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#136


 パイモンさんは現在、王都の冒険者組合本部の近くにある宿屋に泊まっているそうで。

「うまみみ亭、っていう宿屋よ。今日はいったん城に戻るけど、明日は冒険者組合に行って、登録するつもり」

「え。パイモンさん、冒険者になるんですか?」

「あら、意外? あたし、ルリマスでも冒険者をやってたのよ」

 ほへー。それは本当に意外。

 だって見ためは人間に近いとはいえ、上級悪魔が、人間の組合に登録して活動してるなんて、聞いたことがない。

 うまみみ亭という宿屋は、わたしもよく知ってる。なにせ何度か泊まったことがあるし。

 先日も、王立学園の受験の際に利用してる。そんな立派なホテルとかじゃなくて、建物は木造で、こじんまりとして、清潔で感じのいいお宿だよ。名前の由来が謎だけど。なんとなくガミジンさんを思い出すんだよね。元気かなあ、ガミジンさん……。

「父からは許可を貰ってるわ。使者の用事が済んだら、当分、地上で好きにしていい、って」

 なるほど、あっちゃん公認。

「よい殿方を探すなら、やっぱり冒険者だと思うのよね」

 パイモンさんは、力強く述べた。

「あなたのご両親みたいな、よい出会いを求めているのよ」

 あー、やっぱそういう目的なのね……。

 結局、魔界には、いい殿方はいなかったんだろうか。アスタロートさんのお力をもってしても、パイモンさんの理想のお相手は見つからなかったんだな。

 で、確かにうちの両親は元冒険者で、冒険をともにすることで絆を深めあった仲ではある。

 ただ、あの二人の場合は、父が最強クラスのカッコイイ魔法使いで、それに母が惚れたこと。なおかつ、父が、筋肉ムキムキの母に惚れ込むような特殊性癖だったこと。それらの条件が揃って成立した特殊な事例だと思うけどね……。パイモンさんの参考になるような話ではない気もする。

 それはそれとして。話を戻してっと。

「えーと。あっちゃんの依頼は、受けます。ただ……」

 わたしは依頼受諾の意を伝えた。

「ただ、なにかしら?」

「調査じゃなくて、たぶん、殺すことになると思います」

「……殺しちゃうの? エギュンを?」

 ちょっと驚いたように、パイモンさんは訊いてきた。

「はい。たぶん、ですけど、結局そうなると思います。ゼンギニヤと同じように」

「ああ。そういえば昔、ゼンギニヤを始末したの、あなただったわね。父から聞いてるわ」

「はい。ですので、そう伝えていただければ」

「承知したわ。それじゃ、ホロウを一匹、置いていくから。拠点との連絡役に使ってちょうだい。進捗とか成果とか、なるべくこまめに連絡を取って、伝えてもらえるとありがたいわ」

「わかりました! 殺したらすぐ報告しますね」

「なんでそんなに殺したいのかしら……」

 ちょっと引き気味なパイモンさん。

「……いえ、詮索はしないわ。あなたにも何か事情があるようだし。それじゃ、またね」

 パイモンさんは、優雅な微笑みを残して、うちから立ち去っていった。

 玄関先にて、パイモンさんを見送るわたしの肩に、小さな白い蝶が止まって、羽を休めている――。

(ぺろぺろするよ?)

 しないでね。

 なんでよりによって、残ったのがこの子なの……。







 わたしがエギュンをことさら危険視するのは、現在のエギュンの立ち位置が、ゲーム「ロマ星」のゼンギニヤとほぼ重なってしまっているからだ。

 ゼンギニヤは十一年も前に、わたしが溶かした。まだ四歳児だったんだよね。我ながら随分無茶なことをやってたな……。

 それで、ゼンギニヤにまつわるルードビッヒの死亡フラグは潰せた、と思っていた。

 いわゆる「ぐらきゅん☆ルート」において、召喚石からワイバーンが出てきてルードビッヒが殺されてしまうというエピソードの他、同じ攻略ルートのノーマルエンド、バッドエンドで語られるルードビッヒ死亡エピソードも、すべてゼンギニヤ絡みだった。

 それらはもう解決済みだと、わたしは勝手に安心してたのだけど。

 エギュンがゼンギニヤの位置を占めて、同じように動くとすれば、油断はできない。なにせ上級悪魔としてのエギュンの能力は、かつてのゼンギニヤを凌いでいる。

 一度潰したはずのルードビッヒ死亡フラグが、エギュンの存在によって復活しかねない。あるいはゲームよりさらに深刻、複雑な事態をも引き起こしかねない。そんな危険性がエギュンにはある。

 だったら。

 殺すしかないじゃないですか。なるべく早めに。

 翌朝。

「おじょうさま。こんやは、なにたべますか?」

 玄関にて、アザリンのお見送り。

「今日は、小麦のお粥がいいな。お野菜も入ったやつ」

「はいっ、おやさいのおかゆ、ですね! おやすいおやさい、かっておきます!」

 さすがにそう連日、贅沢はできないからね。今夜はアザリンに、なるべくお安い材料で、いかにおいしくいただけるか、チャレンジしてもらおうと思う。

 門を抜けて通学路へ。

 まばゆい朝日に目を細めつつ、学園へ向かうこと、しばし。

 やがて、ちょっと意外な面々と出くわした。

「お、おはよう……ございます」

 神妙な顔で挨拶してきたのは、メリオ・テッカー伯爵令嬢。と、その取り巻きっぽい二人。計三人。

 どうも彼女たち、道端に並んで、わたしが通りかかるのを待っていたらしい。

「ごきげんよう。奇遇ですね」

 わたしは、あえて素知らぬ顔で、挨拶を返した。

 メリちゃんさんの用事は、もうわかってる。

 テッカー伯爵家が現在抱えている、とある問題。その解決に、わたしの手を借りたい、ということだろう。

 先日は途中で話を打ち切って逃げちゃったからね。今度は、もうすこし、真面目にお話を聞いてあげましょう。

 テッカー伯爵家は、もともとはかなりの名家。王宮にも独自の伝手を持っている家柄だ。

 場合によっては、そこから今後、エギュンの捕殺に役立つ情報が得られるかもしれないからね。





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