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#093


 常々エギュンは、あっちゃんになりかわり、次代の魔王になりたいと願っていた。

 これはわかりやすい野心だ。悪魔ならずとも、より上に行きたい、頂点に立ちたいというのは、誰でも一度は思うことだろうし。

 一方、パイモンさんは。

「ずっと、パパから、お城を出ることを禁じられていましたので……良い異性とめぐり逢う機会も得られず、気付けばもう、あたしも適齢期です。パパが不在のときでも、アマイモンの監視がとても厳しくて……」

 悪魔にも適齢期ってあるんだ?

 それはともかく、パイモンさん、産まれてから今日まで、超がつく箱入り娘として育てられてたわけね。

 出生の経緯を鑑みれば、あっちゃんの気持ちもわからなくはない。まさに珠のような一人娘。ずっと手許に置いて、大切に大切に守りたいという親心ではあるのだろう。

 けれどそれだけでパイモンさんが幸せになれるかといえば、ノーだろうね。

 自由恋愛というのが、必ずしも幸福な結末をもたらすという保証はない。でも、その機会すら得られないのは、やっぱり不幸なことだと思う。

 城内に、同年代の幼馴染みの異性でもいれば、また違っただろうけどね……ええ、それはわたしの大好物です。

 で、パイモンさんは、こんなことを考えたそうで。

「パパのおっしゃることも、わかるのですよ? 地上のお話を聞くにつけ、また書物なども随分読みましたが、どうも今の地上にいるのは、つまらない殿方ばかり。あたしと釣り合うような、強くたくましく美しい勇士はいないようです。そんなつまらない男に引っかからないよう、パパはあたしを地上へ出さなかったのでしょう?」

「お、おう。その通りだぞ」

 あっちゃんは、若干、鼻白んだ様子でうなずいた。

 パイモンさん、めちゃくちゃ理想高そうだよね……。美人ではあるし、無理もないか。

「だから」

 ぴっ、と、パイモンさんは、右手の魔法のステッキを、玉座の上に渦巻く真っ黒いゲートへ差し向けた。

「地上によい男がいないなら、魔界から呼べばよいと考えたのです。エギュンにアマイモンの魔力を絞らせ、召喚石をこしらえて、ゲートを開かせたのは、そのためです」

 ははあ。でもそれで、魔界からイイ男が来るって保証はあるんだろうか……。

「書物で読みました。魔界の五十四個軍団。それを統べる大元帥、魔界の大公爵アスタロート様。最高に強く、美しく、逞しい殿方であると。わたしは、ずっと憧れていたのです。婿に迎えるならば、アスタロート様しかいない、と。そのお方が、もうすぐ……もうすぐ、ここへやって来る。ああ、はやく、お逢いしたい……!」

 うっとり呟くパイモンさん。

 書物で読んだって……いったい、どんな本を読んだのパイモンさんは。

 なんかもう恋に恋する乙女みたいな顔になっちゃってるし……。







 パイモンさんの宣言に、一同しばし声もなく。

 ガミジンさんは呆れてるみたいだ。あっちゃんは、単純にショックを受けてるっぽい。

 わたしには魔界の大悪魔がどうこうという知識がないので、コメントしようがなくて、黙っていた。

 アスタロートの名前くらいは聞いたことあるけどね。なんか凄い悪魔、というくらいのことしか知らない。

「そこのちんちくりん」

 突如、キッと、わたしのほうを睨みつけてくるパイモンさん。もう誤解は解けてるはずなのに、ちんちくりん扱いは酷い……。

「あなた、本当に、パパのお嫁さんじゃないのですね? たまたまついてきただけの、変な子ですよね?」

 変な子……。もう言いたい放題ですね。

 でも不思議と腹は立たない、かな。

 実際、いまこの場に、わたしみたいな人間の子が居合わせてるのって、やっぱり場違いだろうし。

 で、わたしは、あえて声には出さず、こくこくとうなずいてみせた。

「よろしい。パパは信用できないけど、あなたは信用してあげましょう」

 パイモンさんは、けぶるような微笑を浮かべた。

 うおお。笑うと、その白い美貌がキラキラ輝いて、いっそうお美しい。その羽飾りのついた女児向け玩具っぽいティアラのせいで、なんか台無しだけど、あえて言うまい。言ったら殺されそうだし。

「いやいや、余のことも信用してくれよ。パパなんだからさぁ」

「邪魔をしないのなら許してあげます」

 ぴしゃりと言い放つパイモンさん。

「んー……そうか」

 しばし、思案顔を浮かべるあっちゃん。

「そうだな。アスタロートが出てくるまで、パパは手出ししない。ただ……」

「ただ、なんです?」

「いや、実際に自分の目で確かめてみるほうがいいだろーな。パパがどうこう言うより」

「なにか含みがある言い方ですね。そんなに、あたしが婿を迎えるのが気に食わないのですか?」

「んなこたあいわねーよ。パパだってなー、パイモンが幸せになれるなら、それに越したことはねえと思ってるぜ」

「だったら――」

 とか言い合ううちに、ゲートのほうに異変が生じていた。

「来ますね……尖兵が」

 ガミジンさんが呟いた。

 さきほどのあっちゃんの話では、魔界五十四個軍団、まずはその尖兵にあたる部隊が、こちらへ突入してくる。軍団長らの率いる本隊は、その後に続いてくるだろう、ということだった。

「おっと、離れたほうがよさそうだな」

 あっちゃんは、わたしとガミジンさんの手を引き、ささっと謁見の間の中央付近へと下がった。パイモンさんも、静かにわたしたちの横に並び立つ。

 そうして、みんなゲートと距離を取り、見守ること、しばし。

 ゲートの前面に、ぼうっ……と、青白い炎が浮かび上がった。鬼火ってやつ?

 鬼火がひとつ、ふたつ……と見る間に、どんどん増殖してゆく。

 続いて、最初の鬼火が、人型の影となって、本来の姿へ実体化を果たした。

 んー? あれは見おぼえあるな。ゼンギニヤことマルボレギアによく似た、二足歩行の大トカゲ。

 それが続々と実体化してゆく。

 総数は、ひいふう、ええと……いっぱい。

 ざっと見て三、四十体は下らない。

 あのマルボレギアと同型の悪魔が、ゲートを抜けて実体化し、ひしめき並んでいる。

 これは異様な状況だ……!

 あっちゃんは、アスタロートが出てくるまで手出ししないと約束している。

 じゃあパイモンさんは、彼らをどうする気だろう?

 なんかあの悪魔さんたち、めっちゃコッチ睨んでるんだけど。





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