のように呻きながら私達のほうへ進んでくる

「ゾンビに、なった……? でも、それだけじゃない気が……」

「グゥァァアァァ!!」

「っ! 危ない!」

 何か、おかしなところがないか一番離れたところにいたソラちゃんが確認しているとソラちゃんのほうへヨハネさんの身体から一気に伸びた何かが貫くように飛び出す

 私は慌ててソラちゃんの手を掴むと自分のほうへ引き寄せた

「すみません……! 気を抜きました……これは……」

 ソラちゃんはすぐに体勢を立て直してヨハネさんから飛び出して壁に深々と亀裂を作りながら突き刺さった棘のような何かに視線を移す

 それからヨハネさんのほうを向けばあからさまに、ヨハネさんの身体には異常がきたしていた

「ヨハネさんの、身体が……変形してる……?」

 ヨハネさんの身体は泥々に融解して、溶けた先からまた新たな肉塊を生み出す

「グゥァア……」

 それの進行は異常に早く、私達が次の行動を迷っていた少しの間に口があったところすら溶けて、ピンク色の肉塊に飲まれて、消えた

「う゛……」

 この世界が廃退してからそれなりに色んなものを見てきたし色んな修羅場を経験してきた自信がある

 それなのに、まるでR十八指定のホラーゲームに出てくるようなクリーチャーのようなそれに胃酸が否応なしにせり上がってくる

「ウミさん、私が対処しますから下がっていてください!」

 得体の知れないそれに私を相対させるのは不味いと考えたのかソラちゃんは私を腕で制して自身の後ろへと隠そうとする

「……ウミさん?」

 だけど私はソラちゃんの腕を優しく振りほどく

「大丈夫だよソラちゃん、私も……戦える、ヨハネさんもあなた達って言ってたのに私だけ庇われるわけにはいかないから」

 不思議そうに聞き返してくるソラちゃんに私は自分の覚悟を伝えてバールを強く握りしめる

 ここまで一緒に戦ってきたのに得体が知れないからなんて理由で後ろ手に庇われるのはもう本意ではない

「……そう、でしたね、すみません、少しだけ動揺してました、まずは私が確かめますから後ろから支援をお願いします」

 ソラちゃんは私の気持ちを汲んでくれると刀を構え直して前に出る

「……わかった」

 ソラちゃんは確認するが早いか構えた刀でヨハネさんだったものに斬りかかる

「…………!!」

 口のないそれは斬り裂かれて悲鳴をあげるようにぐにぐにと脈を打つ

「頭がないからどこを狙えばいいのか……とりあえずは……!」

 そしてソラちゃんはそのままそれを三等分に斬り分ける

 どしゃどしゃと音を立てて落ちたそれは少し震えてから動かなくなる

「これで、終われば良いのですが……っ!」

 ソラちゃんは床に転がる肉片を確認するように刀でつつくが勿論終わるわけもなく肉片はぶるぶると震えるとスライムのように三つが寄せ集まり、一つの肉塊となって起き上がるとまたソラちゃんに襲いかかる

「ソラちゃん……!」

 私は慌てて懐の銃に手を伸ばす

「大丈夫です! そのまま動かないでください!」

 だがソラちゃんはそう叫ぶと自身にその肉塊が襲いかかってくるまえにまた刀を振り抜く

 斬りさいた先でパキパキと肉塊が音を立てて氷始めることで、ソラちゃんが異能を発動したのだと理解した

 だが

「…………!!!」

 肉塊はまたぶるぶると震え、ソラちゃんの異能で凍りついたその身体すらまた活動を再開させた

「これは……斬撃も氷結も聞かないとなると、厄介ですね……」

 ソラちゃんは言いながら私のほうへとバックステップで戻ってくる

「でも、動きが遅いからまだ何とかなるかも……」

 そう、こんな状況なのに私達が落ち着いていられる理由は一つ

 この異形の化物の行動があまりにも遅いからだ

「そう、ですね、でも……頭の位置も分からないうえにゾンビの弱点である冷気も聞かないとなると倒しようが……っしゃがんでください!」

「っ……!!」

 今度は私が庇われる形で引っ張られながらソラちゃんと一緒にしゃがみこむ

 しゃがんだ頭の上を触手のようなそれが一気に横断して一撃で近くの柱が音を立てて崩れ落ちる

「これは……不味いのではないですか?」

 触手が肉塊にまた取り込まれるのを確認してから立ち上がりながらソラちゃんは私を引っ張って後ろへと下がる

「時間が経つほどに攻撃性が増してる……? それに、動きも早くなってる気がする……」

 そう言っている間にも化物から生える触手は鋭利に鋭くなっていく

 それに、ぬるぬると身体を滑らせてこちらへと近付いてくるそれは、先程よりも数段動きが早くなっていた

「今のうちに倒してしまうのが吉ですね……!」

 ソラちゃんは言いながら近くを蠢く触手に斬りかかる

 ガキンッ!

 だがそれは簡単に弾き返されてしまった

「……は?」

 驚いた声をあげながらソラちゃんは自身の刀に視線を向ける

「え、さっきは……」

 そう、さっきまではぐにゃぐにゃで、ソラちゃんの刀は豆腐を斬るようにスパスパと通っていたはずだ

 それが、今度はいとも簡単に刀を弾いて見せた

 その成長速度に背筋に悪寒が走る

「グオォォオォオオオ!!」

 そんな合間にも化物は身体に大きな口を作ると大きく吠える

「これは……進化して固くなってるってこと……?」

 私は確認するようにソラちゃんに問いかける

「それだけじゃありませんよ、これ……少しずつ大きくなっていってます……膨張するみたいに」

 だが返ってきたのはより、絶望的なその言葉だった

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