魔界と繋がる黒い大渦。
その鳴動は、次第次第に強く大きく、この謁見の間を揺るがしはじめた。
「この気配、間違いない」
「おお、あのお方が」
「なんという魔力の波動。さすがは……!」
一時はすっかり落ち着いていたアークデーモンさんたちが、また、ざわざわ騒ぎはじめた。
「えっ、もう来られるのですか?」
なぜか、パイモンさんも慌てている。
「も、もう少し猶予があると思っていたのですが。こ、心の準備が、まだ」
わたわたしてる。初デート直前の乙女ですかあなた。
どうも、パイモンさんの想定を超える速さで、いきなりやって来るみたいだ。
「アスタロートめ。ずいぶん急いで来やがるじゃねーか」
あっちゃんが、ちょっと焦り気味に呟いた。
魔王ですら脂汗を流すほどの存在とは、いったい……。
ばちばちばちぃ! と、ゲートの手前に、紫の電光のようなものが閃き、はじけた。
続いて、床から天井まで届く紫の炎柱が、ごぉうっ! と噴き上がった。
その紫炎の向こうに、黒い人影が立っているのが垣間見える。
サイズは、やや大柄な人間ぐらい。それほど大きいものじゃない。
けれど、伝わってくる魔力の放射が凄まじい。
まるで見えざる津波が押し寄せてくるみたいに、物理的な干渉力がある。『身体強化』を使ってなければ、わたしの身体なんか謁見の間の外へ、ざっぱーんと放り出されかねないほど。
ガミジンさんは、防御魔法っぽい蒼い防壁を前に展開して、耐えてる様子。
またも、わたしが知らない魔法……。
とかいってる場合じゃない。
「我が威を恐れず、ビナーへ干渉せんとする不届き者よ。そこにいるのか? 覚悟はできているのだろうな?」
穏やか、かつ爽やかな、しかして力強い声が、炎の向こう側から、韻々と響き渡った。
これは。
す、すっごいイケボ。もう声だけでめちゃくちゃカッコイイ。いや感心してる場合でもないんでしょうけど、つい。
カツン! と、硬い靴音が響く。
黒い影が、ゆっくりと一歩を踏んで、紫炎のなかから、ずおおっ、と姿を現した。
長身、肩幅広く、黒い長衣に、金銀の装飾と肩パッド付きの黒いマントをぶわさっ! と翻し、黒い長髪をなびかせる、赤眼白貌の……。
ようするに、ものすっごい、すっごい、すっごぉぉい、イケメン。
あまりにも美貌すぎて、なんかこう、わたしの語彙が死んでる……。
ただその、イケメンではあるのだけど、そのお顔というか表情がですね。
もういかにも不機嫌そうで。
例えていえば、休日のティータイム中に急にメールとかでお外に呼ばれて、静かにキレながら出てきた人、みたいな顔。
さっと、パイモンさんが前面に出て、その黒い超絶イケメンを迎えた。
「あたしは、魔王アリオクの娘、パイモンと申します。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「魔王の娘?」
黒い不機嫌超絶イケメンは、足を止めた。
「……なるほど。相応の魔力はあるようだ」
ちょっとうなずいてみせる、黒いハイパーイケメン。
「我はアスタロート。魔界の大公にして、ビナーの主である」
あ、やっぱり、このまだ不機嫌顔のイケメンが、噂の大悪魔アスタロート。
「汝が、ビナーへ干渉し、我を呼びつけた者であるか」
「はい。その通りです」
「汝の望みは、我が名を知ることか? であれば、もう用は済んだな。死ぬがよい」
さっと右手を前へ掲げるアスタロート。そんないきなり死ねとか。いやお気持ちはわからなくもないですけど。見た目以上に、相当ご立腹みたいですね、あの方。
アスタロートの指先から、激しい紫の雷光がほとばしる。
「はああっ!」
パイモンさんは、素早く魔法のステッキを一振り。アスタロートが放った雷光を、バシィン! と斜め上へ弾き飛ばした。
「む……! 弾劾の雷を、弾くか」
ちょっと意外そうな表情を浮かべるアスタロート。そういうお顔もまた美しい。頑張れアスタロート!
ん? なんでわたし、アスタロートのほうを応援しちゃってるんだろ? イケメンだから? やっぱイケメンは正義ってことかな?
「ふふっ。なかなかの魔力……!」
すちゃっ、とステッキを握り、身構えつつ、不敵に微笑むパイモンさん。
「今度は、こちらからいきます」
ステッキの先端の星とハートを象ったラブリーな宝玉が、黄金の輝きを帯びる。
おお、あのステッキで魔法攻撃を?
「テンペスト☆ナックル!」
瞬時にアスタロートとの距離を詰めたパイモンさんの左拳が、アスタロートの右頬にめり込んだ。
って普通に殴った? じゃあステッキの輝きにはなんの意味が?
「うごおおおおっ!」
衝撃で、真後ろにすっ飛んでいくアスタロート。ばささぁ! と黒いマントをはためかせつつ。
そのまま無様にすっ転げるかと思いきや、かろうじて踏みとどまり、態勢を立て直した。
「くっ、なんたる野蛮な! 素手で殴りかかるとは!」
ちょっと口の端から血を流しつつ、アスタロートは、右手を真上へさし挙げた。うわ結構ダメージ入ってる? でもって、すっごく怒ってる。そりゃそうか。
「おおおおおっ!」
アスタロートの全身から、猛烈な魔力の波動がほとばしって、この広間全体を揺さぶった。
「滅せよ!」
ぐわっ、と右手を前へかざすアスタロート。がんばえー! アスタロートー!
その掌から、直径二メートルはある巨大な真っ黒い魔力の塊が生じ、まっすぐパイモンさんめがけて放たれた。
「ふっ!」
パイモンさんは即座に反応した。その右脚を、旋風のごとく斜め上へ蹴りあげ、迫る黒い魔力を、その風圧だけで、ずばっと消し飛ばした。
あんなひらひらミニドレスで、そんなに足を上げちゃったら、見え……と思ったら、ちゃんと中はスパッツだった。戦う乙女の嗜みってやつ?
「まだまだ、こんなものではありませんよ? さあ、行きます!」
再び激しく輝く魔法のステッキ。
おお、今度こそ魔法で攻撃?
「エーテル☆ブラスト!」
パイモンさんの鉄拳が流星のごとく閃いて、アスタロートのみぞおちに、見事なボディブローがめり込んだ。
「ぬぐぅおおおっ!」
やけにイケボな唸り声をあげ、がくん、と膝をつくアスタロート。
……あれ?
もしかして、勝負あった?
いや、まだアスタロートは立ち上がる。勝負は続くみたい。
というか。なんで戦ってるんだっけ、この方々。
あと、魔法のステッキの存在意義は?