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#116


 魔術師ラジグラン。

 ゲーム「ロマ星」においては、第二王子派に属している、ということ以外、とくに詳しい説明も設定も語られない。

 容姿は「魔術師C」という汎用グラフィックの流用。これはゲームの「ぐらきゅん☆ルート」に登場する宮廷魔術師団の方々と同じだ。

 ようするに名有りのモブ。ゲームでのわたしと同じだね……。

 で、そんなラジグランへ、さっそくわたしの『極大治癒』を浴びせてみると。

 蒼い癒しの輝きが、その焼け焦げた全身を、ぱあぁっと覆い包み……。

 光が消え去ると、もうすっかり全身きれいに治っていた。チリチリに焦げてた髪まで元通り。いやー、我ながら、凄い効果だよね、この回復魔法は。

 さすがに着衣までは復元されないので、ぼろぼろの半裸なのは変わらない。

「うう、熱い……あ、あれ」

 お、意識も回復したみたいだね。

 ラジグランは、瞼を開くや、がばと半身を起こし、左右をきょときょと見回した。

 では念のため……。

『拘束』

 魔法を発動させる。白い光のリングが、ぽうっとラジグランの周囲に浮き上がったと見えるや、しゅばっ! と光のリングが縮まって、ラジグランの腰上あたりを両腕ごと締め付け、がっちり拘束した。

 これはわたしのオリジナルじゃなくて、聖光教会で多用されている対人魔法らしい。つい最近、聖堂騎士団に所属している、とある女性から伝授されたものだ。

 厳密には、わたしがしつこくしつこくねだって、教えてもらった。ありがとうレティナさん。

「ぐうっ……! これは、どうなっている! 俺はっ……」

 ラジグラン、まだ状況を把握できてないらしい。

 それでも、大きく取り乱した様子はなく、すぐにキリッと表情を引き締め、レオおじさんらを睨みつけた。

 ……なんか、カッコイイんですけど、この人。顔立ちといい雰囲気といい、ゲームと全然違うどころか、やけにキャラ立ちした、渋めのイケメンっていう印象。ゲームでの名有りモブ扱いが失礼に思えるレベル。

「貴様ら、聖光教会か」

「見てわからんか?」

 レオおじさんが、薄い笑みを浮かべて応える。

「教会ごときが、俺をどうするつもりだ。グランゼル殿下の臣、宮廷魔術師ラジグラン・フーシェと知っての狼藉か?」

「ほう。わざわざ名乗ってくれて助かるよ。ではラジグランどのへ、あらためて告げよう。貴公には色々と聞きたいことがあるんでな。これより大聖堂へ移送させていただく」

「貴様らに、そんな権限は……」

「権限なら、あるさ。王国政府じゃなく、教会のほうのな」

「っ……異端審問か」

 ギリッ、と、ラジグランは歯噛みしてみせた。

「正解だ。あんたには異端の嫌疑が掛かっている。王国政府にはすでに通達済みだ。どこにも逃げ場はないぞ」

「この……畜生がッ」

 悔しげに吐き捨てるラジグラン。

 もともと、聖光教会内には異端審問官という役職があり、それを専門とする部署や団体もある。

 異端というのは、そう厳密な規定があるわけじゃない。聖光教会の恣意的判断によって判定される敵性存在の総称。

 具体的には、教会組織に敵対する勢力、教義に従わぬ異教徒、悪魔崇拝者などなど、とにかく教会にとって都合のよろしくない個人、団体に、異端というレッテルを貼って、一方的に断罪する。そのためのシステムだ。

 ぶっちゃけ、教会の闇である。ひとたび異端者の烙印を押されれば、それは死刑宣告に等しい。あとは公開処刑か、はたまた闇に葬られるか、どちらにせよ生きてはいられない。

 とくにフレイア王国では、伝統的に聖光教を国教として奉じている。これもそう厳密なものではないけど、大体の場合において、世俗の王権と法律より、教会の権威と法が尊重される傾向がある。

 つまり……この国で、もしも教会に睨まれたなら、外国へ逃げるか、死ぬか。どちらかしかないわけだ。

 で、聖堂騎士団は、その異端審問、異端弾圧の実行組織であり、教会の保有武力そのものというわけ。

 ただし、教会の実力にも限度がある。聖堂騎士団は最大三千人ぐらい。けれど王国には、個々に保有する私兵、領兵だけで万単位という諸侯が珍しくない。

 したがって、いくら教会の権威を振りかざそうとも、正面から事を構えるとなると、実力では敵わない相手も多い。とくに第二王子派というのは、そんな厄介な諸侯が複数いて、教会といえども迂闊には干渉できないのである。

 けれど、このラジグランの身柄を確保し、「自白」を得られれば、形勢は大いに変わる。

 ルードビッヒ暗殺未遂の顛末。それが第二王子派の仕業だと、教会が世間に公表すれば、当然、ルードビッヒの支持派閥、現時点で国内最大勢力である第三王子派が黙っていないから。

 これが第二王子派を突き崩す一手ともなりうる。

 そういう意味で、ラジグランの身柄はとても重要。異端審問はたんなる名目で、とにかく生かして確保しておく必要があるってわけだね。わたしの『極大治癒』がその役に立ったのなら、なによりだ。

 ……政治って、ほんと、面倒くさいものだな。とくに継承権争いというものは。

 でも、ここで第二王子派をきっちり潰しておくことが、他の派閥への牽制にもなる。それが結果としてルードビッヒを守りやすい環境にも繋がってくるだろう。複雑でも面倒でも、ここは押し通さねば。

 いやまー、実際にそれをやるのは、わたしじゃなくて教会だけどね。ラジグランは、これから拷問とかされるんだろうな。

 わたしにしてみれば、ルードビッヒを殺そうとした悪人に、慈悲はない。きっちり罰は受けていただく。それだけ。

「くっそ、離せ! グランゼル殿下に! 殿下に会わせてくれっ!」

 とか喚きつつ、聖堂騎士団の方々にがっちり囲まれ、連行されてゆくラジグラン。

 その背中を見送りつつ、わたしは心の中で呟いていた。

 ――さらばラジグラン。悪いイケメンよ。せめて、来世では善のイケメンになれるよう、祈っといてあげるね。





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