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第139話 肉を気って骨を絶つ

「それでは、行きます……!!」

 ソラちゃんはその言葉を合図に地面を蹴った

 行く手を阻む触手は全て一刀の元に斬り伏せられていきソラちゃんの後ろを走って続く私を遮るものは何もなかった

「今です!」

 そして、最後に目の前の大きな触手を叩ききったソラちゃんは叫びながら横に飛び退く

「っ、らあぁ!!」

 私は目の前に出てきた大きな肉塊に向かっておもいっきり、渾身の力を込めてバールを振り下ろす

 ガンっ!!

 見た目はぐにぐにして弾力のありそうな肉塊にバールが当たるとその見目からは想像できない、まるで鉄筋コンクリートでも殴ったかのような衝撃を受けて手がビリビリと痺れてバールを取り落としそうになる

「ギィェエェェエエエエエ!!!!!」

 瞬間先ほどの声とは比例できない程のつんざくような悲鳴が思い切り耳に刺さる

「っ……」

「うる、さ……!」

 私もソラちゃんも耐えきれずに必死で耳を塞ぐがそれでも耳がキンキンとして脳が揺れるほどに五月蝿い

「……倒しきれては、ない、ウミ、さん……!」

 私はつい呟くがそんな私にソラちゃんは肉塊を指差してそう指摘する

「分かってる……!」

 痛がっているし弱っていることは簡単に見て取れる

 だがそれでも致命傷は与えられていないこともまた明白で、私はそのままの勢いでまた、二度、三度と打撃を与え続ける

 リミッターを外し続ければ後々そのまま私に反動が返ってくる

 それでもこのチャンスを逃すことは出来ないという感情一心で私は痺れる手でバールを振り下ろした

「っ、ダメだ、攻撃は通ってると思うけど……倒しきるには足りてない……!」

 何度目か分からないバールを振り下ろしたところで先に限界を迎えたのは私の腕のほうだった

 いくら殴っても苦しそうに呻くだけで決して決定打にはならず痛みから逃れるようにうねりながら攻撃を繰り返す肉塊に押し返される形でまた少しだけ距離を取る

「……これ以上大きくなればもう、流石に無理ですよ……」

 その間にも大きくなっていく肉塊にソラちゃんは感情の乗らない声でそう呟く

「じ、時間が、もう少しあればっ……!」

 私のバールでは決定打にこそならないが確実に通る攻撃方法を見つけることは出来た

 だからこそこの膨張さえなければ何か、他の方法で大きな打撃を与えるなり何なり方法はあった

 だがそれを許すには時間が圧倒的に足りない

「……今のところこの化物に通じたのは冷気と打撃……ここには白冷夜行とバールが揃っています、ですが刀を通した白冷夜行では凍結度が足りない……」

 思案気な表情で唸りながら分析していくソラちゃんは自身の中で何かを決めたのか瞳に決意のような光を灯す

「ソラ、ちゃん……?」

 何か、とても嫌な予感がして私はたどたどしくソラちゃんの名前を呼ぶ

「……これ以上膨らむ前に終わらせるためにも、やってみますか……」

 ソラちゃんは私のほうを見ると優しく少しだけ笑んでから手に持っていた刀を鞘にしまった

「……え、ソラちゃん、刀……」

 刀はソラちゃんのメインウェポンだ

 それをしまうということはこの戦いを諦めたのか

 それとと何か、別の行動に移るために刀が邪魔だったのか、そのどちらかしかない

 そして確実に前者はあり得ない

 だからこそ、私の中で音をたてて不安が競り上がってくる

「刀を通せば確かに私には冷気で動けなくなるというデメリットはありません、ですが元々は私から分泌されているものですから私が発生させた瞬間が一番冷気を宿しているのは確実です」

 ソラちゃんは私に説明しながら身体から冷却液を分泌させ始める

「何、する気なの……?」

 私は恐る恐るそう問いかける

 それはソラちゃんがああいう笑顔を浮かべた時にどういう行動を取るのかはこの旅のなかでよく理解しているつもりだからだ

「少しだけこのあとは……任せます、ウミさん、あなたならやれます……!」

 だがソラちゃんは私がそれ以上何かを言う隙すら与えずにその身一つで大きく開いた肉塊の口の中へと飛び込んだ

「っ……ソラちゃん!!」

 慌てた私は思い切りソラちゃんの名前を叫ぶ

 だが既にその巨大な肉塊の口の中へと消えたソラちゃんにはきっとこの悲鳴さえ届いていないのだろう

「っ……寒、い……ヨハネさんの中で白冷夜行を全開に、したのっ!?」

 そして一瞬の間に部屋の温度がぐっと下がり吐き出す息は白くなる

 それでやっと全てを、理解した

 ソラちゃんから放出される冷却液が一番大きく作用する形で発動させる為にあえてこの肉塊の中へと飛び込んだのだ

 刀越しでは完全に凍結させるまでに至らなくてもゼロ距離、それも体内から冷やされれば今までの比ではない

 そして

「……どう、しよう、ソラちゃんが食べられちゃったら……っ、ダメだ、任されたんだからっ……」

 この肉塊には冷気の他にもう一つダメージを与える術がある

 それは打撃

 だからこそ、ソラちゃんは後を私に任した

 凍った身体に止めの打撃を与える役を

 はっきり言ってソラちゃんがどうなったのか、そっちにばかり思考は引っ張られる

 だがソラちゃんがこうして命懸けで転機を作り、信じて私に任せたのにここで私が止まるわけには、いかない

 私は大きくバールを振り上げると全身のリミッターを外して大きく息を吸う

 そして

「砕けろおぉぉぉ!!」

 少しでも強く力を込める為に叫びながらそのままバールを肉塊に向かって躊躇なく振り下ろした


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