魔界の尖兵、アークデーモン五十一体は、すべてパイモンさんの配下に収まった。
では次に出てくるのは?
ゲートの渦が、うぉんうぉんと異音を発しはじめた。
「みんな、さがっていなさい」
パイモンさんがひとり前面に立ち、配下になったばかりのアークデーモンたちを、広間の後方へと退避させた。
わたしたちは、パイモンさんのすぐ後ろについて、状況を見守っている。
ところで例の直立黄金竜ことエギュンなんだけど。
パイモンさんがアークデーモンズの名付けを済ませた頃、ようやく復活し、こっそり起き上がっていた。
それから、しばし無言で、わたしたちをじっと眺めていたのだけど。
何を思ったか、たったいま、自分から、ひょいとゲートに飛び込んでしまった。
「逃げたな」
あっちゃんが苦笑を浮かべた。
「あれはアマイモンや、他にも余の部下をいくらか殺しちまってるからな。オリエンスと違って、ちょっとお仕置きぐらいで済ますわけにゃいかねえ。そのへん察して、逃げやがったんだろうよ」
あっちゃんのお仕置きが怖くて逃げちゃったか……。偉そうに見えたけど、案外小心だなあ。
「あそこに入ったら、どーなるの? どこにでるの?」
わたしの疑問に、あっちゃんは肩をすくめた。
「魔界のどっかに出るだろうさ。ただ、魔界といっても系統やら派閥やら、色々あってなー。運良くアスタロートの領地に出れば保護してもらえるだろうが、それ以外の連中のとこだと……まあ生きられねーな」
「それは問題ないと思います」
と、横からガミジンさん。
「さきほど『解析』してみましたが、このゲートの最終端はビナーと繋がって、大きな直通経路を形成しています。そこにいるアークデーモンたちも、ビナーから乗り込んできたようですね」
「ああ。そういうことか。たいしたもんだな」
うんうんうなずくあっちゃん。
なにが、そういうことなのか。わたしにはサッパリわかんないんですけど……。
「当然でしょ? あたしが作った召喚石ですから。大雑把にですが、術式に座標指定を織り込んであります」
パイモンさんが、ちょっと得意気に応えた。
あっちゃんが、ふと、わたしのほうを見る。
「お、レッデビちゃん、わけわかんないって顔だな。教えてやんぜ?」
「おねがいします!」
「魔界へのゲートたってな、魔界のどこと繋がるかってのは、本当なら運任せだ」
あっちゃんの解説が始まった。
「どこにゲートを開こうが、だいたい高確率でケテル、イェソド、ネツァク、ティフェレトのいずれかに繋がる。このへんは、五十四の軍団長のどれかの管轄に入ってる。あいつら、どいつこいつも、まともに話が通じるような奴じゃねえ。下手に余所者が迷い込んだりしたら、即、八つ裂きにされちまうだろーな」
それはまた物騒な方々ですね……。
「もし、連中の管轄とゲートが繋がったなら、あいつらは嬉々として軍団を率いて攻め込んでくるだろう。魔界の軍団長ってのは、そんな問答無用な連中の集まりさ」
ああ、だからあっちゃん、さっき焦ってたんだな。魔界とゲートが繋がれば、めっちゃ強くて物騒な軍団長が攻めてくる可能性が高いってことで。
「でもな。ビナーって場所だけは例外だ。あそこはアスタロートの領域で、軍団長クラスは配置されてない。魔界で唯一、あらゆる闘争を禁じられている場所でもある」
「それは、なんで?」
「アスタロートが、そういうことを好まないからさ。もともとは悪魔じゃなくて、カミサマだったらしいんでな、あいつ」
「ほえー」
つい変な声が出た。そんな超大物だったんだ、アスタロートって悪魔。だから魔界でも特別待遇なんだな。
パイモンさんは、それを見越して、ビナーと直接繋がるように、異界ゲートに接続先の座標指定を組み込んでいた、と。
そういわれると、確かに凄い技術だ。いままでの召喚石は完全ランダムで、何が呼べるかわからなかったけど、この技術があれば、ある程度、召喚対象を絞ることができる。実はとんでもない技術革新なのでは……?
あれ、でも。
それじゃ、先に来たアークデーモンたちは、何のために、平和なビナーからわざわざゲートを渡ってきたんだろう。それもこんな大勢さんで。侵略以外の理由があるんだろうか。
「ねえ、アークデーモンさんたちは、なんのために、ここに来たの?」
と、あっちゃんに訊いてみたところ。
「あー、そりゃ多分……」
「我々は、ビナー城の城下に暮らしていた者どもです」
「うひぇっ!」
いつの間にか、わたしのすぐそばに立っていたアークデーモンの一体に声をかけられ、つい奇声をあげてしまった。
「いや、驚かせてしまいましたね。わたくし、さきほど女王様に名付けていただきました、ケーです」
「あ、これは、ごてーねーに。わたしは、レッドデビルです」
「ほほう。それは変わったお名前で……」
偽名ですけどね。つい、つられて、ご挨拶など交わしてしまった。
このアークデーモン、悪魔とは思えないほど穏やか、かつ好意的な雰囲気。
「さきほど……突然、ビナー城下の平原に、召喚魔法陣が出現しました。大きく、非常に力の強い召喚術式でした。たまたま居合わせた我々は、その強制力に抗うことができず、この場へ引っ張られ、転送されてきたのです」
あー、それで当初、みなさんすっごく不機嫌そうに、こっちを睨んでたわけね……。無理やり拉致されたようなものだし。
たしかに召喚術って、相手の都合とか一切考慮せず、一方的に呼び出すものだしね。電話とはわけが違う。本来、わざわざ応じる義理は、相手にはない。だから無理やり引っ張り出す、ってわけか。
「もっとも、そのおかげで立派な名を戴き、美しい女王陛下にお仕えできることになりました。皆、喜んでおりますよ」
立派な名……いやご当人さんたちが納得してるなら、それでいいか。
じゃあ、アークデーモンさんたちについては、結果オーライってわけだね。
でも。
なんか、玉座の上に浮いてる異界ゲートが、今までにもまして、ぐおんぐおんと猛烈に揺れて、拡大し始めている。
そこから、なにかしらピリピリした空気感みたいなものが、わたしの肌にも伝わってきている。
これは。
怒りの感情。
わたしにも、わかる。
これから、ゲートを通って召喚されてくる対象。
めっちゃくちゃ、怒っていらっしゃる……。