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#119


 ここは無人の建設現場。

 時刻は宵の口。

 照明のたぐいは一切ない。

 月明かりの下、学園の女生徒二人組が、砂利を踏みしめ、建設中の寮舎の一方へと歩み寄ってくる。

 それを、建物の陰から、じっと観察するわたし。

 一応『隠形』の魔法を掛けているので、わたしの姿や気配が、彼女らに察知されることはないはずだ。

 でも念のため、息を殺して、物陰からこっそりと様子を窺っている。

「始めるよ」

「うん」

 建物の前で、二人はうなずきあった。

 女子二人はそれぞれ、同じデザインの、小さなポーチっぽいものを手にしている。灰色の、やけに実用的なデザインのやつ。女学生の持ち物にしては、あまり可愛くない。

「……これを置いてくればいいんだよね?」

「うん。あんたは二階。あたしは一階ね」

「さっさと済ませよう」

「誰か来るかもしれないしね」

 そうして、二人は肩を並べて、寮舎正面のドアを開け、中へと踏み込んだ。

 わたしも、さささっ、と、二人の後に続いた。

 当然、建物内は完全に真っ暗。わたしは『暗視』を掛けているので問題なく見えているのだけど。

 思った通り、まだ内装なんかは全然手を付けられてないね。壁、床、天井、柱、どこも剥き出しの石材のまま。

 とくに床には使いかけと思しき資材や道具類なんかが散乱してるけど、二人とも、それを避けて歩いている。

 どうやら、あの二人も、この暗がりにかかわらず、普通に内部が見えてるみたい。わたしと同じく『暗視』を掛けてる……?

 いや、もしや、闇夜でも視界が利くような、未知の特殊なスキルかも?

 二人は、エントランスで二手に分かれた。さっき話してたように、一人は二階へ上がり、もう一人は一階に留まるらしい。

 わたしは、一階の廊下を進む女生徒を、ちょっと距離を取って尾行することにした。

 こそこそこそ……と、後について行きながら、その女生徒を『鑑定』してみた。

 結果、とんでもないものを見た。

 まず身体能力。あらゆる数値が常人の五、六倍に達している。そこらの女学生の肉体とは思えない。

 魔力は並かそれ以下。

 人格は中立。属性は、ほぼ秩序に振り切っている。

 とくに善人でも悪人でもないけど、ルール絶対厳守、所属組織にとことん忠実。そういうスタンスの人らしい。

 なにより問題は。

 この人、殺人数が四桁超えてるよ……。いままで見たなかでは、魔王アリオクに次ぐ数字だ。

 あっちゃんの場合、数千年も生きてる魔王だから、そりゃ色々あって、殺害数も相当なものだろうと理解できるけど。

 この人、まだ十七歳なんだよね……。

 その年で殺人四桁って、いったいどんな人生歩んできたの。

 名前は、メルファローニャ。

 これも変わった名前だ。フレイア王国ではまず聞かないような、いかにも異国風な独特の響きがある。

 異常な身体能力は、視力をはじめ、五感にも及んでいる。魔法やスキルに頼らずとも、この真っ暗闇でも、普通に見えているらしい。どうやってるんだろう。猫みたいに瞳孔を自在に開いたり絞ったりできるんだろうか……。

 それでも、いま、わたしが背後から追っていることには気付いていない。

 かつてガミジンさんに授かった『隠形』は、上位モンスターの察知能力すら欺く魔法だからね。さすがに人類でこれを見破れる人、レオおじさん以外にはいないでしょう。

 廊下を抜けて、開きっぱなしの扉をくぐり、広い部屋へ。

 ここは食堂か、はたまた集会所?

 ずいぶん広々としたスペースになっている。天井も高い。

 ど真ん中に、幅三メートルぐらいありそうな、ぶっとい円柱が立っている。この空間を支える主柱になってるみたいだ。

 メルファローニャさん……長いんでメルファでいいか。

 そのメルファは、太い柱のそばまで歩み寄ると、その場にかがみ込んだ。

 手にしていた灰色のポーチを、柱の根元にそっと置いて立ち上がり、くるりと向きを変えてまた歩き出す。

 当然、わたしも、さささっと、その後に続く。ポーチについては、後で調べよう。なんとなく推測は付くけど。

 メルファは、もと来た廊下を辿って、玄関まで戻ってきた。

 そこへ別の足音が近付いてくる。二階に上がっていた片割れが降りてきたみたいだ。

 わたしは、こそそっと、そちらへ向かい、『鑑定』してみた。

 またもや、とんでもないものが見えた……。

 能力や人格は、メルファとほぼ同等。殺害数は、こっちのほうがさらに多い。

 年齢もメルファと同じく十七歳。

 名前はエカテルーニャ。これまた、異国風の響きをもつ、変わった名前だ。

 二人とも、容姿自体は、どこにでもいそうな普通の女学生という風体だし、気配や雰囲気も、そうおかしなところはない。

 それなのに能力も経歴も常人離れしている。

「どう?」

「問題ない」

 二人はうなずきあうと、肩を並べて、やけに仲睦まじげに、悠々とエントランスから立ち去った。ご丁寧にきっちりドアを閉めて。

 いま、無理にあの二人を追う必要はない。所属はハッキリしてるからね。当学園の2年B組、と。

 それよりは、彼女らが置いて行った謎物体のほうを調べよう。

 建物を支える柱のそばに置くもの、というと。

 悪い予感しかしないね……。





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