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#053


 幽霊の群れが、浮遊移動で悠々と関門へと近寄ってゆく。

 なんかさっきより数が増えてる。二十体はいるかな?

 一方、その関門前で騒いでる商人風の人たち。ひい、ふう……六人。

 本来、幽霊さんの姿は視認できないものなんだけど、どうもあの人たちには、ずっと見えてるみたいだ。

 これは幽霊さんたちのほうで、祠盗人たちの脳内に、映像情報を送り込んでいる……「彼らにだけ、あえて自分たちの姿を見せている」という状態になってるらしい。そんな『解析』結果が出ている。

「ひぃぃぃっ! きっ、きたぁ!」

「なあっ、あんたら、あれが見えねえのかよ!」

「化け物が来る! 開けてくれ! 助けてくれよぉ!」

 いくら必死に訴えようと、門壁上の守衛さんたちは、要領を得ない顔つきで首を振るだけ。そりゃ、あの人たちには何も見えてないから、そういう反応になるよね。

 で、わたしはどうするか?

 何もしません。

『解析』で大体わかったのだけど、あの商人風を装う六人組。素性は、盗賊の一団。

 それも、食い詰めてやむなく、みたいなのじゃなくて、根っからの悪党殺人犯罪集団。

 幌馬車と積み荷は、オウキャット子爵領の東に隣接するグレイ伯爵領の商会のものだと『解析』には出ている。

 でも彼らはその商会の人間じゃない。六人とも、出身はガルベス子爵領。全員、殺人の経歴アリと『解析』に表示されてる。そんなことまでわかっちゃうんだねぇ。

 彼らはグレイ領の隊商を襲って、これらを全て強奪したのだろう。

 そこから、領境のチェック体制が緩い……というか皆無なオウキャット子爵領に入り込み、そのまま隊商を装って街道に入り、ここまで南下してきた……ということらしい。

 目的は、たぶん物価の高いブランデル侯爵領の都市に入り込み、積み荷を高値で売り捌いて、一財産築こうってところじゃないかな。

 もうスリーアウト。アウトですよこんな人たち。

 そんな盗賊たちが、街道脇にひっそりと祀られていた小さな祠を見つけた。

 大きさは犬小屋程度。さながらミニチュア神社。壁、屋根、格子扉、すべてが質の良い白木で組まれていて、精巧な細工や象嵌が、あちらこちらに施されている。

 さらに、祠の中には、黄金色の彫像らしきものまで安置されている。

 とくれば……。

 なにせ盗賊である。彼らは土台ごと、小さな祠を、地面から引っこ抜き、荷台に放り込んだ。

 すなわち、ダイナミック祠窃盗である。

 こいつぁ高く売れそうだぜ、へへッ――とか呟いたかは知らないけど、言ってそうな雰囲気ではある。

 このへん全部わたしの推測ですけどね。でもたぶん、間違いないと思う。

 二輌の馬車に乗り込み、さて再出発……というところで、異変は生じた。

 祠に封印というか住みついていた幽霊さんたちが、棲家を奪われ、怒って姿を現し、一斉に盗賊一行を追いかけはじめた。

 明らかに人間ではない不気味な追跡者の存在に気付いた盗賊たちは、慌ててブランデル領へ逃げ込もうとしている。

 いまの状況、だいたい、そんなとこじゃないかなって。

 わたしがわざわざ干渉すべき理由は見当たらない。だから何もしないけど、一応、顛末は見届けておきましょうかね。







 幽霊さんたちは、盗賊たちの背後に近付くと、一斉に魔法を放った。

 あれは『迅雷』かな。ごく小さな雷で、敵を攻撃する魔法だ。でも二十体以上の幽霊さんたちの一斉攻撃となると、ほぼ範囲攻撃魔法に等しい。威力も相当なものになるだろう。

 バチバチバチィ!と、あたり一帯、猛烈な雷光が弾け、ほとばしった。

「あぎゃあー!」

「おがあああ!」

「ぎょおお!」

 雷撃を浴びて、たちまち奇声をあげながらバタバタ倒れていく盗賊一行。

 でも一撃で致命傷とはならないようで。まだ意外と元気そう。

「なっ、何事かっ!」

「落雷かっ?」

「いや、空は晴れているが」

 こちらは門壁上の守衛さんたちの反応。

 あの人たちの場合、幽霊の姿は見えてないけど、魔法の効果は見えるわけで、そりゃ何事かと、びっくりするでしょうね。

「どうする」

「貴様は報告へ行け。俺たちは、ともかく様子を見てくる」

「気をつけろよ」

 緊張感漂うやりとりの後、守衛さんたちは門壁上からいなくなった。たぶん門の内側に降りる梯子か階段があるんだろうな。

 大抵、関門とか城門とかいう場所には、正面の大きい門とは別に、脇のほうに小さな通用門が設けられている。緊急用のね。

 やがて、その通用門が内から開いて、槍を持った守衛さんたちが三人、駆け出てきた。

 門の規則は曲げられないけど、といって外の異常事態を放置してもおけず、やむなく様子を見に出てきた、ってとこかな。

 でもまー……手遅れなんですけどね。

 幽霊さんたちが『迅雷』の第二波を放ち、盗賊六人は、もうほぼ全身痙攣で足腰立たない状態に追い込まれていた。

 盗賊たちが動けなくなったと見ると、幽霊さんたちは一斉に『黒毒』の魔法を放った。

「ううっ!」

「く、くるし……ッ」

「祟りだ……う、うああっ!」

「てっ、手が腐っていく……ひいいい、まだ、しにたくねえっ……!」

「たすけてくれええ!」

 地面に転がり、悶え苦しむ盗賊一行。

 うわー……あの幽霊さんたち、『黒毒』まで使っちゃうかー。これは殺意高い。棲家を奪われて、よっぽど頭に来てたんだろうな。

『黒毒』は低位の闇属性魔法で、持続性の毒素を対象の体内に送り込む。食らうと、まず手足の末端や咽喉元などに激痛が生じ、それらの部位から、じわじわと肌が黒くなってゆく。毒素が全身に回ると、運が悪ければ死に至る。どうにか生きながらえたとしても、後遺症は一生もの。死ぬまで全身の痛みと付き合わなければならない。

 これは『治癒』系統の回復魔法じゃ治療できない。聖光教会の僧侶にしか扱えない、とある浄化魔法を用いる以外に、完全治療の方法はない、とされる。

 ……実はわたしも、その浄化魔法、使えない。「応用魔術大全」には呪文が載ってるんだけどね。教会で修行した本物の僧侶じゃないと、呪文を唱えても発動しないみたいで。ゲームだと、主人公ルナちゃんは素で使える。でもわたしは無理だった。これが主人公補正というものだろうか……。

「おい、どうした! 何事だっ!」

「……これは、毒を?」

「どうなってるんだ」

 口々に戸惑いの声をあげる守衛さんたち。

 どのみち、盗賊さんたちはもうまともに動けない。

 盗んできた祠が、荷台にどーんと鎮座してるのを見れば、守衛さんたちも、おおよそ事情は察するでしょう。

 それより……。

 通用門が開けっ放しになってますよ。

 いけませんねぇ。不用心ですよねえ。

 せっかくなので、わたしは、この通用門から中に入らせていただきますね。

 後の処理とかは、お任せしちゃいましょう。幽霊さんたちも、無関係の守衛さんたちまで攻撃することはないでしょうし。

 わたしはこっそり通用門を通って、要塞探検としゃれこんでみましょうか。

 要塞の中って、どうなってるのかな? ちょっと楽しみ。





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