その立ち姿、さながら白鳥のごとく。
挙措あくまで優雅にして可憐。
そして、その白い美貌……。
なんというか。
それはもう、ものっすごい美人ではあるんだけど。
青と白のリボンフリフリミニスカドレスに、白いサイハイソックス。ご丁寧に両サイドにピンクのリボンが付いている。
ハートマークをあしらった青いブーツ。これまた可愛らしいデザイン。
白いグローブに包まれた腕。その右手に、星とハートのプリティーなステッキが燦然と光を放っている。
決して口に出して感想を述べてはいけない。ここで迂闊なことを口走れば、即座に殺しに来かねない。そんな文字通り有無をいわさぬ雰囲気をまとっている。
ゆえに、心の中で、こう呟いた。
(これは、キツい……)
話には聞いてましたけど。
このコスプレ美人おば……美女が、あっちゃんの一人娘にして、噂の「魔法少女」パイモン。
なんかもうこれは、想像以上に、筆舌に尽くしがたい容姿。
美人ではある。
外見年齢は、人間換算で四十代ぐらいと聞いてたけど、噂よりだいぶ若い印象。それでも、前世で女子大生だった頃のわたしよりは、かなり年上だ。熟女、といって差し支えない。
そんな熟女でも……いやだからこそ、やっぱり、それだけはおススメできない、という格好をしている。
セルフ尊厳破壊とでもいうか。それくらい強烈なインパクトのある姿だ。
そのコスプレ魔法熟女パイモンさんが、キリッと眉を引き締め、右手のステッキを前へ差しあげ、凛と告げた。
「あと少し。あと少しで、あたしの長年の望みが叶うのです。誰にも邪魔はさせません」
「は?」
「え?」
「ほ?」
わたしとあっちゃん、ガミジンさんは、ほぼ同時に変な声を出していた。
わけがわからない。
どういうこと? 魔界とのゲートを開いて、悪魔の大軍団を召喚するのが、パイモンさんの望みってこと?
そもそも、パイモンさんって、エギュンに捕らわれて、どこかに幽閉されてるって聞いてたんだけど。
実は違ったの?
「おおい、どーいうこった。なあパイモン、パパにもわかるように説明してくれ」
あっちゃんの問いに、パイモンさんは、さらにキリッと眉間に皺を寄せ、パパ……あっちゃんを睨み付けた。
「十年も留守にしておいて、今更父親ヅラしないでください! パパがそんなだから、反乱が絶えないんです!」
ええ、それは確かにそうでしょうね。ド正論でしょう。身も蓋もない話。
「あげくに! そんなちんちくりんのお子ちゃまを拾って、お城に連れてくるなどと! なんですか、パパって実はそういう趣味ですか! 地上で流行ってるんですかそういうの! 恥を知りなさい! あたし、そんなどこの馬の骨とも知れないお子ちゃまをお母さまなんて呼ぶの、絶対嫌ですからね!」
は?
あのー、もしかして、なんか、致命的な誤解を受けちゃってる?
……もうついていけなーい! 説明して説明ー!
「パイモン、そりゃ違うよー! たしかに、ここを出る前、ベリスをぶっとばすついでに、新しい嫁さんも探して連れて帰るとは言ったけどな! レッデビちゃんは違うんだって!」
あ、そんなこと言ってたんだ、あっちゃん。
ベリスってのは、十年前、このお城から「飛行の宝具」をちょろまかして逐電した、あっちゃんの元部下のことらしい。
あっちゃんは、ガミジンさんとともに、そのベリスを十年かけて追って追って追い詰めて討伐し、無事に宝具も取り戻し。
で、連れて帰ったのが、このわたし……。
いや、ホントとんでもない誤解。
たしかにあっちゃんはイケメンだけどー。わたしの好みじゃないしー? あっちゃんだって、さすがに五歳児をお嫁にしようなんて考えてなかったでしょ。ここまで同行してきたのって、ほぼ成り行きだしね。
……部分的に、状況が理解できた。
さきほど、お城に入る前、上階の窓から感じた、強烈な敵意ある視線。あれ、パイモンさんだったんだ。
わたしを、あっちゃんの「新しい嫁」だと勘違いしたパイモンさんは、認めない! とばかり、まずレッサーデーモンの大群をエントランスに敷き詰めて、わたしたちの足を止めさせた。
その間に赤絨毯の廊下のトラップ群を起動させ、それらを遠隔操作して、憎っくき継母候補のわたしを、ドサクサまぎれに亡き者にしようとした……。
どうもそういうことみたい。迷惑な話だねー。
でも、それ以外のことは、まだ、わけがわからない。当事者らの説明がほしいところだな。
「とにかく、レッデビちゃんの件は誤解だからな! 嫁さんじゃねーから! 城が大変なことになってるってんで、手を貸してもらってるだけだから! 話せばわかるから、な?」
「信用できません」
あっちゃんの呼びかけを、パイモンさん、言下に拒絶。
えー、そこまで嫌わなくてもいいじゃないですか。せっかく再会できたんだから、親子でじっくり話し合うべきでしょう。
「……ですが、パパ。このまま、わたしの邪魔をせずに静観してもらえるのなら、話し合いに応じてあげましょう」
「静観って……これを、そのまま放っておけと?」
「ええ」
うなずくパイモンさん。
相変わらず玉座の直上に、うおんうおんと渦巻く暗黒の瘴気。
すでに魔界と接続されており、もうじき、ここから魔界の大軍勢が召喚されてくる、という。
それを放置しろというのがパイモンさんの要求。
玉座の脇には、お腹を押さえて、無様にうずくまる黄金竜エギュン。あっちゃんに受けた殴打のダメージから、まだ立ち直れないみたい。痛そうだったしね、あのサッカーキック。時折ぐぬぬーとか唸ってるけど、しばらく動けないだろうし、放置でいいや。。
「なあ、こんなもんで、おまえは、なにがしたいんだ。パイモン、わけを話せよ。余がいない間に、何があったんだ?」
訊ねるあっちゃん。そうだそうだー。わたしも聞きたい。説明求む。まだまだ、わけわかんないことだらけだし
「仕方ありませんね。では、聞かせてさしあげましょう」
パイモンさんは、スッと瞼を伏せて、語りはじめた。
長らく主不在の魔王城シュヴァンガウ。
そこに近年繰り広げられた、ささやかな騒動と、パイモンさんの思惑について。