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#115


 立食パーティーのあとは、生徒会の二年生の方々がちょっと挨拶に来た。

 当たり障りのない社交辞令を二、三、述べて生徒会の方々は去り、そのままパーティーも解散、ということになった。

 教室に入るのは明日からなんだって。こういうところも、前世の学校とは違うんだなぁ。

 まだ楽しくおしゃべりを続けているダイアナらミーハー女子連に別れを告げ、わたしは素早く柱の陰に隠れた。

 さっきのガラの悪い女生徒らが、こちらへ近付いてくるのが見えたからだ。

 絡まれると面倒なので……。

『転移』

 魔法を発動させて、さっさとパーティー会場からおサラバした。

 転移先は……。

 学園の外、西側の塀沿い。

 ここは道路整備の最中で、本来、工事関係者以外は立ち入り禁止となっている区画だ。

 けれど、転移してみれば、それはもう、えらい騒ぎになっていた。

 ちょうどうまく物陰に転移できたので、しばし、そっと様子を窺ってみた。

 かなり強い爆発があったみたい、舗装中の石畳が吹き飛んで、地面が真っ黒に焦げていた。

 付近には、白い西洋甲冑と佩剣で完全武装した兵隊だか騎士だか、そういう物々しい人たちが十人ほど、ウロウロ歩き回っている。しきりと周囲を警戒しているようだった。

 あの西洋甲冑の人たちは、聖光教会傘下の「聖堂騎士団」に所属する修道騎士。修道士にして騎士、という、なんだか偉そうだけど、ややこしい地位にいる人たちの集まりである。僧兵っていう表現が近いかな? 一応、聖堂騎士団には、顔見知りな人もいるんだけど。みんな冑の面頬まで降ろしちゃってて、誰が誰だかわかんないや……。

 爆心点からすこし離れたところに、白いテントが張られている。

 その中から、なにやら話し声が。

「駄目ですね。治癒魔法も効果がないようです。さすがに、これほどの重傷となると」

「『大治癒』も効かないのか」

「どうにか命を繋ぎとめるのがやっとです。ですが、それも長くは」

「面倒なことだな。こういうとき……」

 ほほう。これ、片方は知らない人だけど、もう片方は、わたしも、よーく知ってる人だね。

 よしっ。あのテントに『転移』しちゃおっと。

「……シャレアがいてくれれば」

「はい、ここにいますよ」

 テント内に『転移』を果たすと。

 わたしのすぐ目の前に、レオおじさんが立っていた。

 で、なんかわたしの名前を呼んでたので、ついお返事を。

「ぬぅおわぁ! シャ、シャレアっ?」

「はい、シャレアですよー」

 にこやかに告げるわたし。

「まーたいきなり飛んできやがって! 心臓に悪いっての! 何回目だこれ!」

 レオおじさんは、あやうくひっくり返りそうになりつつ、かろうじて踏みとどまり、苦情を述べてきた。

 いやー、なんでだろうな。昔から、レオおじさんの近くに『転移』しようとすると、なぜか座標がズレるんだよね。だいたい、狙ってた場所より、さらにレオおじさん寄りの座標にテレポートしちゃう。

 理由はよくわからない。なんらかの魔力的な阻害効果が働いてるみたいだ。

 でも、わたしはもう慣れちゃったので、驚きもしない。レオおじさんはまだまだ慣れないみたいだね。

「ああ、驚きました。噂の通り、本当に突然やって来られるのですね」

 もう一人のほうは、レオおじさんより冷静だった。驚いたって言ってる割に、態度は落ち着いてる。

 短髪灰眼の若い男の人。格好はレオおじさんに似た貫頭衣。見ない顔だけど、レオおじさんの部下かな?

 ここは一応、淑女らしくご挨拶を。

「はじめまして。シャレア・アルカポーネと申します」

「お初にお目にかかります、シャレアさま。私はドレイク・フォカーポス。先日より、ガリアスタ大聖堂の司教を務めておる者です。以後、お見知りおきを」

 これは丁寧なご挨拶を。ガリアスタ大聖堂というのは、このフレイア王国の王都エフェオンの中心区画にそびえる、古くて伝統ある教会建築。

 もともとガリアスタ大聖堂は、王国最大規模の教会だったのだけど、現在では新築のアルカポーネ大教会が規模で上回ってしまって、二番手の座に甘んじている。以前はレオおじさんがガリアスタ大聖堂の責任者だったそうな。そのレオおじさんがアルカポーネ大教会を預かることになったため、こちらのドレイクさんが後任として総本山から派遣されてきた、と。そんな事情らしい。

 司教って相当上のほうの地位だと思うんだけど、それにしちゃお若い。二十代後半ぐらいに見える。

 いや、それはいいとして、噂ってなに。

 わたし、教会内じゃ、そんないつも突然出てくるイメージで語られてるんだろうか。実際はレオおじさんと会うときぐらいだけどね、こういう転移座標ミスは。

「そうだ、シャレア、いいところに来てくれた。きみなら、なんとかできるんじゃないか?」

 ようやく気を取り直したレオおじさんが、急いで床を指し示した。

 そうだった。この人たち、なんかわたしに用があるみたいだった。

 テントの床に、担架に乗せられた、半裸の男の人が横たわっている。全身大火傷を負っているようで、着衣も半ばボロボロに焼け焦げ、頭髪もチリチリ、肌は焦げてないところのほうが少ないぐらい。

 焼死体一歩手前、みたいな惨状。

 でもまだ息はあるな。

「誰です、これ?」

 と訊くと。

「魔術師らしい。だがこの有様だ。まだ素性はわからんが、第二王子派の手の者なのは間違いない。学園に何かしようとしていたみたいだが……」

 さきほど突如、この学園西隣の封鎖区画にて、謎の爆発が生じた。

 学園周辺を警戒していた聖堂騎士団が、異変を察知して現場に駆けつけてみると。

 この魔術師らしき人物と、ほか五、六人が大火傷を負って、焦げた地面に倒れていた。

 他の者たちは、生命に別状があるほどではなく、現在、別のテントで応急処置を受けている。

 けれど、この魔術師らしい人物だけは、いまにも死にそうなくらいの重傷。

 自分たちでは手に負えないと判断した聖堂騎士団は、ガリアスタ大聖堂へ救援を求め……まさに、これあるを期して待機していたレオおじさんとドレイク司教が大慌てで『転移』してきた。

 でも、魔術師の大火傷は、高位聖職者二人がかりの回復魔法でも、かろうじて死期を引き延ばすのがやっとだった。

 こんなとき、シャレアがいれば……。

 というわけで、わたしがやってきたわけですねー。それはもう絶妙のタイミングで。

 いま事情を聞いて、状況はハッキリした。

 この魔術師らしき黒焦げ男は、第二王子派に属する魔術師ラジグラン。

 ゲーム「ロマ星」の「王子様ルート」に出てくる悪役。ルードビッヒ爆殺犯ですよ。

 さっき、わたしの結界で爆発物をボヨンと跳ね返されて、いま自分たちが死に掛けてると。自業自得ですね。

 怪我の具合からみて『極大治癒』を使えば治療は可能だ。

 おそらくレオおじさんたちは、政治的な事情で、彼の身柄を必要としている。なるべく生きたまま確保したいのだろう。

 個人的には、ここで死んでもらいたい仇敵なのだけど、そんな私情より優先しなくちゃいけないことがある。ルードビッヒの安全のために。

 ならば回復させてあげましょう。結局最後は、裁きを受けて死ぬことになるだろうけどね。





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