パイモンさんは現在、王都の冒険者組合本部の近くにある宿屋に泊まっているそうで。
「うまみみ亭、っていう宿屋よ。今日はいったん城に戻るけど、明日は冒険者組合に行って、登録するつもり」
「え。パイモンさん、冒険者になるんですか?」
「あら、意外? あたし、ルリマスでも冒険者をやってたのよ」
ほへー。それは本当に意外。
だって見ためは人間に近いとはいえ、上級悪魔が、人間の組合に登録して活動してるなんて、聞いたことがない。
うまみみ亭という宿屋は、わたしもよく知ってる。なにせ何度か泊まったことがあるし。
先日も、王立学園の受験の際に利用してる。そんな立派なホテルとかじゃなくて、建物は木造で、こじんまりとして、清潔で感じのいいお宿だよ。名前の由来が謎だけど。なんとなくガミジンさんを思い出すんだよね。元気かなあ、ガミジンさん……。
「父からは許可を貰ってるわ。使者の用事が済んだら、当分、地上で好きにしていい、って」
なるほど、あっちゃん公認。
「よい殿方を探すなら、やっぱり冒険者だと思うのよね」
パイモンさんは、力強く述べた。
「あなたのご両親みたいな、よい出会いを求めているのよ」
あー、やっぱそういう目的なのね……。
結局、魔界には、いい殿方はいなかったんだろうか。アスタロートさんのお力をもってしても、パイモンさんの理想のお相手は見つからなかったんだな。
で、確かにうちの両親は元冒険者で、冒険をともにすることで絆を深めあった仲ではある。
ただ、あの二人の場合は、父が最強クラスのカッコイイ魔法使いで、それに母が惚れたこと。なおかつ、父が、筋肉ムキムキの母に惚れ込むような特殊性癖だったこと。それらの条件が揃って成立した特殊な事例だと思うけどね……。パイモンさんの参考になるような話ではない気もする。
それはそれとして。話を戻してっと。
「えーと。あっちゃんの依頼は、受けます。ただ……」
わたしは依頼受諾の意を伝えた。
「ただ、なにかしら?」
「調査じゃなくて、たぶん、殺すことになると思います」
「……殺しちゃうの? エギュンを?」
ちょっと驚いたように、パイモンさんは訊いてきた。
「はい。たぶん、ですけど、結局そうなると思います。ゼンギニヤと同じように」
「ああ。そういえば昔、ゼンギニヤを始末したの、あなただったわね。父から聞いてるわ」
「はい。ですので、そう伝えていただければ」
「承知したわ。それじゃ、ホロウを一匹、置いていくから。拠点との連絡役に使ってちょうだい。進捗とか成果とか、なるべくこまめに連絡を取って、伝えてもらえるとありがたいわ」
「わかりました! 殺したらすぐ報告しますね」
「なんでそんなに殺したいのかしら……」
ちょっと引き気味なパイモンさん。
「……いえ、詮索はしないわ。あなたにも何か事情があるようだし。それじゃ、またね」
パイモンさんは、優雅な微笑みを残して、うちから立ち去っていった。
玄関先にて、パイモンさんを見送るわたしの肩に、小さな白い蝶が止まって、羽を休めている――。
(ぺろぺろするよ?)
しないでね。
なんでよりによって、残ったのがこの子なの……。
わたしがエギュンをことさら危険視するのは、現在のエギュンの立ち位置が、ゲーム「ロマ星」のゼンギニヤとほぼ重なってしまっているからだ。
ゼンギニヤは十一年も前に、わたしが溶かした。まだ四歳児だったんだよね。我ながら随分無茶なことをやってたな……。
それで、ゼンギニヤにまつわるルードビッヒの死亡フラグは潰せた、と思っていた。
いわゆる「ぐらきゅん☆ルート」において、召喚石からワイバーンが出てきてルードビッヒが殺されてしまうというエピソードの他、同じ攻略ルートのノーマルエンド、バッドエンドで語られるルードビッヒ死亡エピソードも、すべてゼンギニヤ絡みだった。
それらはもう解決済みだと、わたしは勝手に安心してたのだけど。
エギュンがゼンギニヤの位置を占めて、同じように動くとすれば、油断はできない。なにせ上級悪魔としてのエギュンの能力は、かつてのゼンギニヤを凌いでいる。
一度潰したはずのルードビッヒ死亡フラグが、エギュンの存在によって復活しかねない。あるいはゲームよりさらに深刻、複雑な事態をも引き起こしかねない。そんな危険性がエギュンにはある。
だったら。
殺すしかないじゃないですか。なるべく早めに。
翌朝。
「おじょうさま。こんやは、なにたべますか?」
玄関にて、アザリンのお見送り。
「今日は、小麦のお粥がいいな。お野菜も入ったやつ」
「はいっ、おやさいのおかゆ、ですね! おやすいおやさい、かっておきます!」
さすがにそう連日、贅沢はできないからね。今夜はアザリンに、なるべくお安い材料で、いかにおいしくいただけるか、チャレンジしてもらおうと思う。
門を抜けて通学路へ。
まばゆい朝日に目を細めつつ、学園へ向かうこと、しばし。
やがて、ちょっと意外な面々と出くわした。
「お、おはよう……ございます」
神妙な顔で挨拶してきたのは、メリオ・テッカー伯爵令嬢。と、その取り巻きっぽい二人。計三人。
どうも彼女たち、道端に並んで、わたしが通りかかるのを待っていたらしい。
「ごきげんよう。奇遇ですね」
わたしは、あえて素知らぬ顔で、挨拶を返した。
メリちゃんさんの用事は、もうわかってる。
テッカー伯爵家が現在抱えている、とある問題。その解決に、わたしの手を借りたい、ということだろう。
先日は途中で話を打ち切って逃げちゃったからね。今度は、もうすこし、真面目にお話を聞いてあげましょう。
テッカー伯爵家は、もともとはかなりの名家。王宮にも独自の伝手を持っている家柄だ。
場合によっては、そこから今後、エギュンの捕殺に役立つ情報が得られるかもしれないからね。