目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

気になる貴方と急接近(3)

「来月の三連休ですか?」

 課長からちょっと話があると言われたので、言われるまま真中さんと共にセルフカフェへと向かったら。コーヒーカップ片手にいつになく上機嫌な表情の彼から、そんな事を尋ねられた。

「現状では特に無いです」

「真中さんと同じくです」

「そうか、それなら皆で一緒にキャンプに行こうじゃないか」

「……え?」

「……キャンプですか?」

 予想外の提案で、思考が追い付いていかない。戸惑う私達に構わず、立ち話も何だからと言われ促されるまま三人でカフェ内のテーブルを囲んだ。

「そう、キャンプ。山の中に行って、テントを設営してカレーを作るアレだよ」

「キャンプでカレーは定番だと思いますけど……でも、どうしていきなり?」

「この二か月大変だった君達を労う意味で、行っても良いかと思ってね」

「ねぎらい……」

 確かに、真中さんは火傷して入院する事になったし私は嫌がらせを受けて落ち込んでいたので、労われる理由にはなるだろう。しかし、いや労われる側なのに何贅沢言っているんだという話ではあるが、労うならもっとこう……美味しい物を食べに行くとかゆっくり出来るところに行くとか、そういう方が向いている気がするのだが。

 そんな事を考えていると、真中さんが控え目に課長を呼んだ。正面から課長の視線を浴びた真中さんは、照れたのか少しだけ顔を赤くしたまま話を続けていく。

「楽しそうではありますし、課長のお気遣いは嬉しいのですが……妹を一晩一人にするのは気が進まないので……」

「ああ、彼女も一緒で良いよ。有谷君も、連れてきたい家族なり友人なりがいるなら誘うと良い」

「良いんですか?」

「君達を入れれば五人は確定だからね。今さら一人二人増えたって大して変わらない」

「五人……課長と私と有谷さんと、あと二人はどなたですか?」

「月城君と蒼治だよ」

 菊野さんの名前が出て来たので、私の心臓がどきりと大きく脈打った。逸りだした鼓動を落ち着けるように胸元を撫でながら、ちらりと真中さんの表情を確認する。案の定、彼女の眉間には皺が寄っていた。

「君達二人が該当者ならば、月城君もメンバーなのは想像に難くないだろう。最近は以前よりも元気を取り戻したようだが、まだ本調子では無さそうだからな。会社とは全然別の場所でなら、話せる話も感情もあるだろうと思ってね」

「彼に関してはアフターフォローを兼ねているという事ですか?」

「そうだな。何も無かったとしても、気分転換にはなるだろうし」

 確かに、余暇に楽しむアクティビティと考えるならば普通に楽しそうである。前に家族で行ったキャンプも楽しかったし、普段いる場所から離れて非日常の中でのんびり過ごすのは息抜きにもなるだろう。

「あの、それなら、どうして菊野さんもメンバーなんですか? いえ、スクリーンの事とか、それ以外にも色々とお世話になっているので、いらっしゃる分には何の問題も不満も無いんですけど……」

 彼は、社外での打ち合わせなり上層部との打ち合わせなりで、課長以上に忙しくしていると聞いている。つまり、その分疲れが溜まっているだろうから、無理に付き合わせるのも申し訳ないと思うのだが。

「ああ、蒼治はキャンプの幹事に打ってつけだから呼んだんだ」

「打ってつけ……ですか」

「そうなんだ。なぁ、真中君?」

 いきなり話を振られた真中さんが、短い悲鳴を上げた。目をぱちぱちと瞬かせながら、ええとね、と口を開いて教えてくれる。

「菊野君、ソロキャンプが好きで定期的に行くんですって。何かの雑談のついでに聞いた事があるわ」

「そうなんですね。キャンプ経験者なら、確かに、居て下さったら安心ですけども……」

「ですけども?」

「……負担にならないかと」

 自分のペースで行動できるソロキャンプと、グループでの行動となるキャンプだと色々勝手が違うだろう。事前の打ち合わせもいるだろうし、そういうのが、彼の負担になってしまうのならば申し訳ない話だ。

「心配は要らないさ。同行予定メンバーを伝えたら、喜々としてキャンプ場の選定を始めてくれたぞ。キャンプ場の予約やレンタカーの手配なんかもやってくれるとさ。運転手も買って出てくれたな」

「そうなんですか? わざわざ、そこまでして下さるなんて」

「そりゃそこまでするでしょ。貴女が行くんなら、絶対に喜ぶ筈だし」

「……え!?」

 真中さんの言葉を反芻して、一拍置いて叫び声を上げた。心臓の音がさっきの比ではないし、顔も耳まで熱くなってくる。

「まだ予定だぞとは言ったんだが、場所によって行く行かないの判断が変わる可能性もあるだろう、現時点ではこの辺りが良いかと思って候補に挙げているから迷っている様なら伝えてくれと資料まで渡された」

 そら、と手渡された資料を受け取り、真中さんと一緒に覗き込む。三つほど候補が載っているが、どこも初心者向けに設備が整っていたり備品のレンタルが多かったり、移動時間がそれほど掛からない場所であった。

「随分細かく載せてますね。彼らしいと言えばらしいですが」

「菊野さんは几帳面なんですね」

「几帳面と言うか……情報の取捨選択は上手い方よ。作る資料のレイアウトもシンプルに纏めていたから、彼の資料は分かりやすいって評判だったし」

「今度、後学のために彼が作った資料を印刷して研究して良いですか?」

「好きになさい。データフォルダの中にあると思うわ」

「ありがとうございます!」

 会話をしつつ、資料を順に読み進めていく。次が最後の場所かと思ってページをめくったら、見覚えがある場所の写真が現れた。

「あ、この場所」

「知ってるの?」

「随分前になりますけど……一度だけ、家族で行った事があって」

「どれだい?」

「ここです。三番目の候補として上げられている、このキャンプ場です」

 思いがけず既知の場所が現れて、嬉しい心地のまま資料を指さす。あれは、確か中学生の時だった。受験勉強が行き詰ってたから気分転換にと言って、両親が連れて行ってくれたのだ。自然の中でバーベキューをして川遊びをして、楽しかったのを覚えている。

「そうか、じゃあこのキャンプ場を抑えてもらう事にしよう」

「あ……でも、真中さんや月城君の希望は」

「良さそうな所じゃない。衛生設備が整っているなら、こちらとしては問題無いわ」

「月城君も、詳しくないから任せると言っていたんで大丈夫だろう」

「……それなら、宜しくお願いします」

 勿論、予約の状況とかもあるから、行けると確定した訳ではないのだけれども。それでも、久々に思い出の場所に行けるのかもしれないと思うと、嬉しかった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?