入学式は無事に終了した。
前世のわたしの経験では、高校ぐらいの入学式の後って、新入生はぞろぞろ教室に入って席に着き、担任教師の挨拶やらなにやら、という流れだったと記憶してるけど。
王立学園は違うようだ。
生徒会主催の、新入生歓迎立食パーティーが催されるという。
会場は講堂ではなく、校舎内のイベントホール。そこへ新入生全員がぞろぞろと誘導を受けて移動した。
ホールの規模が、またすごい。さすがに学校なので、それほど華美な装飾はないけれど、大掛かりなダンスパーティーができるだけの広さがある。
そこにずらりっと並べられた白いテーブル。さらに、奥のほうの長卓に、色とりどりのお料理と飲み物がひしめいている。ローストビーフっぽい肉料理、クリームシチュー、グリーンサラダ、素材不明な揚げ物たち、パンも何種類もあるし、ショートケーキもある。リンゴ、葡萄、イチゴなどのフルーツ類もどっさり。それらをビュッフェ形式でいただけるみたい。
これは凄い。さすがは王立学園。生徒のほとんどが貴族の子弟だから、これくらいは贅沢でもなんでもなく、当たり前のことなんだろうね。
アザリンが見たら問答無用で突撃していきそうな光景……。
これ一応、ゲームと同じ流れではあるんだ。ただ、ゲームでは、主人公ルナちゃんは庶民の出ということもあり、遠慮して隅っこに退がってしまう。
それを見た第四王子アレクシスが、両手にグラスを持って、そっとルナちゃんのもとへ歩み寄り、声をかけてくるのだ。
「きみは赤と白、どちらが好きかな?」
と。
ここで選択肢が出る。その答え方でアレクシス王子の好感度が……って、いや、これはゲームじゃないし、わたしはルナちゃんじゃない。当然、そんなイベントが、いま発生するわけもなし。
わたしは、他の新入生らとともに、てきとーに料理をお皿に放り込んで、赤のドリンク……ワインっぽいけど、実は葡萄ジュース……をグラスに汲んで、手近なテーブルについた。
「こんにちは」
と、たまたま、わたしの隣りに立った女子生徒が、声をかけてきた。
「同じクラスの方ですよね?」
学園制服の襟には、学校側から配られる小さなバッジを付ける決まりになっている。バッジは所属に応じて、色付きの横線があしらわれていて、学年とクラスがひと目で判別できるようになっていた。
わたしは青の一本線。これは1年C組の所属であることをあらわしている。
その女子生徒の襟バッジにも、同じく青の一本線。同じクラスってことだ。
ここの新入生は、出身地、もしくは入試成績によって、大体のクラス分けがなされている。一部、例外もあるそうだけど。
以前、父に聞いた話だと、1年C組は地方出身の成績上位者が集められてるんだって。
地方……つまり田舎貴族ってことだね。ええ。わがアルカポーネ家も、ばっちり当てはまっておりますとも。
「わたくし、ダイアナ・ガルベスと申します。あなたは?」
ん?
ガルベス?
それって、うちのお隣、ガルベス子爵家?
しかもダイアナって……。
などと色々思考を巡らせつつ、わたしは表面上はいたって平静に、ご挨拶を返した。
「シャレア・アルカポーネです」
「まあ!」
そう名乗るや、女子生徒は、少し驚いたように、まじまじわたしを見つめた。
「アルカポーネって、うちのお隣さんですよね? うちと同じ子爵家の!」
「ええ、そのようですね」
「わあ、嬉しい! ぜひ一度、お会いしたいと思っていたんです!」
「え、そうなんですか」
話しながら、少しじっくりと彼女を観察してみた。
ダイアナ・ガルベス。
……ゲーム「ロマ星」においては、名前だけが語られるキャラクターだ。
ガルベス子爵キシールの一人娘。五歳のとき、馬車で移動中、盗賊の襲撃によって母親ともども惨殺された悲劇の令嬢、として。
もちろん、あくまでゲームの話だ。彼女が、いまここにいるということは、何らかの理由で、ゲームとは異なる運命を歩み、元気に成長してきた、ということだろう。
ゲームと違う展開。死んでいるはずの人物が、いまここにいるという状況。
ふむふむ。こういうこともあるのか。
一種の吉兆、といえるかもしれない。
ゲームでは、何がどうあっても死ぬ運命のルードビッヒ、それによって必ずラスボス化するポーラ。
けれど、ダイアナが生きているという事実は、やはりこの世界はゲームとは違うのだと、再確認させてくれた。
ルードビッヒとポーラを守りきることだって、決して夢物語ではなく、現実に可能なはず、ということ。
ダイアナの存在は、その一端の証明たりうる。
そう思うと、なんだかダイアナってなかなか重要人物な気がしてきた。
お隣の貴族家でもあるし、できれば仲良くなっておくべきかな……。
「ね、アルカポーネさん。あなた、入学式のとき」
そのダイアナが、少し声をひそめた。
え?
もしや、わたしが結界魔法を使ったこと、勘付かれちゃってたんだろうか?
と一瞬焦りかけたのだけど。
「ずーっと、ルードビッヒさまのこと、見つめていらしたでしょ? とってもご熱心に」
あ、そのことですかー。
「ええ。わたし、その……ルードビッヒさまの、ファンでして」
正直に答えた。そうでなくとも、あれほどの美形、見惚れて当然ではないですか。ねえ。
「まあっ! 実は、わたくしもそうなんですっ! 二年前に、ブランデル侯爵家のパーティーで、ちらっとお会いしたことがありまして! そのとき以来、もうずっと! あのお方の大ファンなんです!」
おおっ。それはそれは、羨ましい経験をなさっておいでで。
「そのとき、ルードビッヒさま、公爵家のポーラさまとご一緒なされてて! それはもう、とってもとってもお似合いで! それでっ、わたくし、あのお二人を応援してるんです!」
……うわお。
これは、同志発見?