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#117


 ラジグランの件は、レオおじさんたちにお任せするとして。

 他に、なるべく早めに、やっておくべきことがあるような……。

 そうだ。ゲームの「王子様ルート」には、ちょうど今くらいの時期に、ルードビッヒ死亡パターンが三通り用意されている。バッド、ノーマル、トゥルー、のルート分岐に合わせて、ルードビッヒの死因が変わるのだ。

 ラジグランによる入学式爆殺事件は、そのうちのひとつ、トゥルールート用のパターン。これはもう防いだので大丈夫。

「王子様ルート」ノーマルルート用のルードビッヒ死亡パターンは、学園に近い建設現場で発生する。

 王立学園の寮は、築二百年というとんでもなく古い歴史的建築物。見るからに老朽化している。

 そのため現在、学園正門から徒歩五分という好立地に、新しい寮舎の建設が進んでいた。男子寮、女子寮の二棟を広い庭園で区切り、煉瓦敷きの遊歩道を整備して、そのまま観光名所になりそうな美しい学生寮になる……予定だった。

 入学式から数日後。ルードビッヒと生徒会メンバーが、その進捗を確認しようと、新男子寮の建築現場を訪れたとき。

 突如、建設中の建物が崩壊し、ルードビッヒはその下敷きとなってあえなく死亡。

 同行していた生徒会メンバーらも、当然のように巻き添えをくって、全員死亡。

 王国政府は、これを偶発的事故として処理し、世間にもそう公表している。現場監督二名が責任を取らされてクビになり、国土建設大臣マスプロイド伯爵も引責辞任。学園長も辞任し、死んだ生徒会メンバーらの各家遺族には、王国政府から慰謝料が支払われた。それでおしまい。

 これは、故意による、仕組まれた殺人事件……謀殺だったのではないか?

 ルードビッヒの実弟、第四王子アレクシスは、事故発生の直後からそう疑っていた。

 当時の建設大臣マスプロイド伯は、第二王子グランゼルの腹心で、有力諸侯のひとり。

 そのマスプロイド伯こそ、王立学園の新学生寮建設計画を立案、推進した張本人。

 それらの要素を考慮すると、最初からすべて、ルードビッヒを謀殺する意図でもって、入念に計画され、実行されたのではないか?

 ゲーム主人公ルナちゃんは、入学後に、そういう話をアレクシスから聞かされるものの、そこからとくに進展することなく、この話は終わる。

 マスプロイド伯は別の汚職事件で既に逮捕され、処刑されていたからだ。伯爵家はお取り潰しとなり、家族は辺境へ流刑。

 第二王子グランゼルによる口封じだろう、とアレクシスは推測したものの、この件はそこまで。続きはない。

 なにせノーマルエンド用のルートなので、これに限らず、いくつかの事件、案件が、未解決のままエンディングまで行ってしまう。スッキリしたければトゥルーエンドを目指すべし、というのが、製作者サイドの意図なのかもしれない。

 ともあれ、次にわたしがやるべきは、この事故死パターンを未然に防ぐことだな。

 今夜にでも、その現場へ行ってみましょう。







 思い立ったらすぐ実行……というわけにはいかない。もう夕方なので、いったん、家へ戻らなきゃ。

 ラジグランの捕縛、連行を見届けた後、わたしはさっさと『転移』を発動させ、自邸玄関前へ戻った。

 ドアを開けると、もう香ばしい匂いが玄関まで漂ってきていた。

 今夜は焼き魚である。わたしのリクエスト。

「おかえりなさいませ、おじょうさま!」

 アザリンが、白黒のエプロンドレスを翻して、ぱたぱた小走りに出迎えてくれた。

「ちょうど、おサカナ、やけたところです! すっごくおいしいですよー!」

 すっごく良い笑顔で告げてくる。食事前にその感想が出るってことは、味見という名の、つまみ食いを済ませちゃってるね……。

「じゃあ、すぐ食事にしましょう。準備できてるよね?」

「もっちろんですっ! おサカナのほかにもー、おニクとかも、やいてますよー!」

 二人揃ってリビングへ。テーブル上には、さきほどの立食パーティーのメニューに勝るとも劣らない勢いで、何種類ものお料理が、どどん! と並べられていた。

 スープだけで三種類もある。おダシはそれぞれ鶏ガラ、牛骨、香草を使って、具は人参、大豆、お肉各種など。

 パンも四種類ぐらいあるな……。

 ローストした雉肉や羊肉もある。おお、焼きキノコまで。種類は不明だけど、舞茸に似てるかな?

 あと、リンゴが山ほど、丸ごと積み上げられてる。デザートだね。

 そしてなにより。

 テーブルど真ん中の大皿に、ずどん! と鎮座する、お魚の丸焼き。

 こ、これは……鯛っ!

 間違いない、真鯛だこれー! お頭つきの! 鯛の丸焼きー!

「ふふん、どーですかっ、おじょうさま! ウデによりをかけましたっ!」

 ムフンと鼻息荒く、得意顔で胸をそらしてみせるアザリン。

「すごい! えらい! さっすがアザリンだね!」

 わたしもついテンションぶちあがって、アザリンの頭をなで回してしまった。

 焼き魚をリクエストしたのは、なにせわが故郷アルカポーネ領では、なかなかお魚が食べられないため。

 昔より道路事情は改善し、財政も改善したけど、やはり内陸寄りゆえに、海産物のお取り寄せは難しい。

 海沿いの諸侯との交易もやってないので、なおさらだ。

 アルカポーネ領にいる間、わたしは、お魚を味わう機会が無いのである。

 もちろん『転移』で飛んでいけば、お魚が食べられる地方にも行けるし、それで時々、サンマっぽいのとか、イワシっぽい小魚とか、ちょくちょく食べてはいた。

 けれど、いままで、鯛はどこにも見かけなかったな。

「これ、ついさっきですね、すぐそこの、いちばに、うられてたんですよ。タイ、っていうんですよね、これ。ちょっとおたかいかなっておもったんですけどー、おじょうさまが、おカネにイトメはつけるな、ってゆっておられたでしょ。だから、おもいきって、かってきちゃいましたー」

 アザリンはそう言って、お腹をぐううと鳴らした。

 そっかー。王都の市場じゃ、鯛も普通に売られてるんだなー。さすが王都というべきか。

 なお、お値段は、一尾でパン五十斤分くらい……。ちょっとどころじゃなく、めちゃくちゃお高いです。

 その日のお夕食は、転生して初めての鯛を、おいしくいただきました。

 なんとも懐かしいお味でしたよ……。

 実際のところ、わたしの食事量はせいぜい人並み程度。なので、お料理の大半はアザリンが平らげちゃうんですけどね。

 ほんと、こんな小さい子のどこに、それほどの食べ物が入るのやら。

 ……さーて。

 そんなこんなで、腹ごしらえも済んだことだし。

 新男子寮建設現場、行ってみましょうか。

 ルードビッヒ謀殺を阻止するために、先んじて、手を打っておきましょう。





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