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#098


 パイモンさんの願いに、大公爵アスタロートは「その望み、聞き届けよう」と快諾を与えた。

「だが、すぐというわけにはいかぬ。少し猶予をもらうが、よいな?」

「はっ、はいっ! どうか、よろしくお願いしますっ!」

 ぺこりと頭をさげるパイモンさん。顔つきは真剣そのものだ。そりゃムコ選びだものね。素敵な伴侶を迎えられるといいな。

 そこへ。

「よ、大公。お疲れさん」

 あっちゃんが歩み寄って、気軽に声をかけた。

「久しいな、アリオク」

 フッ、と、アスタロートの顔に笑みが浮かんだ。なんという不敵で素敵なイケメンスマイル。つい、みとれてしまう。

「卿がケテルを去ったのは、いつ頃だったか。よもや、異界に渡って魔王を名乗り、娘までつくっているとはな」

「はっはっは、昔のことは言ってくれるな。余もいろいろあったんだよ」

「そうか。だが、今でもケテルの城に、卿の席は残っているぞ。いつ戻ってもよいように、と」

「あのおっさん、余計なことを……」

 苦笑を浮かべるあっちゃん。

 なんだろう。このお二人、随分気安い仲みたいだ。

「あの……アスタロートさま。父とは、どういうご関係で?」

 パイモンさんが尋ねる。

 アスタロートは、あっちゃんと軽く笑みを交わし合って、応えた。

「汝の父君は、かつて魔界の客将として、長くケテル城に逗留していた。当時は、剣の騎士アリオク、と呼ばれていたのだよ」

「いやー、そんな長居するつもりはなかったんだけどな? 所詮、余は外様の流れ者だしなー。でも、ルキフゲが、どうしても居てくれって泣いて頼んでくるから、千年ばかし、あっちに居たんだよ。この世界に迷い込む前の話さ」

 あっちゃんは、一時期、魔界の中心地であるケテル城に留まり、その武力を見込まれて大魔王ルシファー直属の将となり、近衛隊を率いていたそうな。

「つっても、大魔王の顔は見たことねーけどな。代理者のルキフゲを通して、ちょくちょく雇用条件の調整、交渉をやってた程度だ。で、そういう席に必ずいたのが、そこの大公どのってわけ。そんなに話したことはなかったけど、顔見知りではあるな」

「ねえ、ルキフゲって?」

 いつの間にか、わたしも当たり前みたいに会話に混ざって、あっちゃんに質問していた。誰もツッコミを入れてこない。

 そして当然のように質問に答えるあっちゃん。

「ルキフゲ・ロフォカレ。魔界の宰相だよ。カネ勘定にやたらうるさくてなあ」

 ほほう。経理担当なのかな。魔界にもそういう人……っていうか悪魔がいるんだなあ。

「……ところで」

 ふと、アスタロートの視線が、わたしに向けられた。あ、ようやくツッコミが来る?

 アスタロートの眼差しは、やけに穏やかというか優しげというか、さながら子猫を眺める猫好きの好青年みたいな慈愛に満ちていた。わぁ、なんてきれいな目なの。

「この小動物は、何だ? アリオク、卿が飼っているのか」

 本当に子猫扱いだった。







 あっちゃん、パイモンさん、アスタロートさんの三者は、玉座のそばに腰をおろして、今後の話し合いをはじめた。

 アークデーモンズ五十一体は、パイモンさんの背後に控えている。

 彼らは、つい先刻まで、たまたまビナーに住みついていた名無しの悪魔たちで、アスタロートさんに仕えていたわけではないんだとか。ゆえにアスタロートさんも、彼らの存在を気に留めていないようだった。

 玉座の上には、相変わらず、真っ黒い瘴気が、静かに渦を巻いている。

「このゲート、放置しておけば、いずれ効果は切れるという話であったな?」

 アスタロートさんの問いかけに、パイモンさんが応えた。

「はい。召喚石に蓄えられた魔力が尽きれば、ゲートは消滅します」

「できれば維持してもらいたいのだが……可能だろうか」

「ああ、できるぜ」

 あっちゃんが言う。

「ただ、定期的に、コアになってる召喚石に魔力を注ぎ込む必要がある。それもけっこうな量をな」

「それは、あたしがやります。このゲート自体、あたしの術式ですので」

「では、汝に任せるとしよう。ビナー側の召喚陣については、我が管理を行う」

「これで、いつでも、魔界とこちらを往復できるのですね?」

「そうだ。汝の望みを叶えるには、このゲートを活用するのが手っ取り早いと思うのでな」

 パイモンさんは、アスタロートさんに、自分のおムコさんを見繕ってほしい、と望んだ。

 アスタロートさんはそれに応じた。魔界とこちらの世界とが常時繋がっていれば、連絡を取り合うのも容易だし、お見合いのセッティングなどにも都合がよい、ってわけだね。

「ではその件はそれでよいとして、今後のことだが……」

「あーはいはい、どうせ、あっちに顔出せってんだろー?」

 あっちゃんがため息まじりにつぶやく。

 それを眺めて、フッ、とアスタロートさんが微笑んだ。

「どのみち、今回の件はロフォカレの耳にも入るだろう。卿が黙っていれば、今度はあちらから押しかけて来るぞ」

「うわー、そりゃ勘弁……。わーったよ、一緒に行くぜ」

 うなずくあっちゃん。

「えっ、パパ、魔界へ行くんですか?」

 パイモンさんが、ちょっと意外そうに尋ねた。

「ああ。あっちで、今後の身の振り方について、ちっと話し合ってくる」

「どういうことですか?」

「前々から言ってただろ。この城は、おまえのために建てたんだよ。おまえにはもう直属の配下もできた。あとはムコ取りを見届けたら、この城は正式におまえに譲渡するつもりだ」

「じゃあ……あたしが結婚したら、パパは、魔界に戻るというんですか?」

「多分そうなるなー。だがよ、このゲートで繋がってるなら、いつだって往復できるわけだろ。だったら何も問題ねーんじゃねーか?」

「ええ、それは確かに……けど、パパは前からおっしゃってましたよね。この世界の人間たちと、モンスターたちの共存を目指している、って」

「それも、おまえに任せるよ。ちょうど、レッデビちゃんっていう、面白い人間とも知り合えたしな」

 あっちゃんとパイモンさんが、同時にわたしに顔を向けてきた。

 ん? ここでわたしの話になるの?

 そのわたしはというと。

 三者の会談中ずっと、アスタロートさんの膝に乗せられて。

 まさに子猫のごとく、頭をなでなでされていた……。





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