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#097


 なおも、激闘は続いた。

 一度は膝をついたアスタロートだけど、すぐに立ち直って、巨大な雷の魔法を展開し、パイモンさんへ叩き付けた。

 パイモンさんは、鮮やかな体術で、アスタロートの攻撃をかわし、あるいは吹き飛ばし、鋭い拳と蹴りを次々アスタロートへ見舞ってゆく。

 ……アスタロートは闘争を好まない、と、ついさっき、あっちゃんに聞いたところだったけど。

 なんか普通にバチバチやりあってるね……。

「なぜだ! なぜ、我がビナーに干渉した! 魔界で唯一の平和の楽園を、なにゆえに乱さんとする!」

 うわー、アスタロート、めっちゃくちゃ怒ってるよ……。顔つきは、まだ割と冷静にキレてる感じに見える。

 でも、ほとばしる魔力の波動に、その怒りの感情が全開で乗っかっていて、部外者のわたしでさえ、背筋がびくびくしてる。

 本来、闘争は好まないけど、統治領域に勝手にゲートを繋がれたことに腹を立てて、殴りこんできた。そういうことかな?

 ……とすれば、むしろ、アスタロートって被害者側では?

 わたしが、ついアスタロートのほうを応援しちゃってるの、そういう背景を、なんとなく感じ取っていたからかもしれない。いまもついつい、がんばえアスタロート! って声が出そうになった。出さないけど。

「結果的に、そうなってしまっただけです。あたしは、あなたにお逢いしたかった! ただ、それだけですっ!」

 ぶぉん! と、パイモンさんのハイキックが空気を裂いて、アスタロートのこめかみにクリーンヒット。ごばきゃ! とか、すんごい音が響いた。うーわ、痛そう……。

「我に、逢うため……?」

 一瞬、ぐらりとよろめきながら、アスタロートが呟いた。倒れそう、でも倒れない。持ち堪えている。

「はい。そうです。あなたにお逢いできる日を、ずっと待っておりました!」

 パイモンさんも、手を止め、応えた。さすがに少し息があがってる。そりゃ、あれだけ激しく動き回ればね。

「そのために、ビナーと直通路を開いたと?」

「はい」

 迷いなく、うなずくパイモンさん。

「なんたる蛮勇。もし誤って、他の魔界領域に干渉しておれば、今頃、こちらの世界は地獄と化していたであろう」

 ちょっと呆れた顔つきのアスタロート。ううーむ、そういう表情もカッコイイ。真のイケメンって、どんな感情もビシッと映えるよねえ。

「そこは、細心の注意を払っていました。ビナーにのみ繋がるように、術式を組んでいたのです」

「そうか……」

 アスタロートは、すっと身構えを解き、小さく息をついた。そんな仕草もまたお美しい。ついつい、推したくなっちゃうじゃないですか。

「ならば、問おう。汝、我に何を望むか?」

 ようやく戦闘を終えて、話し合いのフェイズに入ったみたい。

 事情を聞いて、アスタロートのお怒りも収まったようだ。結局、アスタロートの攻撃はパイモンさんに傷ひとつ負わせることなく、むしろアスタロートのほうがずっとタコ殴りにされてたけど。

 けれど、さすがは大悪魔。とくにダメージは残ってないみたい。さんざん殴られたはずのお顔にも、アザひとつ付いてない。

「あ……えっと」

 あらためて問われて、急にモジモジしはじめるパイモンさん。

「そ、そのっ」

「どうした? 多大な魔力を用い、よほど苦心して、我を呼んだのであろう。既に誤解も解け、争う理由もない。さあ、望みを申してみよ」

「あ、あたしとっ……」

 うわ、パイモンさん、顔真っ赤だよ。でも無理もないかー。

 見た目は絶世の美熟女、でも実際は世間知らずの箱入り娘。恋に恋する世慣れぬ乙女。

 そして、向き合うは、これまた稀世の超絶美形。パイモンさんが長年憧れてきた、噂の大公爵アスタロート様。

 これはなんとも胸キュンなシチュエーション。さあさあ、ここで甘ーい告白を……!

「お、お付き合い、してくださいっ!」

 おお、いったぁ!

「でで、できましたらその、将来のっ、こ、婚姻を、前提に、ですね、その」

 しどろもどろになりながら、それでもなんとか、想いを伝えんとするパイモンさん。

「……その望みは、きけぬ」

 ぽつりと、アスタロートは応えた。ちょっと残念そうな顔つきで。

「えっ」

 がば、と顔をあげるパイモンさん。

「なっ、なぜですか! あたしでは、アスタロート様とは、釣り合いませんかっ?」

「そうではない」

 アスタロートは、静かに首を振った。

「我には性別が無い。生来、そういう欲求も持ちあわせぬ。したがって、汝のその望みにだけは、応えられぬのだ」

 えっ。

「……あー。やっぱそうなったかー」

 ずっと黙って見ていたあっちゃんが、残念そうに頭を抱えた。

 んん? どういうこと? 教えてあっちゃんプリーズ。







 アスタロートは、もとカミサマだった、とあっちゃんは言っていた。

 で、そのあっちゃんから、こそこそと、さらに詳しい解説を聞かせてもらった。

 カナンの豊穣神アシュターと、バビロニアの太母神イシュタル。この太古の二柱の神性の融合体が、大悪魔アスタロートなのだという。

「いやでも、ひょっとしたらワンチャンあるかも、って思って、あえて黙って見てたんだけどな。融合神性なら、両方アリ、って可能性もあるかもってな……でもやっぱ、両方ナシになってたかー」

 アシュターは男神、イシュタルは女神。

 結局、両者の融合時に、互いの性別は打ち消されて、無くなってしまったのだとか……。

 さっき、あっちゃんが脂汗を流してたのは、まだどちらに転ぶかわからなくてハラハラしてたせい、だって。

「そっ、そんな! では、あなたは、殿方ではなく……!」

「いかにも。我は、どちらでもない」

「ああっ、そんな」

 がくんと、その場に膝を付くパイモンさん。そりゃショックだよねー。お気持ちは察するに余りあります。

「そう落ち込むでない。他に望みがあるなら、できうる限り、応えてやろう」

 穏やかなイケボで、失意のパイモンさんをそっと慰めるアスタロート。

 ううむ、優しい。たとえ性別がなくとも、イケメンはやっぱりイケメンだなあ。

 男でも女でもないけど、イケメン。

 そう……いうなれば、性別、アスタロート。みたいな。なにいってんだろ、わたし。

「そういう……ことであれば……」

 ぐぐぐっ、と、パイモンさんは、力強く立ち上がった。

「良きお方を、紹介していただけませんか? できますれば、あなたにも負けないほどの、強く美しく逞しい殿方をっ!」

 切り替え早っ!

 なんかもう完全に立ち直ってる?

 さすが魔王の娘、強靭な精神をお持ちのようで。





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