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貴方の、会社の、ためになるなら(4)

「ポップのチェック終わった!?」

「終わりました!」

「店舗に配布する資料作り終わったから、有谷さんも見てみてくれる?」

「分かりました!」

 九月に入って、目に見えて仕事が忙しくなった。私の作業も大幅に増えたが、真中さんと羽柴さんはそれ以上である。十月中旬に発売が開始される新商品が、うちのチームの商品だからというのが理由だろう。

「うむ。これなら大丈夫だ」

「ありがとうございます」

 判子を貰った書類を全部受け取って、課長へ頭を下げる。取引先とのやり取りで忙しい真中さんからのお使いは、無事に完遂出来そうだ。

「有谷君は、自分のチームが出す新商品に関わるのは初めてだったか」

「そうですね。私が関わった部分は多くないですけど、それでもやっぱり今までより気合いが入ります」

「新人ならそんなものだろう。いずれ来るだろう機会の為に、今の内からしっかり学ぶように」

「はい!」

 声に力を込めて返事をする。満足げに頷いた課長に一礼してその場を辞し、席に戻った。書類を整理した後で羽柴さんに頼まれた資料を確認していると、真中さんが戻ってくる。

「頼まれていた判子、全部貰ってきました」

「ありがとう。他には何かあった?」

「特には無かったです。私は、羽柴さんに資料の確認を頼まれたので今からするつもりです」

「分かったわ。それじゃあ貴女は先にそっちを終わらせて。私はメールチェックするから」

「分かりました!」

 返事をして、資料に視線を戻す。掲載している文章の誤字脱字や表現に注意しながら読み進め、レイアウトや使用されている画像に間違いがないかもチェックする。うん、私が見た感じでは問題なさそうだ。色々参考になる部分も多いので、その分はメモ帳に要点を箇条書きしていく。

 確認した結果を羽柴さんに伝え、席に戻った後でペットボトルのお茶を一口飲む。ふと、隣から呻くような声が聞こえてきたので、思わずそちらに視線を向けた。

「真中さん、どうしたんですか?」

「ああ、御免なさいね……いえ、ちょっと迷っている事があって」

「何ですか?」

「……宣伝方法、やっぱりもう一度見直した方が良いのかなって思って」

「宣伝方法ですか」

「ええ。会社のホームページで特設ページ作って店舗向けの資料も作って、店頭で訴求できるように販促物や配布用パンフレットも作ったけど……もう一つ、何か新規でやった方が良いのかもと思ってね。ほら、貴方も例のメール見たでしょ?」

「ああ……あれですか」

 課長に送られてきた、社長からの……良く言えば激励メール。確か、文面内に次の新商品は絶対に成功させろというような文言もあったと記憶している。なるほど、それで。真中さんは真面目だな。

「最近は公式SNSアカウントでの紹介もしていて、それで十分上手くいっていたんだけど。でも、現状を打破するなら今までと同じじゃダメでしょう。とは言え、使える予算は限られているから大掛かりな事は出来ないし」

「広告……よく見る新聞の折り込みチラシとか紙面広告はどうですか?」

「正直微妙ね。今回の商品は二十代から三十代向けの商品だけど、新聞の折り込みチラシを見る事が多いのは、多分もっと年齢層が上の人達が中心でしょう?」

「言われてみればそうですね……」

 私は一社だけ契約しているが、今時ならネットニュースを読むとか新聞でも電子版を契約しているとか、そういうパターンの方が多そうだ。それなら、訴求力はそこまで見込めない。

「そうだ。若者がターゲットなら、ネット広告はアリじゃないですかね?」

「ネット広告……」

「SNS広告とか動画広告とかなら、比較的低予算で出来るって聞いた事あります」

「悪くはなさそうだけど……でも、文章考えたり動画作ったりって、今からやって間に合うものかしら」

「新しく打ってみる手としては良いと思うがね」

「そうですね。それに、準備さえしっかりしておけば短期間でも案外どうにかなりますよ」

 突如第三の声が聞こえてきたので、真中さんと一緒に声の主の方へ視線を向ける。そこにいたのは、月城君と課長の二人だ。

「SNS広告は特設ページへの誘導役として文章と画像のみ掲載して、動画も製品写真のスライドショーとナレーションみたいな感じにすれば作業時間は短縮しやすいです。スライドショーの素材やナレーションの台本をこっちで準備すれば、依頼する作業量が減るので費用も抑えられます」

「ほうほう、それは良い事を聞いた。もしかして、月城君当てでもあるのかい?」

「はい。SNS用の掲載画像の作成、動画の作成に関してはどうにか出来るかと」

 そう言えば、月城君は兼業で作曲家をしているのだ。オリジナル曲のPVを作っているとも言っていたから、サムネイル制作先や動画制作先の当てもあるのだろう。

「なら、後はそれ以外の部分をどうするかだな。そもそもどんな動画にするかの企画、素材の準備、ナレーションの台本を準備出来れば、ネット広告を打つのは十分可能と」

「……それ、私にさせて下さい!」

 清水の舞台から飛び降りる覚悟で立ち上がり、皆の前で名乗り出た。正直自信満々という訳では無いけれど、私だって今まで色んな音楽PVを見てきたし沢山の化粧品広告もチェックしてきた。法律が関わるから文言のチェックは真中さんか羽柴さんにお願いしないといけないだろうが、動画企画や素材の準備、台本の原案を作る事ならば、私でも頑張れば出来る筈だ。言い出しっぺは私だし、今回の新商品は真中チームの分だし、そういう意味でも私がやるので悪くはないと思う。

「ほほう。自ら名乗り出るか」

「随所で助力願う部分はあると思いますが、私が窓口になればお二人の負担はそれほど増えないと思います。こういうクリエイティブな事には昔から興味があって、色々調べた事もありますので知識もありますし」

「へぇ……」

 課長の目が少しだけ細くなって、品定めするかのような視線を向けられた。怖気づいて震えそうになる足を叱咤しながら、私も課長をじっと見据える。

「良いだろう。俺が最終責任者になるから、有谷君を中心にしてネット広告をやってみなさい」

「ありがとうございます!」

 許可をくれた課長へ、お礼を告げ深々と頭を下げる。楽し気な表情の羽柴さんと心配そうな真中さんへ向かっては、頑張るのでよろしくお願いしますと言ってから頭を下げた。

「もちろんもちろん。協力は惜しまないよ」

「……まぁ、何もしないのも悪手でしょうし。でも、何かあったら抱え込まず直ぐに言うのよ」

「はい!」

 声に力を込めて、はっきり返事をする。真中さんの表情が、漸く明るいものに変わってくれた。

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