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#094


 あっちゃんが呟いた。

「あれはアークデーモンだな。一応、上級といわれる部類さ。個々の魔力は、そこにいるエギュンにもひけを取らんぜ」

 ほうほう。アークデーモンっていうんだ、あれ。

 マルボレギアと同型、なおかつ四天王に匹敵する大悪魔。

 以前、マルボレギアに大苦戦した経験もまだ生々しいのに。

 それが四、五十、ってまた数が増えた。この広い謁見の間を、半ば埋める勢いでひしめいている。

 あのー、どーすんの、これ。

「といっても……あいつら名無しだろうから、そんなに強くはないぞ。所詮は雑兵ってやつさ」

 戸惑うわたしに、あっちゃんが解説してくれた。

 悪魔の世界では、個体名の有無が、非常に重要な意味を持つという。

 本来、悪魔は生まれたときは名無しであり、より上位の悪魔に個体名を授けられると、一段進化を遂げ、あらゆる能力が向上するのだとか。

 さらに複数の上位悪魔から異なる名を授かると、そのいずれかを「真名」として持つことができ、さらに進化できるという。

 悪魔ゼンギニヤには、マルボレギアという「真名」があった。あのトカゲがやたら強かったのは、そういう事情があったんだな。

 でも、あっちゃん視点ではそんなに強くないといっても、人類には充分すぎる脅威だよ。それもあの数では……。

 アークデーモンの大群は、静かな敵意を秘めて、わたしたちを睨みつけている。

 なにせ相手は魔界の尖兵。その目的はおそらく、こちらの世界への侵略。

 これは、血を見ないでは済まないだろう。

 いったいどうなるのか……と見ていると。

「ここまでは想定内です」

 パイモンさんが、すっと前に出て、アークデーモンらに語りかけた。

「あなたたち」

 華麗な立ち姿で、優雅にステッキを打ち振り、言い放つ。

「名前が欲しくない? あたしが名付けてあげましょうか」

 あ、そーくるか。

 たちまち、ざわわっ! と、アークデーモンの列が激しく波打った。

「%☆#$★@*$★%!」

「&@*★! $%★*#☆◎!」

 なんか口々に声をあげて騒ぎだした。

 何言ってるのか、さっぱりわからないけど……。

「そう。わかりました」

 パイモンさんは静かにうなずいた。いまのアークデーモンたちの謎言語、パイモンさんにはわかるのか。さすが魔王の娘。

「条件があります。名付けの代償として、あなたたち、あたしに仕えなさい。そうすれば悪いようにはしません。少々、ブラックな職場ですけれど」

「%☆#$★@*$★%$%#*#☆◎!」

「&@*¥! $%★*#☆◎!」

 ええー、みんな喜んで盛り上がってる。

 ブラック職場? むしろご褒美です! とかいってそうな雰囲気。いや実際どうなのかはわかんないけど。

「ではみんな、そこに並んで。ひとりずつ、名前を付けてあげましょう」

 たちまち大行列ができた。意外とみんなお行儀がいい……。

「あなたは、アーです」

 最初の一体に名前が付いた。アーって。適当すぎませんか。

 一瞬、そのアークデーモンの全身が虹色の輝きを帯びた。

「……おお、力が増した! 感謝いたします、女王様!」

 光が収まっても、外見はあんまり変わってない。

 ただ言語は明瞭に、顔つきは若干穏やかに、両目には、それまでと異なる理知と理性の光が宿っている。

 魔力、体力、さらに知能面でも、確かに一段、進化してるっぽい。凄いな、名付け効果。

「あれはですね。自らの魔力を分け与える行為なのです。見ためより、名付ける側の負担は大きいのですが」

 ガミジンさんが、そっと教えてくれた。

「ただ、パイモンさまは、マスターと同等の魔力をお持ちです。悪魔の百や二百ぐらい、魔力を分けても、なお余裕がおありでしょうね」

 ほえー……あっちゃんと同等。それはすごい。魔王の娘は伊達じゃないね。

「わたしに背きさえしなければ、よき待遇を約束しましょう。わかりましたね? アー」

「ははっ、女王様!」

 嬉々として、ささっと跪くアークデーモンのアーさん。

 パイモンさんはそれを眺めて、鷹揚に微笑んだ。

 うん。女王様か……その格好で……。

 下手になんか言ったら殺されそうだから、わたしはあえてノーコメントで。

「では次。あなたは、イーです。次、あなたは、ウー」

 テキトーすぎぃ!

 いや、でも、これだけ数があると仕方ないのかな。番号じゃないだけマシ?

「……はい、あなたで最後ですね。あなたは、ンーです。今後はそう名乗りなさい」

 結局、五十音順全部使い切り、最後は「ん」で締めた……。発音しにくそうなんだけど、いいのかな。

「ありがとうございますンー! 頑張ってお仕えいたしますンー!」

 当の個体は喜んでるみたいだ。語尾がおかしなことになってるのは、名前の影響なのか、なんなのか。

「われら、女王パイモン様に、とこしえの忠誠を誓います!」

 最初に名付けられたアーさんの宣誓とともに、この場に出現したアークデーモンちょうど五十一体すべて、パイモンさんの前に一斉に拝跪し、違背無き旨を誓った。

 めでたしめでたし……なのかな?

「ほー、ちゃんと、出てくる奴らへの対策は考えてたんだな。さすが余の娘、見事なもんだ。余も鼻が高いよ」

 やけにホクホク顔でうなずくあっちゃん。これを娘の自発的成長ととらえて、素直に喜んでるようだ。

 でもこれ喜んでる場合かな……。

「ん? どしたー、レッデビちゃん。なんか浮かない顔になってるけど」

「あー……ちょっと、きになることが」

 パイモンさん、もう自分の手下を大量に従えて、女王様とまで呼ばれちゃってますけど。このシュヴァンガウにおいて、魔王様と女王様が並び立つ状況になったってことだよね。そういうの、新たなトラブルの元になるのでは、という懸念が。

「きゅうに、あたらしーあくまさんたちが、増えたでしょ。このおしろ、だいじょーぶなのかなー、って」

「ああ。言いたいことはわかる」

 あっちゃんは、問題ない、といわんばかりに笑った。

「もともと、この城はパイモンのために建てたんだ。もしパイモンが無事に成長したら、いずれは城も、魔王の座も、パイモンに譲って、余はどこかに隠居するつもりだったのさ」

 おお、シュヴァンガウの建設には、そんな思惑が。

 どうりで、やけにロマンチックな外観の城館だと思ったけど……なるほどパイモンさんのイメージとよく合う。なんか白鳥っぽい雰囲気とか。

「ただな……。今度のムコ取りは、ちょっと、パイモンには難しいかもしれねえ。残念なことになるかもな」

 ふと、あっちゃんは、眉をひそめた。

「よりによって、アスタロートとは……」

 そういえば忘れかけてたけど、いまここにいるのは、魔界の大軍団の、ほんの尖兵。

 まだ後があるんだった。

 おそらくパイモンさんのターゲット、大公爵アスタロートも、じきに現れるのだろう。

 どういう悪魔なんだろう?

 あっちゃんは、なにか知ってるみたいだな。それも、あまりよくない意味で。





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