関門の外の騒ぎを横目に。
わたしは、開きっ放しになっている通用門を、こっそりとくぐり抜けた。
もちろん、もう『解析』は切っている。こんな不気味な魔法を常時発動させてたら、そのうち頭がパンクしかねないからね。
ぶ厚い壁の内側には、砂利が敷かれたグラウンドが広がっていた。
石造りの頑丈そうな建築物が複数、外壁に沿うように配置されている。たぶん守衛さんの詰め所や宿舎とかに用いられてるんだろう。手形の発行所と思しき受付窓口もある。普通は、あそこで通行税を払って手形を貰うんだろうね。
グラウンド自体もそこそこ広い。学校の体育館とか? 大体それくらいの面積はあるね。
宿舎よりさらに奥の敷地内には、井戸や厩舎、倉庫っぽい建物もある。意外に設備充実してるなー。ちょっと感心したりして。
グラウンドの向こう側にも、これまた大きな鉄門が、ででーんと、そびえている。
ここを通り抜けるには、南北いずれかの門から入って、要塞内のグラウンドを突っ切って反対側に抜けるしかない。かなり厳重な仕組みだ。
もちろん途中、受付で通行税を払って手続きしないと、通してくれないのだろう。わたしは払わないけど。おカネ持ってないもの。
そう見てる間に、詰所らしい建物から、守衛さんたちがわらわら駆け出してきた。ザッザッと砂利を踏みしめ、おのおの手槍や弓を抱えて、物々しく通用門へ向かっていく。
こう間近で見てると、だいたいみんな中年のおじさんなんだけど、身のこなしがキビキビしてて、まさに警備のプロ! って感じがする。カッコイイおじさんたちだ。みんな頑張ってねー。
そんな内心ミーハーな声援を送りながら、わたしは広いグラウンドを横切り、反対側の門へと歩いてゆく。
こちら側の門壁にも、大門の脇に、小さな通用門があった。
当然ながら、通用門の扉には、内側からしっかりと閂が掛かっている。
閂をひっこ抜いて通ることもできるけど、無理にそこまでする必要はないかな。ここはもう、飛び越えていっちゃおう。
もっとじっくりと内部を見学してみたかったけど、わたしも先を急ぐ身。あまりのんびりしてはいられない。
『浮遊』
魔法を発動させて、わたしは、ふわりと空へ身を躍らせた。
さらば要塞。盗賊さんと、盗まれた祠の後始末はお任せします。
ここを越えれば、いよいよブランデル侯爵領に入ることになる。
第一目標点……「ロマ星」の聖地のひとつ、ルリマスの街まで、あと少し。
今から、ルリマスを訪れるのが楽しみで仕方ない。
いっそ、このまま飛んで行っちゃおうかな?
わたしならば、『浮遊』と『突風』の組み合わせで、どこまでも飛んで行ける。
そう、わたしの魔力量ならば!
……と思ったんですけどね。
関門を越えて、ほんの一キロほど街道上空を浮遊移動したあたりで、もう魔力が切れかかってきた。
やっぱり『浮遊』魔法の消費魔力、半端じゃない。まだまだ便利な移動手段というには遠いみたいだ。
しかもですよ。
一キロ飛んでも、街道の先に、まだなーんにも見えてこない。
見渡す限りの平原。
街道脇に一箇所、ぽつねんと屋根が立っているのが見えただけ。
あれは一本柱に大きな屋根をかけて、その下に砂利を敷いてあるだけの簡易休憩所。駅亭ってやつね。馬車を柱に繋いで、ちょっと休憩するための場所だ。
……他にはなーんにもない。
さすがはブランデル侯爵領。一貴族領としては王国でもトップクラスの面積だと、資料の上では知っていたし、ゲームでも散々歩き回っていた土地だけど。
こうやって見てみると、あらためて、その広大さが実感できた。
『浮遊』を切って、しゅたっ、と街道のど真ん中に着地。
ここもガルベス領と同じく、ガッシリした石畳の舗装道路だ。
着地と同時に、わたしは、つい大きな欠伸をしていた。
はふー……眠くなってきた。
さっきまで『解析』を使って、けっこうな魔力を使ったうえに、『浮遊』で残りもほぼ消費しきっている。もう魔力が尽きかけて、ちょっと足元がおぼつかない。
よし、今夜はここまで。もう帰って寝ちゃおうっと。
翌日。
わたしは『転移』で、中断地点の街道上に戻ってきた。
お天気は残念ながら曇り気味。でも雨は降ってない。
しっかりお昼寝して元気一杯。今日はどこまで行けるかなっ?
赤いワンピースを颯爽となびかせて、夜の街道を、南へと走り出す。
地図上では、いま目指しているルリマスの街までに、これという障害はない。
まだルリマスまで、かなりの距離があるのだけど、途中に関所などは設置されてなくて、小さな駅亭が三箇所ほどあるだけ。
街道の左右は、だだっ広い平野で、本当に何も無い。地形の起伏も乏しく、かなり遠くまで見渡せる。
ずっと東の彼方に、森林らしき黒い塊が、霞んで見えている。
それ以外、町や集落はおろか、人家の一軒も見当たらない。
これには、理由がある。
ブランデル侯爵領北部に広がるこの一帯は、もともとは鬱蒼たる人跡未踏の原生林だった。
四代前くらいのブランデル侯爵が、その原生林のど真ん中に道を切り拓き、北隣のオウキャット領まで街道を伸ばした。目的はオウキャット領と交易することと、交易品の輸送路の確保だ。
しかしこの原生林、モンスター湧きスポットである「魔力溜まり」が異常に多く、モンスターの出現率遭遇率がきわめて高いという危険地帯だった。
おかげで、街道の敷設には大変な苦労があり、その後の維持にも、莫大な手間と費用が必要だったそうで。
やがて、ブランデル侯爵家に雇われた、とある魔術師が対策に取り掛かった。じっくり年月をかけて、あるいは焼き払い、あるいは木々を枯れさせるなどして、原生林をどんどん消し去っていったのだとか。
原生林が完全に消え去り、一面の荒野と化すまで、二十年以上の歳月が費やされたという。
これでまったく安全になった……わけではなかった。
原生林がなくなっても、肝心の魔力溜まりは、ひとつも消えてなかったからだ。なにせ、人間じゃどうしようもない代物だし。
けれど全周囲に視界がきくようになり、モンスターが現れても、奇襲を受けることなく、事前に察知することができる。
モンスターを避けるにせよ突っ切るにせよ、対応を決めて動くための猶予が確保できるようになった。これはなかなか大きい。
結果的に、依然として危険地帯ではあるけど、随分マシな状態になった、というわけだ。
もちろん、危険地帯なのは変わらないので、誰も住んでないと。
……そう。
今も。
わたしの行手、左右の平原上に、複数、あやしげな影が蠢いている。かなり大きいのもいるな。
久々に、モンスターとの遭遇だ。
邪魔をするなら、やっちゃうぞ。