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#112


 食後のリビング。

 わたしとレオおじさんは、向かいあって、お茶をともにしていた。

 アザリンはソファでくーくー寝てる。あとでベッドへ運んであげなきゃね。

「第二王子派が動きはじめたみたいでな」

 レオおじさんは、引っ越し祝いにかこつけて、実はこれを告げに、わざわざ来てくれたらしい。

「入学式を狙って、何かやらかすつもりらしい。まだ詳細はわからんが……さすがに、第二王子の与類ともなると、おれらでは抑えきれん。気をつけろよ」

 やはり、そう来たか。

 ゲーム「ロマ星」の「王子様ルート」で語られるルードビッヒの死因その一。

 主人公ルナちゃんが学園に入るちょうど一年前のこと。

 入学式の壇上に立つ生徒会長ルードビッヒ。そこを狙って、講堂へ爆発物が投げ込まれる。

 それは天井を突き破って、ピンポイントで壇上に炸裂し、ともに壇上に出ていた生徒会メンバーらをも巻き込んで、ルードビッヒはド派手に爆殺されてしまう。

 さいわい講堂内に列席していた新入生らは無事だったけど、当然、入学式は中止。学園そのものが一ヶ月閉鎖される異常事態となる。

 すぐに下手人らは逮捕され、公開処刑された。

 公式発表では反政府ゲリラの過激派集団の犯行ということになってるけど、実際は第二王子に与する魔術師の仕業であり、逮捕処刑されるのは全員、身代わりの罪人たちである。

 そのへんの真相は、ゲーム開始後、ルナちゃんの活躍によって明かされ、下手人の魔術師は逮捕され、第二王子グランゼルは廃嫡される。

 もちろん、あくまでゲームでの話だ。

 第二王子派は、もともと聖光教会と距離を置いている諸侯が多く、レオおじさんらの宗教的な威光も通じない。当人も言うように、実力で抑え込むのは難しいだろうね。

 けれど、いま王都には、わたしがいる。ゲームの通りの展開になんて、決してさせない。

「だいじょーぶ。学園内のことは、わたしが対処しますから。レオおじさんには、後始末をお願いしますね」

 わたしは、静かに告げるや、胸ポケットから眼鏡を取り出し、すちゃっ! と装着した。

「おう、それは任せてもらおう。……しっかし、凄い眼鏡だよな、それ。おれじゃなきゃ、誰だかわかんねーぞ」

「でしょ? 苦労したんですよー、これ作るの」

 いまわたしが掛けてみせた、この眼鏡。

 長年に渡って『認識阻害』の術式を研究、改良し続け、かの怪馬ガミジン師匠の協力をも仰いで、ついに完成した、わたしの切り札ともいうべき最新の『宝具』である。

 この眼鏡には、『認識阻害』をさらに改良したオリジナルの術式が付与されている。これを掛けている間……なんと!

 わたしは、かのゲーム「ロマ星」に登場するモブキャラ「女生徒B」そっくりの容姿に変身してしまうのである!

 顔だけじゃなく身長体型まで変わってしまう。胸も、だいぶ小さくなる……。

 もちろん、あくまでそう他者に「認識」させるというものであって、物理的に変身できちゃうわけじゃないけどね。

 入学試験のときも、これを掛けた状態で受験した。あと、地元でも人前に出る際には、なるべく、これを掛けていた。

 長年の研究成果として、本来の『認識阻害』よりもずっと強度の高い術式になっている。いわゆる『鑑定』や『解析』でも、これを見破ることはできない。さすがにレオおじさんの『法の真眼』にはかなわなかったけどね。

 基本的に、学園内にいる間は、ずっとこれを掛けて行動するつもりだ。目立たない容姿のほうが、なにかと動きやすいので。

 今後、学園内ではわたしが、学園外ではレオおじさんと聖光教会が、それぞれルードビッヒを守るために動くことになるだろう。

 少なくとも、ゲームに登場するルードビッヒの死亡パターンはすべて把握済み。そのひとつひとつへの対策も立てている。

 次はいよいよ、最初の実戦ということになるかな。満を持して、迎え撃つとしましょう。







 今日は入学式。

 早朝。

 エフェオン王立高等学園の大講堂。

 真新しい制服姿の新入生、およそ六十名が列席し、おごそかな式典が始まった。

 わたしシャレア・アルカポーネも、ここに集う新入生の一員。

 列の後尾にて、じっと肩をすぼめつつ、これからの学園生活について思いを巡らせていた。

 もちろん、例の眼鏡を装着している。

 いまわたしは、誰の目にも「女生徒B」そっくりな、目立たぬモブ女子と映っていることだろう。

 壇上では、禿げ頭の学園長が、毒にも薬にもならない祝辞を述べ始めている。いやほんと見事な禿げあがりっぷり。光ってるし。

 長々続く祝辞を聞き流しつつ、わたしの内心は、いよいよ逸りはじめていた。

 そうだ。

 もうすぐだ。

 もうすぐ、生で拝めるんだ。あの人を。

「えー、それでは続いて、ルードビッヒ・アウェイク生徒会長より、新入生諸君へ挨拶をしてもらう」

 学園長による祝辞が終了し、かわって、きらびやかな制服姿の青年が壇上に立った。

 来たぁ!

