地下世界の小さな大騒動「シュヴァンガウの反乱」は、あっけなく終息した。
反乱の首魁、上級悪魔エギュンは、魔界と繋がるゲートに飛び込んで逃亡。おそらくビナー城下の平原地帯に転送されているだろう、とはあっちゃんの言。
四天王のうちエギュン、アマイモン、オリエンスは、もともと魔界出身だそうで。遥か昔、あっちゃんと一緒に、こちらの世界に「迷い込んできた」んだとか。
とすれば、エギュンにとって魔界は故郷にあたるわけだけど。
「魔界つっても広いからなー。ビナーに留まってる限りは安全だが、あいつの古巣はずっと北のイェソドだ」
「あそこか。いまはモロクの領地になっているが……」
アスタロートさんが呟くと、あっちゃんは苦い笑みを浮かべた。
「よりによって、モロクか。エギュンの野郎、うっかりイェソドに踏み込んだりしたら、秒で塵にされちまうぜ」
「事情は先ほど聞いたが、エギュンについては、自業自得としか言いようがないな。だがもし、運よくビナーで彼を見かけたら、我のほうで拘束しておこう」
「ああ、頼む。なるべく、きちんと落とし前を付けておきたいからな」
モロク。前世でうっすら聞き覚えがあるって程度で、詳しいことは知らないけど、なんかすごく凶暴な大悪魔だとか記憶してる。エギュンだって、けっして弱いわけじゃないのに、それを秒殺可能とか。どんだけ強いのモロクって。
なんにせよ、そんなわけで反乱の首魁はもういない。
パイモンさんは、実質上、エギュンと協力関係にあったけれど、目的は反逆じゃなくておムコさん候補の召喚だった。
結果として、ここに呼ばれてきたアスタロートさんと和解が成立。以後はこちらと魔界と、相互に連絡を取りつつ、まあ仲良くやっていきましょう、という感じでまとまった。
まだパイモンさんのお婿さんは決まってないけど、反乱騒動は収まり、シュヴァンガウには平穏が戻った。
一応、めでたしめでたし……なのかな?
「んで、レッデビちゃんは、このあと、どーすんだっけ?」
あっちゃんに訊かれて。
「きょうはもう、おうちかえる。ねむいしー」
わたしは、アスタロートさんのお膝で猫かわいがりされながら、小さく欠伸をした。
わたしの頭を撫でてるアスタロートさんの掌がね。またこれが、ふわふわと暖かくて優しくてね。嬉しいんだけど、眠くなっちゃうんだよね。
「そっか。送っていこーか?」
「んーん。『転移』でかえれるから。あした、また、ここに来ていい?」
「ああ、レッデビちゃんなら、いつ来ても大歓迎だぜ」
「わかったー」
わたしは、アスタロートさんのお膝から、しゅたっと床へ降り立った。
「むむ。帰ってしまうのか……。なんなら、我が城で飼ってやってもよいのだぞ?」
なんとも残念そうな顔つきで呟くアスタロートさん。わたしを気に入ってくれたみたいで、それは嬉しいんだけどね。さすがにペット扱いは困るかなーって。
「レッデビさん」
パイモンさんが声をかけてきた。よかった。ちんちくりん、変な子を経て、レッデビさんに呼び名が昇格した。
「ごめんなさいね、おかしな誤解をしてしまって。許してくれるかしら?」
「うん。ゆるします」
わたしがうなずくと、パイモンさんは、「ふふ」と、柔らかく微笑んだ。やっぱり美人だなー。
「ガミジンさん。あした、またあいましょー」
と、わたしが声をかけると、ガミジンさんは、がばっ、と顔をこちらに向けてきた。
「そうでした。事態が落ち着いたら、魔法を教えるという約束でしたね。では、また明日」
「うん。そんじゃー、みんな、おやすみー」
わたしは、一同へ、ぱたぱた手を振りつつ『転移』を発動させ、お家へ帰った。
今日はいろいろありすぎて、本当に疲れた……。
ささっと着替えを済ませて、お部屋のベッドに転がりこむと、わたしは即座に眠りに落ちた。
それでまた、例の夢です。
深い深い夢のなか。目が覚めたら何もかも忘れてる、例の夢。
おそらく、神様たちの会話。
以前より、ちょっとだけ背景も、集まってる人たちの顔も、はっきり見えている。
場所は……薄暗いけど、なにかの研究室みたいに見える。
大きな台座の上に設置された、でっかいテレビ……モニター? そんな感じの映像装置みたいなものがあって、それを五人……いや六人かな。ずらりと立ち並んで、映像を眺めている。
みんな白衣を着てて、大学の研究員の集まりみたいに見えるんだけど、でもアナーヒター様が真ん中にいる。ってことは、たぶんみんな神様なんだと思う。
モニターに映ってるの、わたしだ。
ベッドで、あられもない寝相を晒して、それはもう気持ちよさそうに熟睡してる……。
(どうなってるんですか、これは)
(異常事態ですね……)
(よもや第九世界と魔界が接続されるとは)
(完全に想定外ですよ。これまでの予測演算で、こんな事例は一度も観測されていません)
(アリオクやパイモンも、こちらが把握しているデータからは想定できない動きを見せていましたね)
(これはやはり、彼女の……?)
(ええ。彼女の存在が、強烈なイレギュラーとして作用しているのでしょう。我々の保有データなど、今後は役に立たなくなるかもしれません)
(これが吉凶どちらに転ぶのか……本当に予測不能ですね。ゲームの『ロマ星』のような展開にならないことだけは、ほぼ確実でしょうが)
(それは、もともとそうでしょう。月の聖女ルナというのは、我々がゲーム用に設定を作った架空の主人公にすぎないのですから)
(ゆえに、彼女がその代わりになる予定だったのですが……どうも、そういうわけにはいきそうもないですね。悪魔とも関係良好、魔界にまでコネがあるなんて、聖女の代役としては不適切です)
(悪いことばかりではありませんよ)
(といいますと?)
(我々の権能では、第九世界へ直接干渉することはできません。ですが、魔界ならば)
(なるほど、魔界経由で、第九世界への間接干渉が可能になると)
(理屈では可能ですが、実際やるとなると、相当面倒な手続きを踏まねばなりませんよ。それも、そう何度も使えない手法です)
(何もできないよりは、よほどマシでしょう。いざというときの保険になりえます)
(……そうか。もし、すべてが失敗して、第九世界が終焉を迎えるとしても)
(ええ。彼女だけは、『こちら』へ呼び戻すことができるはずです)
(できれば、そんな事態にならないよう祈りたいところですな)
(先のことはわかりません。いまはただ、心静かに、彼女を見守りましょう……)
ううむ。会話の内容は、相変わらずよくわかんない。みなさん困惑してらっしゃることだけは伝わってくるのだけど。
わたし、何かやらかしちゃったのかな?
でも、アナーヒター様のお顔、以前よりちょっぴり、明るい感じになってる。
だったら多分、問題はないんだと思う。
あ。視界が、だんだん白く薄くなってきた。
すべてが、ふわりと溶けてゆく。
今回の夢は、ここまでみたい。
また、わたしの意識は、さらに深い眠りへと落ちていった……。