ダイアナは、わたしよりも中央寄りの社交界で活発に動いていたらしく、王都の事情にも通じているようだった。
貴族の子女は、一定年齢に達すると、家に盛り立ててもらって社交界デビューを果たすのが通例。デビュタントというやつ。
はい、わたしもやりましたよ、デビュタント。十歳のとき。
でも披露パーティーの出席者の半数以上が、貴族じゃなくて聖光教会の関係者だったっていうね……。
当時はハイハットの南に大教会を建設中。大陸中の聖光教会のお偉いさんがたがアルカポーネ領かその近郊に拠点を構えて、全力支援をしてくれていた真っ只中だったのです。その中心人物は、もちろんレオおじさんなわけだけど。
おかげで、なんか余計な属性が付与されてしまったというか……教会から注目されてる聖女候補、みたいな目で見られるようになってしまって。
レオおじさんが、支援者として、いろいろ後ろ盾になってくれてたのはまあ事実だけど。聖女候補なんてのは噂でしかない。
事実でなくとも、そういう噂がある、というだけで、人は色眼鏡で見てくるもの。貴族社会じゃ、なおさらだ。
そんなこんなで、わたしは当時の同年代の貴族子弟らの中では、完全に浮いてしまった。
結局わたしは、表舞台での人付き合いなど早々に諦めて、ガミジンさんやあっちゃんらのもとで、修行の日々を過ごしていたわけ。両親も、そのへんは、あまりうるさく言わなかったしね。ほら、二人とも、もと冒険者だから。
十二歳ぐらいからは、もう「夜のおでかけ」じゃなくて、普通におおっぴらに冒険者見習いみたいなポジションで活動できるようになっていた。いやぁ、もつべきものは理解のある家族だね。
弟のマークスだけは、なんでか、わたしを家から出したがらなかったけど。
「だって、しんぱいなんだよ。あぶないことしないでよ」
ってよく言われたっけなー。そんなに頼りなくみえるかな、おねえちゃん……。
おっと話が脱線しすぎた。
そんなふうに社交界とは無縁だったわたしと違って、ダイアナは至極まっとうに、貴族子女として経験を重ねてきたみたいで。
ルードビッヒとポーラの他に、第四王子アレクシス、第五王子ラムセスをパーティー会場で見かけたこともあるんだって。
「アレクシス殿下は、ルードビッヒさまをひと回り小さくして、少し元気を足したみたいなお方ですね。ほんとう、よく似ておられますよ。ラムセス殿下は、そのぅ……すこぉし、ふくよかでいらっしゃいますね」
わたしが知る、ゲーム内の第五王子ラムセスは、お腹が出っぱった、性格悪いガキンチョという感じ。でも痩せたら美少年だろうな、というくらいで、元の造形はそう醜悪なものではなかったけど。
どうやら現実のラムセス王子も、似たような感じに育っちゃったみたいだね。
ルードビッヒの死因のなかには、ラムセス王子が直接間接に絡んでいるものが少なくない。
もちろん相手は王子様、それも正妃の子という強力なアドバンテージを持つ貴顕中の貴顕。
わたしも、うかつに手出しはできない。いずれ必ず対峙することにはなるだろうけど。
いまは当面、その機会はない。先に対処すべき「敵」も多いしね。
……そんなことに思いを巡らせながら、しばしダイアナと歓談の時を過ごした。
やがて、わたしたちの話を聞きつけ、ほかの女生徒らもぼちぼちと寄ってきて、ルードビッヒさま談義で盛り上がった。
やっぱりみんなイケメン好きだよねえ。もちろんわたしだって大好物ですとも。
ルードビッヒ以外の生徒会メンバーについても、話題にのぼった。
この年の生徒会メンバーって、ゲーム「ロマ星」では、一応、それぞれオリジナルの名前と容姿が設定されてて、しかも美男美女揃いなのだけど、ルードビッヒの巻き添えで全員死んでしまう、気の毒な方々という扱いだった。
可能ならば、彼らもきっちり守ってあげたいところだな。美男美女は世界の財産だしね!
ところで……そんなわたしたちを、少し離れたところから、じーっと観察してる男の子がいる。
それも、ずっとわたしを見てる……気がする。
いや、そんなことはない、と思いたいのだけど。気のせい、たんなる自意識過剰かもしれない。
だっていまのわたしは、例の眼鏡で「女生徒B」の姿になっているのだから。そう異性の目を引く容姿ではないはずだ。
……いや、やっぱ、わたしだけを見てる。なんで?
その黒髪の彼。
襟のバッジから、同じクラスであることがわかる。
なんなの。わたしに何か用事だろうか。なにか含むところでもあるのか……。
と思ったら、気付かれたと思ったのか、彼は、ささっと目をそらし、柱の陰に隠れてしまった。
なんなの本当に。
他にも、わたしに向けられた視線を感じる。
ホールの隅っこのほうに固まった、やけにガラ悪そうな男女の一団。
そのうち何人かが、こっちを見ている。いやもう、明確に、睨んできている。
ひとり、見覚えのある女の子の顔が……。
……あー。そうだ。入学試験のとき、実技試験でわたしと対戦した子だ。
あのとき、彼女は真正面から剣を振りかざして突っ込んできた。で、わたしが右手でひょいっと振り払ったら、真後ろにすっ飛んでって、壁にぶつかって血まみれになった。でもさいわい怪我はなかった、はい、わたしがすぐさま回復魔法で治療したので怪我はありませんノーカンですノーカン。
という経緯がある。
なんだろう。その彼女が、いま、わたしに、めちゃくちゃガン飛ばしてきてるよ。
なんかガラ悪いし、こわいなぁ。近寄らないでおこうっと……。
マークスからも常々、あぶないことしないで、っていわれてるしね!