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貴方をもっと知りたい(5)

「そうですかそうですか、キクノさんの」

「ご興味あるならこっちもどうぞ。ブースにいらっしゃった方全員にお配りしているものなので」

「ええはい。この成分は、元々は保湿効果を求めて開発・研究された成分なのですけども……」

「この機械はまさに試作に打ってつけですよ。カタログと名刺お渡ししておくので是非御社でもご検討下さい」

「今度はこちらの増粘剤を……とろみをつけつつ保湿もして……」

 事前に準備していたフロアマップを見ながら、チェックを付けていたブースを順に訪問していった。どこの方々も歓迎してくれて、サンプルやテスター、カタログを沢山持たせてくれる。全て周り終わった頃には持って来たエコバッグ二つが一杯になってしまったので、荷物を整理するため休憩スペースへ向かい、空いている席に座って机の上に並べていく。

 中身を出してカテゴリー毎に分け、もう一度きっちりエコバッグに仕舞っていった。一部は仕事鞄の方にも入れ、どうにかもう少々スペースを確保する。よし、これで新たに気になった企業の方も回れそうだ。

「Excuse me, where is this company?」

「えっ?」

 立ち上がろうとした瞬間、フロアマップを持った金髪の女性が話掛けてきた。突如聞こえてきた英語に面食らって、素っ頓狂な声を上げてしまう。真っ白な肌に彫りの深い顔立ち……外国の方なのだろう。寒色系の色を基調としたメイクが、彼女の顔に映えている。

「Where is this?」

 女性はマップのある一点を指さしながら、続けてそう言った。多分、指さしている企業のブースに行きたいのだろうが……どう説明したら良いのだろう。先程行ったブースだから場所は分かるのだが、どう伝えたら良いのか分からない。英会話は得意でないのだ。

「Please go straight this way. And turn right at the second corner. Then it is seen on the left.」

「Oh! Thank you!」

「That’s ok.」

 あわあわと一人で慌てていると、後ろの方から私達の間へ割って入るように流暢な英語が聞こえてきた。驚いて振り返った先にいたのは、私よりも年上に見える黒髪ロングの細身の女性。身振り手振りも使いながら代わりに道案内をしてくれ、解決したらしい外国の女性は笑顔で手を振りながら去って行った。

 二人で女性を見送った後で、案内を変わってくれた女性が私の方を向いた。黒目がちの垂れ目が可愛い印象の人だ。表情も柔らかい感じで、奥ゆかしい日本のお嬢様って感じがする……いけない、見惚れていないでお礼を言わないと。

「ありがとうございます! 助かりました!」

 彼女の目を見つめながら、お礼を言ってお辞儀する。頭を上げてもう一度彼女の顔を見ると、彼女はにっこりと微笑みながらこちらを見ていた。

「お気になさらず。いきなり外国語で話し掛けられると驚いちゃいますものね」

「中々そんな機会がないので……英語、というか英会話はそんなに得意では無いので、本当に助かりました」

 学生時代の英語の成績はそこまで悪くなかったが、あくまでも読み書き文法が出来るというレベルだ。本に書かれた英語の文章はどうにか読めても、会話となると勝手が違う。

「そうなんですね。私は仕事柄慣れているので、あまり抵抗が無いというのもあるのかもしれません」

「御社は外国のお客さんが多いのですか?」

「いない訳ではありませんが、そう多くはないですね。でも、うちはパッケージ印刷会社なので、英単語や英語の説明文を印刷する事があるんです。その理解や校正、打ち合わせをするうちに自然と覚えていった感じです」

「そうなんですか! ええと、どちらの会社のお方で……あ、私はキクノコーポレーションの新人、有谷真衣です!」

「ご丁寧にありがとうございます。私は東光印刷の東光陽葵です」

「……えっ!? 東光印刷!?」

 その会社名は良く知っている。キクノの商品の大半は東光印刷がパッケージを作ってくれているし、店頭展開用の什器を作ってくれる事も多い。色味や文字のバランス等の細かい調整にも根気よく付き合ってくれるし、仕上がりも綺麗だしで、社員皆が東光印刷には絶大の信頼を寄せているのだ。キクノにとって、正に無くてはならない会社である。

「いつもお世話になっております! 毎回毎回素晴らしいパッケージと什器を作って頂いて、本当にありがとうございます!」

「いえいえ、こちらこそご贔屓にして頂いてありがとうございます」 

「あの、もし、お時間宜しければで良いのですけれど、少しお話させて頂く事は出来ますか? 新人なので、直接的な仕事のお話は出来ないのですけど、前々からパッケージや什器の製作について気になっていた事があってお伺い出来ればと思いまして……ほんと、お時間があれば、で大丈夫なのですけど!」

「良いですよ。同行者と別行動中なので、彼が戻ってくるまででしたら」

「ありがとうございます!」

 胸元で手を合わせながらお礼を言い、持っていた荷物をもう一度下ろす。先に向かいの席へ座って頂いてから、私も腰を下ろした。

「早速なのですけど、この前の新商品のパッケージ印刷で……」

 気になっている事を纏めているノートを引っ張り出して、早速順に質問していく。東光さんは、嫌な顔一つせずに、私の質問へ順に答えていってくれた。


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