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#111


 王都。

 わたしとアザリンを乗せた馬車は、長い旅程を終えて、貴族街の外れの屋敷前に停まった。

「おお……これが、べってーですかぁ」

 馬車から降りたアザリンが、声をあげて屋敷を見上げた。うん。別邸ね。

 馬車は去り、わたしたちは玄関先に荷物を置いて、しばし屋敷の様子を眺めていた。

 見た目は、あまり綺麗とはいえない、古いお屋敷である。敷地も狭い。

 けれど、これから通うことになる王立学園……正式名称、王立エフェオン高等学園まで、徒歩十分という好立地。

 わたしの学園入学に際して、父がわざわざ手配してくれた住居である。

 王立学園は全寮制じゃない。学生寮はあるけどね。地方から来た生徒は大抵、卒業まで寮に入って生活する。王族や大貴族の子弟でも、自分の意思であえて寮生活を選択する学生は少なくない。

 ゲーム「ロマ星」でも、主人公ルナちゃんは女子寮に入っている。そもそも入学式前日、まずルナちゃんが女子寮の玄関をくぐるところから、ゲームのプロローグが始まるぐらいだ。

 でも、わたしは寮には入らない。

 寮には門限があるし、何をするにも人目に付きやすい。制限が多いんだよね。真面目に学問に打ち込むなら、寮は最適な環境なのだけど、わたしの入学目的は、ルードビッヒを守ることだから。なるべく好き勝手に動ける環境でないと困るのですよ。

 お付きのアザリンは、基本的に家事担当なので、わたしの活動の妨げにはならない。というか普段の生活の支えとしては、むしろ必須の人材だったりする。

「おじょうさま……」

 そのアザリンが、玄関先で、ウズウズした顔を、わたしに向けてきている。

「アザリン。お腹のほうは、大丈夫?」

「はいっ、さきほど馬車のなかで、さいごのおべんとーをいただきましたのでっ! おいしかったです!」

 アルカポーネ領を出てから、王都までの旅程、およそ二週間。

 このお屋敷に着く直前まで、アザリンは馬車内でのほとんどの時間、なにかしら食べて過ごしていた。

 とくに今朝は、パンだけで三斤ぐらい食べてたんじゃないかな……八歳児のちっこい身体のどこに、そんな大量の食べ物が収まるのやら。

「おかげで、げんきいっぱいです! おじょうさま! やっちゃっていいですか?」

 満面のわくわく笑顔を向けてくるアザリン。やる気も体力も満タンみたいだ。

「はい、やっちゃって」

 わたしはうなずきつつ、玄関ドアの鍵をアザリンに手渡した。

「よーしっ! いきますよー!」

 アザリンは、黒いエプロンドレスの裾を翻しながら、勢いよく邸内へと駆け入った。

 十五分後。

 お世辞にも清潔とはいえなかった小さなお屋敷は、まるで新築のように、ぴっかぴかな外観に生まれ変わっていた……。

 もちろん外観だけじゃない。内部も、隅々までそれはもうキレイに清掃し尽くされている。調度類も新品みたいにきらきら光り輝いている……。

「ふぅっ。スッキリしました!」

 アザリンが、小さなハタキを片手に、満足げな笑みを浮かべて、エントランスに立っていた。

 そう。これ全部、アザリン一人でやってのけたのだ。この短時間で。

 アザリンはこの年齢にして「生活魔法」の達人であり、また魔法以外にも数々の家事技術を会得している、天才メイド少女である。

 魔法については、アザリンの幼少時から、他でもないわたしが、自分の修行のついでにと面倒を見ていた。それ以外の家事技能は両親に学んだもの。

 ただ、とにかく燃費が悪い。わたしの五、六倍はよく食べるハラペコ少女。働いてないときは食べてるか寝てる。そういう体質なのだろうな。

 彼女にとって、家事は仕事というより趣味に近いようで。

 潔癖症で、お掃除が大好き。このお屋敷のような、あまり清潔とはいえない場所を見ると、お掃除したくてたまらなくなるらしい。さっきウズウズしちゃってた理由がそれ。

 さらには料理の腕前もプロ級である。作るも食べるも思いのまま。家事にかけては本当に万能だ。

 一年ほど前、アザリンは母親エイミの推挙でわが家にやってきて、わたしの専属メイドとなった。

 当初は、年の近いマークスに付けては、という話もあったんだけど、マークス自身が「あんな有能な子、ぼくにはもったいないよ」と拒否。

 実は、マークスとアザリン、ちょーっとウマが合わないっぽいんだよね。なんでか理由はわからないけど。

 結局、もともと顔見知り……魔法の師匠でもあった、わたしに付くことになったわけで。

 わたしとしても、彼女の有能っぷりはよくわかっていたので、否やもなく受け入れ、現在に至ると。

 まさか王都にまで連れてくることになるとは想定してなかったけど、いま思えばそれは大いにアリだった、と感じている。

 なにせ、彼女さえいてくれれば、わたしは生活上のあれこれを心配することなく、やりたいことに専念できるだろうから。

「おじょうさま。はたらいたら、おなかがすきました!」

 さっそく空腹を訴えてくるアザリン。早っ! もうエネルギー使い切ったの?

 でもまだお引っ越しの直後。このお屋敷には、食材も何もない。どこか外に食べに行くしかないかな?

 と思っていると。

 ガラガラと、けたたましい音を立てて、一輌の大型馬車が玄関先へ乗り付けてきた。

「おぉーい! シャレア! もう着いてたか!」

 御者台から声を投げかけてきたのは、見覚えのある白い貫頭衣の、渋い中年。

 そう。レオおじさんだ。

 そういえば、いまレオおじさんは王都にいるんだった。後日、こっちから会いに行こうと思ってたんだけど、あっちから来るとは想定外。

 しかも。

「引っ越し祝いってやつだ! 色々持ってきてやったから受け取れ!」

 馬車の荷台には、こまごまとした生活用品から家具のたぐい、さらに新鮮な食材まで、物資が満載されていた。どれもこれも、いまわたしたちに必要なものばかり。

 なにより食材がありがたい。調理器具と燃料もある。

 となれば。

「アザリン」

「はい、おじょうさま! おまかせください! こんやは、たべほーだいです!」

 アザリンは勇躍、食材の山を抱えて台所へ消えていった。

 その夜は、レオおじさんを迎えて、リビングで三人で食事をした。

 本来、メイドと主人が食卓をともにすることはないんだけど、わたしはそういうの気にしないから。アザリンの食べっぷりを見るのは楽しいし。

 レオおじさんは、わたしに緊急の伝達事項があるみたいだ。

 でも詳しいことは食後に、ということで、アザリンが元気一杯に食べて飲んで、満足そうにお腹を抱えてソファで眠るまで……その姿を、二人で見守っていた。

「なあ。おれが持ってきた食い物、二人でなら、ひと月ぶんはあったと思うんだが」

「半分なくなりましたね……」

 アザリンの食欲魔人っぷりは、いまに始まったことではない。とはいえ今日は、さすがに食べすぎ。

 食費もタダではないし、今後は、少しはガマンすることも、教えるべきかもしれないね……。





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