なおも、激闘は続いた。
一度は膝をついたアスタロートだけど、すぐに立ち直って、巨大な雷の魔法を展開し、パイモンさんへ叩き付けた。
パイモンさんは、鮮やかな体術で、アスタロートの攻撃をかわし、あるいは吹き飛ばし、鋭い拳と蹴りを次々アスタロートへ見舞ってゆく。
……アスタロートは闘争を好まない、と、ついさっき、あっちゃんに聞いたところだったけど。
なんか普通にバチバチやりあってるね……。
「なぜだ! なぜ、我がビナーに干渉した! 魔界で唯一の平和の楽園を、なにゆえに乱さんとする!」
うわー、アスタロート、めっちゃくちゃ怒ってるよ……。顔つきは、まだ割と冷静にキレてる感じに見える。
でも、ほとばしる魔力の波動に、その怒りの感情が全開で乗っかっていて、部外者のわたしでさえ、背筋がびくびくしてる。
本来、闘争は好まないけど、統治領域に勝手にゲートを繋がれたことに腹を立てて、殴りこんできた。そういうことかな?
……とすれば、むしろ、アスタロートって被害者側では?
わたしが、ついアスタロートのほうを応援しちゃってるの、そういう背景を、なんとなく感じ取っていたからかもしれない。いまもついつい、がんばえアスタロート! って声が出そうになった。出さないけど。
「結果的に、そうなってしまっただけです。あたしは、あなたにお逢いしたかった! ただ、それだけですっ!」
ぶぉん! と、パイモンさんのハイキックが空気を裂いて、アスタロートのこめかみにクリーンヒット。ごばきゃ! とか、すんごい音が響いた。うーわ、痛そう……。
「我に、逢うため……?」
一瞬、ぐらりとよろめきながら、アスタロートが呟いた。倒れそう、でも倒れない。持ち堪えている。
「はい。そうです。あなたにお逢いできる日を、ずっと待っておりました!」
パイモンさんも、手を止め、応えた。さすがに少し息があがってる。そりゃ、あれだけ激しく動き回ればね。
「そのために、ビナーと直通路を開いたと?」
「はい」
迷いなく、うなずくパイモンさん。
「なんたる蛮勇。もし誤って、他の魔界領域に干渉しておれば、今頃、こちらの世界は地獄と化していたであろう」
ちょっと呆れた顔つきのアスタロート。ううーむ、そういう表情もカッコイイ。真のイケメンって、どんな感情もビシッと映えるよねえ。
「そこは、細心の注意を払っていました。ビナーにのみ繋がるように、術式を組んでいたのです」
「そうか……」
アスタロートは、すっと身構えを解き、小さく息をついた。そんな仕草もまたお美しい。ついつい、推したくなっちゃうじゃないですか。
「ならば、問おう。汝、我に何を望むか?」
ようやく戦闘を終えて、話し合いのフェイズに入ったみたい。
事情を聞いて、アスタロートのお怒りも収まったようだ。結局、アスタロートの攻撃はパイモンさんに傷ひとつ負わせることなく、むしろアスタロートのほうがずっとタコ殴りにされてたけど。
けれど、さすがは大悪魔。とくにダメージは残ってないみたい。さんざん殴られたはずのお顔にも、アザひとつ付いてない。
「あ……えっと」
あらためて問われて、急にモジモジしはじめるパイモンさん。
「そ、そのっ」
「どうした? 多大な魔力を用い、よほど苦心して、我を呼んだのであろう。既に誤解も解け、争う理由もない。さあ、望みを申してみよ」
「あ、あたしとっ……」
うわ、パイモンさん、顔真っ赤だよ。でも無理もないかー。
見た目は絶世の美熟女、でも実際は世間知らずの箱入り娘。恋に恋する世慣れぬ乙女。
そして、向き合うは、これまた稀世の超絶美形。パイモンさんが長年憧れてきた、噂の大公爵アスタロート様。
これはなんとも胸キュンなシチュエーション。さあさあ、ここで甘ーい告白を……!
「お、お付き合い、してくださいっ!」
おお、いったぁ!
「でで、できましたらその、将来のっ、こ、婚姻を、前提に、ですね、その」
しどろもどろになりながら、それでもなんとか、想いを伝えんとするパイモンさん。
「……その望みは、きけぬ」
ぽつりと、アスタロートは応えた。ちょっと残念そうな顔つきで。
「えっ」
がば、と顔をあげるパイモンさん。
「なっ、なぜですか! あたしでは、アスタロート様とは、釣り合いませんかっ?」
「そうではない」
アスタロートは、静かに首を振った。
「我には性別が無い。生来、そういう欲求も持ちあわせぬ。したがって、汝のその望みにだけは、応えられぬのだ」
えっ。
「……あー。やっぱそうなったかー」
ずっと黙って見ていたあっちゃんが、残念そうに頭を抱えた。
んん? どういうこと? 教えてあっちゃんプリーズ。
アスタロートは、もとカミサマだった、とあっちゃんは言っていた。
で、そのあっちゃんから、こそこそと、さらに詳しい解説を聞かせてもらった。
カナンの豊穣神アシュターと、バビロニアの太母神イシュタル。この太古の二柱の神性の融合体が、大悪魔アスタロートなのだという。
「いやでも、ひょっとしたらワンチャンあるかも、って思って、あえて黙って見てたんだけどな。融合神性なら、両方アリ、って可能性もあるかもってな……でもやっぱ、両方ナシになってたかー」
アシュターは男神、イシュタルは女神。
結局、両者の融合時に、互いの性別は打ち消されて、無くなってしまったのだとか……。
さっき、あっちゃんが脂汗を流してたのは、まだどちらに転ぶかわからなくてハラハラしてたせい、だって。
「そっ、そんな! では、あなたは、殿方ではなく……!」
「いかにも。我は、どちらでもない」
「ああっ、そんな」
がくんと、その場に膝を付くパイモンさん。そりゃショックだよねー。お気持ちは察するに余りあります。
「そう落ち込むでない。他に望みがあるなら、できうる限り、応えてやろう」
穏やかなイケボで、失意のパイモンさんをそっと慰めるアスタロート。
ううむ、優しい。たとえ性別がなくとも、イケメンはやっぱりイケメンだなあ。
男でも女でもないけど、イケメン。
そう……いうなれば、性別、アスタロート。みたいな。なにいってんだろ、わたし。
「そういう……ことであれば……」
ぐぐぐっ、と、パイモンさんは、力強く立ち上がった。
「良きお方を、紹介していただけませんか? できますれば、あなたにも負けないほどの、強く美しく逞しい殿方をっ!」
切り替え早っ!
なんかもう完全に立ち直ってる?
さすが魔王の娘、強靭な精神をお持ちのようで。