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#096


 魔界と繋がる黒い大渦。

 その鳴動は、次第次第に強く大きく、この謁見の間を揺るがしはじめた。

「この気配、間違いない」

「おお、あのお方が」

「なんという魔力の波動。さすがは……!」

 一時はすっかり落ち着いていたアークデーモンさんたちが、また、ざわざわ騒ぎはじめた。

「えっ、もう来られるのですか?」

 なぜか、パイモンさんも慌てている。

「も、もう少し猶予があると思っていたのですが。こ、心の準備が、まだ」

 わたわたしてる。初デート直前の乙女ですかあなた。

 どうも、パイモンさんの想定を超える速さで、いきなりやって来るみたいだ。

「アスタロートめ。ずいぶん急いで来やがるじゃねーか」

 あっちゃんが、ちょっと焦り気味に呟いた。

 魔王ですら脂汗を流すほどの存在とは、いったい……。

 ばちばちばちぃ! と、ゲートの手前に、紫の電光のようなものが閃き、はじけた。

 続いて、床から天井まで届く紫の炎柱が、ごぉうっ! と噴き上がった。

 その紫炎の向こうに、黒い人影が立っているのが垣間見える。

 サイズは、やや大柄な人間ぐらい。それほど大きいものじゃない。

 けれど、伝わってくる魔力の放射が凄まじい。

 まるで見えざる津波が押し寄せてくるみたいに、物理的な干渉力がある。『身体強化』を使ってなければ、わたしの身体なんか謁見の間の外へ、ざっぱーんと放り出されかねないほど。

 ガミジンさんは、防御魔法っぽい蒼い防壁を前に展開して、耐えてる様子。

 またも、わたしが知らない魔法……。

 とかいってる場合じゃない。

「我が威を恐れず、ビナーへ干渉せんとする不届き者よ。そこにいるのか? 覚悟はできているのだろうな?」

 穏やか、かつ爽やかな、しかして力強い声が、炎の向こう側から、韻々と響き渡った。

 これは。

 す、すっごいイケボ。もう声だけでめちゃくちゃカッコイイ。いや感心してる場合でもないんでしょうけど、つい。

 カツン! と、硬い靴音が響く。

 黒い影が、ゆっくりと一歩を踏んで、紫炎のなかから、ずおおっ、と姿を現した。

 長身、肩幅広く、黒い長衣に、金銀の装飾と肩パッド付きの黒いマントをぶわさっ! と翻し、黒い長髪をなびかせる、赤眼白貌の……。

 ようするに、ものすっごい、すっごい、すっごぉぉい、イケメン。

 あまりにも美貌すぎて、なんかこう、わたしの語彙が死んでる……。

 ただその、イケメンではあるのだけど、そのお顔というか表情がですね。

 もういかにも不機嫌そうで。

 例えていえば、休日のティータイム中に急にメールとかでお外に呼ばれて、静かにキレながら出てきた人、みたいな顔。

 さっと、パイモンさんが前面に出て、その黒い超絶イケメンを迎えた。

「あたしは、魔王アリオクの娘、パイモンと申します。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「魔王の娘?」

 黒い不機嫌超絶イケメンは、足を止めた。

「……なるほど。相応の魔力はあるようだ」

 ちょっとうなずいてみせる、黒いハイパーイケメン。

「我はアスタロート。魔界の大公にして、ビナーの主である」

 あ、やっぱり、このまだ不機嫌顔のイケメンが、噂の大悪魔アスタロート。

「汝が、ビナーへ干渉し、我を呼びつけた者であるか」

「はい。その通りです」

「汝の望みは、我が名を知ることか? であれば、もう用は済んだな。死ぬがよい」

 さっと右手を前へ掲げるアスタロート。そんないきなり死ねとか。いやお気持ちはわからなくもないですけど。見た目以上に、相当ご立腹みたいですね、あの方。

 アスタロートの指先から、激しい紫の雷光がほとばしる。

「はああっ!」

 パイモンさんは、素早く魔法のステッキを一振り。アスタロートが放った雷光を、バシィン! と斜め上へ弾き飛ばした。

「む……! 弾劾の雷を、弾くか」

 ちょっと意外そうな表情を浮かべるアスタロート。そういうお顔もまた美しい。頑張れアスタロート!

 ん? なんでわたし、アスタロートのほうを応援しちゃってるんだろ? イケメンだから? やっぱイケメンは正義ってことかな?

「ふふっ。なかなかの魔力……!」

 すちゃっ、とステッキを握り、身構えつつ、不敵に微笑むパイモンさん。

「今度は、こちらからいきます」

 ステッキの先端の星とハートを象ったラブリーな宝玉が、黄金の輝きを帯びる。

 おお、あのステッキで魔法攻撃を?

「テンペスト☆ナックル!」

 瞬時にアスタロートとの距離を詰めたパイモンさんの左拳が、アスタロートの右頬にめり込んだ。

 って普通に殴った? じゃあステッキの輝きにはなんの意味が?

「うごおおおおっ!」

 衝撃で、真後ろにすっ飛んでいくアスタロート。ばささぁ! と黒いマントをはためかせつつ。

 そのまま無様にすっ転げるかと思いきや、かろうじて踏みとどまり、態勢を立て直した。

「くっ、なんたる野蛮な! 素手で殴りかかるとは!」

 ちょっと口の端から血を流しつつ、アスタロートは、右手を真上へさし挙げた。うわ結構ダメージ入ってる? でもって、すっごく怒ってる。そりゃそうか。

「おおおおおっ!」

 アスタロートの全身から、猛烈な魔力の波動がほとばしって、この広間全体を揺さぶった。

「滅せよ!」

 ぐわっ、と右手を前へかざすアスタロート。がんばえー! アスタロートー!

 その掌から、直径二メートルはある巨大な真っ黒い魔力の塊が生じ、まっすぐパイモンさんめがけて放たれた。

「ふっ!」

 パイモンさんは即座に反応した。その右脚を、旋風のごとく斜め上へ蹴りあげ、迫る黒い魔力を、その風圧だけで、ずばっと消し飛ばした。

 あんなひらひらミニドレスで、そんなに足を上げちゃったら、見え……と思ったら、ちゃんと中はスパッツだった。戦う乙女の嗜みってやつ?

「まだまだ、こんなものではありませんよ? さあ、行きます!」

 再び激しく輝く魔法のステッキ。

 おお、今度こそ魔法で攻撃?

「エーテル☆ブラスト!」

 パイモンさんの鉄拳が流星のごとく閃いて、アスタロートのみぞおちに、見事なボディブローがめり込んだ。

「ぬぐぅおおおっ!」

 やけにイケボな唸り声をあげ、がくん、と膝をつくアスタロート。

 ……あれ?

 もしかして、勝負あった?

 いや、まだアスタロートは立ち上がる。勝負は続くみたい。

 というか。なんで戦ってるんだっけ、この方々。

 あと、魔法のステッキの存在意義は?





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