地図上では、このへん一帯は、ヴィラスーラ平原という正式な地名が付いている。
もともとはヴィラスーラ大原生林と呼ばれてたそうで。
ゲーム「ロマ星」では、街道のほかには何も無い、だだっ広いフィールドでありながら、異常にエンカウント率が高く設定されていた。
だいたい数歩ごと、下手をすれば一歩ごとにモンスターが現れて戦闘になるという、とてつもなくイライラさせられるフィールドである。
ダンジョン内ほどではないけど、出現モンスターのレベルも比較的高め。ダンジョンに入る前に、ここでキャラを鍛えろ! 経験値を稼げ! といわんばかりのバランスになっていた。
ゲーム後半には、主人公ルナちゃんは金竜「ソル」くんを入手し、空を飛んで移動可能になるため、ここいらは素通りできるようになる。
さらに終盤になると、ルナちゃんは『転移』の魔法を修得し、ファストトラベルが可能となるので、そもそもヴィラスーラ平原を通ることすら無くなる。
ようするにゲーム序盤から中盤にかけて、ルナちゃんのレベル上げをやるために存在しているような場所だ。
……で、いま、わたしも、きっちりエンカウントしちゃっている。
いえ、素通りできますよ? 例によって『認識阻害』は掛けているので、一応、モンスターに気付かれずに、ここを通り過ぎることは可能なのだけど。
でも現在、よりによって街道のど真ん中に、モンスターの一群が居座っちゃってる。ものっすごく邪魔。
なにより、これを放置しとくと、後で馬車で通る人たちが困っちゃうだろうからね。
道を塞いで、なにやら騒いでる狼藉者ども――。
ゴブリン、コボルド、ブロスターウルフといった、おなじみの面子が、合計十数体。これらと、見慣れない大型モンスター三体が、まるで対立関係でもあるかのように、街道上で睨みあってる。そんな状況だ。
大型のほうは、ひとことでいえば、超でっかい、二足歩行の羊。
そう、ヒツジさんだ。
体長は三メートル弱。だいたいヒグマぐらいかな?
顔は、もう完璧に羊そのもの。頭には二本の巻き角が、くるりんと生えている。胴体はモッコモコの毛皮で覆われてる。
ただ、手足は羊じゃなくて、まるで人間のようになってる。
ぶっちゃけ、かなりアンバランスなスタイルで、どう見てもカッコよくはない。毛のない四肢は筋骨隆々ムキムキマッチョ。
はっきりいって……うん。
これは、気持ち悪い部類かもしれない。
モンスター図鑑には、これに近い姿のモンスターが載ってた。名称はフォーモリア。
分類としては人型モンスター。知能は高く、独自の言語を持ち、さまざまな武器、道具類を使いこなす。魔法も使う。
ただし、人間との意思疎通は不可能。フォーモリアには、なにか人間に対する致命的な「認識の断絶」というものがあるそうで。よくわかんないけど。
ともあれ彼らは決して人間を対話の相手とみなさず、問答無用で攻撃してくるのだとか。
一方で、他のモンスターとは、敵対することもあれば、協力関係を結ぶこともあるらしい。意外と面倒くさいな、モンスターの関係性も。
で、いまはお互い睨み合いをやっている。縄張り争いとか?
全部まとめて『旋風』とかで吹っ飛ばしてもいいんだけど、なんだか珍しい状況になってる。
ちょっとだけ、観察させてもらおうかな。
三体のフォーモリアは、それぞれ長剣みたいな武器……蛮刀とかいうやつ? を手に携え、互いに声をかけあって、なにか相談してる様子。
独自の言語……っていうけど、わたしの耳には、メエメエとしか聴こえないよ。羊の鳴き声そのものだこれ。
でもそれで意思疎通できてるみたいなのが不思議。翻訳とかできないものかな。無理か。
一方、その他モンスターズは、そんなフォーモリアたちと一定の距離を保ちつつ、油断なく睨みつけている。
ほんと、どういう状況なんだろ、これは。
やがて、フォーモリアたちは、小さくうなずきあって、モンスターズに向き直った。
おお、方針が決まった、って感じかな?
