わたしにとって、シュヴァンガウの反乱騒動は、たんなる寄り道。
アルカポーネ領から、王国を縦断し、はるばるペスカレ地方まで、文字通り、走ってきた。
その本来の目的は、湖底ダンジョン……ゲーム中では「中級ダンジョン」と位置づけられている地下遺跡の探索、制覇。
このダンジョンの最深部には、ゲーム中に登場する、二つのお宝が眠っているはず。
ひとつは「金竜の卵」で、これはあえて手出ししないつもり。将来、ルナちゃんが手にすべき重要なお宝だから。
わたしが欲しいのは、もうひとつのほう。ゲーム内での重要度は低いのだけど、今のわたしにとっては充分意味のあるお宝だ。
騒動の翌日。
しっかり眠って、ゴハンを食べて、すっかり体力気力も充実した。
今夜からさっそく、ダンジョン攻略に乗り出そうと決めた。
でもその前に。
夜更けを待って、いつもの通り、自分のお部屋から『転移』魔法を発動。
今日の転移先は、シュヴァンガウ城の前庭。
薄明るい地下空間の庭園。
つい昨日、わたしの『鰻撃砲』でメチャクチャにしちゃった場所だけど、もうすっかり元通りに復元されていた。
制御しきれなかった攻撃魔法。その威力で抉った大穴はすっかり埋められ、痕跡も残っていない。緑の芝生も、石畳の道も、きれいに整備されていた。
これは凄い。どんな魔法を使ったのだろう。あるいは、モンスターさんたちを総動員して作業させたとか?
「お、来たなー」
「お待ちしておりました。お嬢様」
あっちゃんとガミジンさんが、玄関前で出迎えてくれた。
「きましたー!」
わたしは、ぱたぱた手を振って、二人の下へ駆け寄った。
「ねえ、このおにわ、どーやって、なおしたの?」
「ん? ほれ昨日、パイモンの部下になった奴らがいるだろ? 連中がやってくれたのさ」
おお、あのアークデーモンズ五十一体が。
「あいつら、もともとビナーの城下で、庭園の整備なんかやってたらしくてな。余も作業を見てたけど、すげえ手際だったぜ。うちのモンスターどもにも見習わせたいぐらいだよ」
手際よく、お庭の整備をする上級悪魔たち……。想像すると、ちょっとシュールかも。
ひらひらと、複数の小さな白い羽が、わたしに周囲に集まってきた。モンシロチョウに似た姿のホロウ・フェアリーさんたちだ。
見ためはすっごく可愛いんだよねー。実はめちゃくちゃ強い、高レベルモンスターの群れだけど。
(ついてくー)
(つれてけー)
(ぺろぺろさせてー)
(かぷってしていい?)
だから食べないでね。お願い。
「ずいぶん彼らに気に入られたようですね」
ガミジンさんが、さも楽しそうに言う。
「今日から、ワタシが魔法をお教えするという約束ですが……お嬢様は、もともとダンジョンの下層を目指しておられるのですよね?」
「うん。きょうは、まずガミジンさんに魔法をおしえてもらってー、そのあと、ダンジョンに、もぐろうかなーって」
「それでしたら、ワタシと一緒にダンジョンに潜って、探索と並行しながら、魔法をお教えする、というのは、いかがでしょう? 授業と実践を同時にやるわけです」
なんと。それは面白そう!
「ぜひぜひ!」
わたしは大いにうなずいていた。
「余も一緒に行きたかったんだがなー。まだあの遺跡の下層にゃ、余も踏み込んでねーからよ。でも、今日もアスタロートに呼ばれてんだよな」
つまり、あっちゃんは魔界に用事があると。そういうことなら仕方ないよね。
パイモンさんのこと、あっちゃん自身の今後。色々と話し合うことがあるんだろうな。
そんなわけで、ガミジンさんが中級ダンジョン探索に同行してくれることになった。
なぜか、ホロウさんたちもついて来るらしい。
まずはシュヴァンガウ城の城門から、お外へ。
満々と水を湛えた外濠に、頑丈そうな石橋が掛かっている。
石橋を渡ると、すぐそこに大きな光の塊……ワープポータルが浮かんでいる。
そのポータルの脇に、ひと群れのオーガーたちが控えて、静かに佇んでいた。
オーガーたちの真ん中にいるのは、六腕異形の大男。パイモンさんとともに、四天王改め「シュヴァンガウの双璧」を名乗ることになった上級悪魔オリエンス。
あまりにあっさりあっちゃんに返り討ちにされたので、なんだかへっぽこ悪魔のような印象を持ったのだけど、本来、魔力も身体能力も、かつてのマルボレギアを上回る実力者だ。
昨日のあれは、さすがに相手が悪すぎたんだなー……。オリエンスが弱いんじゃなくて、あっちゃんが強すぎるだけという。
いま、オリエンスと、その配下のオーガーたちは、反逆の罰として、当分、ポータルの門番という役目を命じられているんだとか。 彼らは無言で、わたしたちを通してくれた。オリエンスは、なにか言いたげな目を、ずっとわたしに向けてたけどね。でもあっちゃんから、門番たちとは話さないように、といわれてるので。
なぜかっていうと、オリエンスに喧嘩というか力試しを吹っ掛けられる可能性があるから、だとか。どこまで脳筋なの。
ガミジンさん、ホロウさんたちとともに、楕円に光るポータルをくぐる。
一瞬、視界が真っ白になって――そこはもう、石造りの通路。
シュヴァンガウがそびえる地下空洞から、湖底ダンジョン第三層へと戻ってきた。
ゲームの通りであれば、このダンジョンは地下八層まである。
三層より上は、実質、あっちゃんの領地みたいなもので、徘徊するモンスターもシュヴァンガウに属する雇われのブラック労働力。
逆に、四層から下は未踏破領域なんだそう。
なぜあっちゃんが、四層以下に手出ししないのか。
その理由について、あっちゃん自身は、特に言及しなかったけど。
三層の通路をのんびり歩きながら、雑談がてら、ガミジンさんが、事情を語ってくれた。
「ここの下層には、本物の竜が棲みついている、という伝説がありまして。遺跡内に強固な結界を張り巡らせ、外部からの侵入を防いでいる、といわれています。あくまで伝説で、真偽のほどは未確認ですが」
おや。これはゲームにはなかった情報。竜はゲームにも出てくるけど、結界云々の話は初耳。
「結界式防御のたぐいと、マスターは非常に相性が悪いのです。強い結界の解除や破壊には、必ず複雑な手順を踏む必要があります。マスターは攻撃一辺倒で、そういう立ち回りは苦手なのです。マスターがこれまで下層にあえて踏み込まなかったのは、そういう事情ゆえと聞いております」
あっちゃん、割と脳筋だった……。
「ですがご心配なく。いかなる結界であろうと、ワタシなら解除できます。さあ行きましょう、未踏の領域へ!」
かぽかぽと蹄を鳴らして、鼻息荒く、先を歩くガミジンさん。これは頼もしい。
このダンジョン、ゲームで散々歩きまわったので、マップはばっちり記憶している。
結界云々の件は一抹の不安を感じるけれど、それもガミジンさんがいれば問題なさそう。
これは意外と、あっさり攻略完了しちゃうかも?
って、このときは思ってたんだけどね。ちょっと甘かったみたい。