 とうとう、この瞬間がっ!

「生徒会長、ルードビッヒ・アウェイクです。新入生の諸君、入学おめでとう」

 颯爽たる微笑、春の薫風のごとき美声で、壇上から語りかける生徒会長。

 その美丈夫ぶりといったらもう。列席の女生徒たちはむろん、男子生徒たちすら見惚れている様子。

 ちょうどわたしの両隣りの席にいる女子生徒らも、揃って両手を頬に当て、ウットリ壇上を眺めている。

 もちろん、わたしの心も最高潮に盛り上がりまくっていた。

 ――ムッハァァ! 夢にまで見た生王子様ァァ! あれが本物ぉ、生ルードビッヒィィ! やっぱ最高ぉぉ!

 全力全開の雄たけびを胸に響かせる。なんたるありがたいお姿か!

 いっそもう、この場で五体投地してしまいたい!

 ……けれど、表面は、抑えて抑えて、いたって平静に。ごく平静に。

 わが最推しのルードビッヒへ、心の中で、全身全霊かけて声援を送っていた。

 けれど。

 どれだけ脳内エキサイトしていても、大事なことを忘れてはいけない。

 そう。現在ただいま――学園の塀の向こうでは、複数勢力の密偵やら、情報員やら、暗殺者やらが、全方向から、学園内の状況をうかがっている。レオおじさんの情報通り。

 それらの動向を、わたしは、ここに居ながらにして、すべて把握している。『気配察知』の強化版、『遠隔走査』という応用魔術によって。一種のアクティブレーダーのようなものだ。

 今まさに、塀の向こうから、なにやら強力な爆発物を講堂に投げ込もうとしている物騒な奴がいる――。

 ちょうど王子様が、挨拶と祝辞を終えた直後。

 周囲の関心が、まだ壇上に注がれている間に、わたしは、こっそりと結界魔法の術式を構築した。

 講堂の外側を覆うように、不可視の特殊な結界を、瞬時に張り巡らせる。

 王子様が壇を降り、かわって学園の教師らが壇上に出てきたあたりで――。

 わたしの結界が、外から飛んできた、なんらかの「爆発物」を、軽々と跳ね返した。ぽよーん、と。ゴムの壁のように。

 そう!

 これは十年前、湖底神殿にて、思わぬ形で体得してしまった、あの『強化結界』である!

 竜のブレスすら弾き返す強力な結界魔法だ。魔術師のお手製爆弾の十や二十、どうということはない。

 さいわい講堂内にいる人たちは、誰も気付かなかったようだ。これで式典は滞りなく終了するだろう。

 いやしかし……ルードビッヒ王子、ほんっとーに、美形すぎて困る。

 もう一挙手一投足、あらゆる動作に、光の粉が舞うようなキラキラエフェクトが漂ってる。こんなのもう人類の至宝でしょう。絶対守らなきゃ駄目でしょう。

 ルードビッヒ王子とともに、壇の脇に並んでいるのは、生徒会のメンバー。こちらも全員、光り輝くような美男美女揃い。

 ただ残念ながら、そのメンバーの一人、ルードビッヒ王子の恋人であるポーラ・スタンレー公爵令嬢は、今日の式典には出ていない。

 レオおじさんが言うには、スタンレー公爵家の都合で、いまは父親とともに隣国の式典に出向いているのだとか。

 ポーラといえば、大地をも穿つと噂される、有名な黄金縦ロールヘアーのご令嬢。実物にはまだお目にかかったことがない。いったいどんな物凄いドリルなのか。ああ、早く見てみたい!

 そうだ。

 あらためて、強く認識した。

 ルードビッヒはもちろん素敵だ。イケメンなんて言葉じゃ物足りない。超絶美形だ。世界の宝だ。

 けれどやはり、その傍らにポーラがいないのは寂しい。

 ルードビッヒとポーラ。二人揃ってこそ、わたしの「最推し」のカップル。

 いずれそういう姿も、ぜひ生で拝んでみたいものだ……!

 さて本日、ルードビッヒ第一の死因は、無事にクリアできた。

 現在、学園の塀の外では、わたしが『強化結界』ではね返した爆発物が炸裂し、ちょっとした惨事になっている。

 聖光教会の実働戦力、いわゆる聖堂騎士団も現場に駆けつけてきたようだ。

 一応、後始末はレオおじさんに託してあるけど。

 あとで、わたしも様子見にうかがいましょう。下手人の顔も見ておきたいしね。





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