フォーモリアたちは、メエメエとモンスターズに声をかけた。
たちまち、モンスターズは警戒を解いて、フォーモリアたちのもとに一斉に駆け寄り、合流した。
和気藹々……というほどではないけど、お互い、攻撃対象ではないと認識して、共存を選んだ。そんな感じだろうか?
それから、わたしのいるほうには背を向けて、一斉に、ざっざっと移動を開始した。
わざわざ街道のど真ん中を、大小のモンスター十数体、一団となって、南へと向かいはじめている。
進行方向、わたしと同じ……。
このまま街道沿いに進むならば、その行く手に待ち受けるのは、宿場町ルリマス。
まさか、このモンスターたち、ルリマスを襲いに行くつもりなのかな?
ゲームでも、ルリマスはしばしばモンスターの襲撃を受けている。
ルリマスには、頑丈な外壁と外門が備わっている。自前の防衛戦力もあるし、冒険者たちも依頼を受けて防衛戦に参加したりする。
ゲームでは、ルリマスの街を訪れると、しばらくオートでイベントが進行する。
ルナちゃんの到着直後、いきなりモンスターの大規模襲撃が発生し、ルナちゃんも一冒険者として、その防衛戦に参加することになる。
このとき、その時点で最も好感度の高い攻略キャラが、「偶然」ルナちゃんと顔を合わせ、戦闘NPCとして初めてルナちゃんとパーティーを組むことになる。
二人で力を合わせてモンスターを撃退。そこからさらに親密に……ってな感じのイベントなのである。
ただ、じゃあなぜルリマスがそう頻繁に集団襲撃を受けるのか。そこはゲームでは説明がなかった。
モンスター側に、どんな理由や事情があるのかは、さすがに、わたしにも測りかねる。
ただ、ルリマスが危険に晒され続けている、という事実だけは確かだ。ゲームでもそうだったけど、今も現在進行形でそうなりつつある。
しばらく、モンスターたちの後を、こっそり追ってみた。
こうやって見てる間にも、街道の左右から、一体、また一体と、ゴブリンだのブロスターウルフだのが現れて集団に合流してきてる。この調子で数が増えていくなら、ルリマスに着く頃には、どんな大所帯になってることやら。
ルリマスの防壁は頑丈だ。滅多なことじゃ破られることはないだろうけど、これだけの集団に襲われて、被害ゼロとはいかないだろう。死人だって出るかもしれない。
……しょーがないな。
『獄炎』
わたしは、迷いなく火炎系最上位攻撃魔法の詠唱を行い、モンスターの群れのど真ん中に発動させた。
炸裂する閃光、地を覆い噴き上がる紅蓮の爆炎。
巨大な炎の柱が、ぐぶおおおお! と、轟音とともに天高く突き立ち、灰色のキノコ雲が、どこまでもどこまでも空へと伸び上がってゆく。
モンスターたちは、一撃で、灰すら残さず消え去った。
激しい爆風で、わたしのスカートも思いっきりまくれ上がったけど、誰も見てないからよし。
……これでルリマスの街も、当分は安全でしょう。
はー。久々の最強魔法で、気分もスッキリ。進路もクリア。
ついでに街道の石畳まで吹っ飛んで、ちょっと爆心点がクレーターみたいになっちゃったけど。明らかに、やりすぎたけど。うん、気にしない。
これ、補修にどんくらいおカネかかるのかなーとか深く考えたら怖くなるので考えない。
侯爵家はとってもおカネ持ちのはず。これくらい、余裕でどうとでもしてくれるでしょう。そう思うようにしましょう。
よし、先を急ごう。目指すルリマスの街は、もうすぐだ。