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#092


 ことの起こりは、およそ一年前。

 魔王アリオクは、宝具を盗んで逃げた元部下ベリスを追って、長らく不在。

 シュヴァンガウ四天王の一人であり、魔王の留守を預かる重臣だった宰相アマイモンが、突如、言い出した。

「もうじき、食糧が尽きます」

 と。

 魔王不在といえど、城中の倉庫には、かつて地上でかき集めた金銀財宝が、いまなお、あり余っていた。

 けれど。

「我々には、財宝を食糧に換える手段がありませんので……」

 アマイモンは、そうため息をついていた。

 魔王城における物資調達は、昔であれば、森の民との交易でまかなわれていた。

 森の民が滅んだ後は、魔王アリオク自身が年に数回、城を出て、調達を行っていた。

 なにせ、魔王配下の悪魔、モンスターらは、いずれも人間とはかけ離れた姿の異形ばかり。四天王でさえ、パイモンさん以外は直立ドラゴンとか六腕とかだし。アマイモンも、青白い肌に鱗びっしりの半魚人だった。

 なんなら人間と意思疎通を行うことすら、大多数のモンスターには無理。当然、人間らと交易を行うなど不可能。

 でも魔王あっちゃん自身は、ほぼ人間と変わらない容姿を持つ。それで結局、あっちゃんが直接、各地の商人らと交易して、金銀財宝を売り払い、かわりに膨大な物資を都度持ち帰っていた。ガミジンさんは本来、その物資運搬役として、あっちゃんにスカウトされた馬……UMAだったそうで。あっちゃんは、この調達のついでに、ゼンギニヤの行方を探ったりもしていたようだ。

 ところで、パイモンさんだけは城内でも例外的に、あっちゃんと同じく、人に近い容姿をしている。でもあっちゃんは、パイモンさんに城から出るのを厳しく禁じていたそうな。

「パイモンは世界一可愛いからな。どこで悪い虫が付くかわかんねーだろ?」

 ……この親バカ魔王よ。

「食糧? そんなもの、略奪してくればよかろう? 地上には人間どもの田畑も倉庫も畜舎もある。いくらでも奪り放題ではないか」

 と主張したのは、四天王のひとりエギュン。

「お忘れですか? 主上は、人間との共存を常々模索しておられるお方。人間への略奪行為など、許されるわけがないでしょう」

 すかさず反論するアマイモン。

 そっかー。あっちゃんって、人間と共存したがってるのかー。

 いや、これまでの言動の端々にも、なんとなく、そういう意思は感じられたけど。昔は、実際に森の民と共存関係にあって、子供までつくったわけだしね。悪魔、魔王といっても、色々あるものだな。

 なお、あっちゃんや四天王といった上級悪魔たちは、食事を摂らなくても死なないし、困ることもない。彼らにとって食事とは、お茶やタバコのような嗜好品に近いのだとか。

 けれど中級以下の悪魔やモンスターたちは、そうはいかない。彼らは普通に腹を減らすし、食べなければ飢えて死ぬ。

 ボーパルバニーさんたちだって、ニンジンやレタスやホウレン草を食べないと死ぬ。巨人たちやオーガー、オークらは、モンスターのなかでもとくに大食漢として有名だ。

 彼ら、城内やダンジョン上層にいるモンスターたちは、基本的にあっちゃんに従う労働力であり、食糧と棲み家を与えられるかわりに、休みなく様々な労働に従事し続けている。本当にブラック職場だったんだな……。

 そんな貴重なブラック労働力も、食糧がなければ養えない。

「人間と敵対し、略奪を認めるべし」

 とするエギュンと。

「それは主上の意に反する」

 とするアマイモンが、真っ向から対立した。

 これは単なる食糧問題というよりは、シュヴァンガウに属する悪魔、モンスターらの行動指針の転換を問う議論。

 四天王のうち、パイモンさんと、六腕のオリエンスは、局外中立。

 正直、あまり関心がなかった……とはパイモンさんの言。オリエンスも似たようなものだろうね。

 結局、エギュンとアマイモンの対立はどんどん拗れて、その果てに、エギュンはとうとうアマイモンを捕縛、幽閉した。

 ここでエギュンは魔王を名乗り、モンスターたちの支持を得るため、食糧配給の増量を約束。

 このとき、ボーパルバニーさんたちは、一日一本ニンジンが貰えるという話に大喜びして、あっちゃんを裏切ることに決めたのだとか……。

 エギュンはついでに、普段からアマイモンの派閥に属していた上級悪魔たちを捕縛、あるいは処刑して、周辺を自分の与類で固めはじめた。四天王のうち、オリエンスは、好機到来! とばかり、エギュンへの協力を約した。以前から、あっちゃんとガチで殺しあってみたい、と考えていたらしい。

 いかにも脳筋武闘派らしい身の振り方ではある。結局、ほとんど相手にもならず、返り討ちにあうわけだけど。

 パイモンさんは、エギュンに直接与することを拒否。それで名目上、城内の自室に軟禁という形になった。

 けど実質、パイモンさんは好き勝手に動き回っており、エギュンとしても、自分の邪魔をしない限りはあえて放置、という方針だったようで。なにせ魔王あっちゃんの実娘、それを直接どうこうできる度胸はなかったみたいだ。

 やがてエギュンは、そのパイモンさんにそそのかされて、宝物庫に保管されていた召喚石の未使用の器を持ち出し、幽閉中のアマイモンの魔力を、無理やり、その器に注ぎ込ませた。

 アマイモンは全魔力を喪って死亡。上級悪魔一体ぶんの魔力を丸々取り込んだ特大召喚石が出来上がった。

「あたしは、アマイモンを殺せとまでは言わなかったのですけれど。そこのお馬鹿が、どうしてもトドメを刺しておきたいというので、あたしもあえて止めませんでした」

 とはパイモンさんの言。

 ようするに、この頃にはもうエギュンとパイモンさんはなんだかんだで協力関係にあったというか、パイモンさんの思惑に、エギュンがいいように動かされてる状態だったみたい。

 では、パイモンさんの思惑とは何か?

「召喚石を用いて、魔界との大ゲートを開く。それで、魔界の五十四個軍団を率いる大公爵アスタロートさまを召喚するのです」

 エギュンは、大公爵アスタロートと、その配下の軍勢を召喚、使役し、あっちゃんへ本格的な叛旗をひるがえすために。

 そしてパイモンさんは。

「アスタロートさまは、魔界の貴公子とも呼ばれる、それはもう美しい殿方だと聞いています。ゆえに」

 きりっと言い放つパイモンさん。

「魔界から、アスタロートさまにおいでを願って……あたしのおムコさんになって貰うのです!」

 あっちゃんは、固まった。





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