わたしとメリちゃんさん一味、四人で学園へ向かう。
その道すがら。
「あっ……あのさ」
メリちゃんさんのほうから話しかけてきた。かなり遠慮がちに。
「アルカポーネさんは、なんで、うちの事情を知ってるんだ? 王宮の派閥のことなんて、普通は……」
またダイレクトに切り込んできました。先日のお話の続きってわけだね。
「調べましたので。国内の王侯貴族の事情は、だいたい把握してます」
「そう、なんだ。すげえな……」
「それで。テッカー家は、わたしに何を望んでいるのか、聞かせてもらえますか」
先日来、彼女がわたしに絡んできたのは、周囲の目を欺きながら、わたしと接触するため。
その意図も、大体推測は付くのだけど、こういうことはやっぱり、当人の口からきちんと聞かせてもらわないとね。
「ええと。何から話せばいいやら……」
「メリちゃん、ふぁいとっ」
「練習の成果、見せようよ!」
取り巻きさんたちがメリちゃんさんを激励する。練習って、何を練習してたの……。
彼女らも面白い人たちだね。ガラ悪い割に、言動や態度は妙に可愛らしいというか。
「うちは、その……もともと、ルードビッヒ様の王位継承を支持していたんだ。いまも、それは変わらないんだけど」
メリちゃんさんは、ちょっとたどたどしく説明をはじめた。
テッカー伯爵家。王国中西部に所領を持つ大貴族。何代か前に王国の将軍や近衛隊長を輩出しており、どちらかといえば武官肌の名家。
現当主ラヴォレ・テッカー伯爵は、第三王子ルードビッヒの誕生後、その王位継承を支持して、いわゆる第三王子派の一員とみなされていた。
この派閥にはスタンレー公爵家という巨大な後ろ盾が存在している。ポーラの実家である。おかげで、いまや第三王子派は国内における最大派閥になりおおせていた。
これを面白く思わない勢力があった。第五王子ラムセスを支持する第五王子派。
ラムセスは現在十一歳。正妃が産んだ唯一の王子であり、他の王子らはすべて側室の子。ゆえに、ラムセスこそ嫡子に相応しい、と主張する人々である。
この主張は、一見、正当性があるように思える。けれど実際のところ、フレイア王国に、正妃の子のみ嫡出子にすべし、優先して立太子すべき、なんて法はない。またそんな前例もない。
現在の王様にしてからが、もとは第二王子で、側室の子なのだから。
そんな事情もあってか、第五王子派も急成長を遂げてはいるものの、まだまだ求心力不足。その規模において、第三王子派を揺るがすほどの実力はない。
この第五王子派の筆頭が、バルジ侯爵家。代々、門閥貴族の代表格とされる家柄で、百年くらい前には王国宰相を輩出して国政を牛耳っていた時期もあるという、まさに名家のなかの名家。
ただし、その勢威をもってしても、王家の分家筋で、いわゆる宗族にあたるスタンレー公爵家の権威には及ばない。
バルジ侯爵家の現当主、ガスパール・バルジ侯爵は、状況を座視していなかった。
第三王子派の切り崩しを画策し、自らも積極的に動きはじめたのだ。
その結果、すでにいくつかの中堅どころの貴族家が、バルジ侯爵や傘下の諸侯に恫喝、脅迫されたり、あるいは逆に財物を積まれたりなどして、第三王子派を離脱し、第五王子派に取り込まれている。
次に狙われたのが、テッカー伯爵家だった。
現当主ラヴォレは、バルジ侯爵の勧誘を、きっぱりはねのけた。
「国王は、天稟の玉質にあらねばならぬ。天下万民の敬仰を受けるに足る御方でなくてはならぬ。失礼ながら、迂生の見るところ、ラムセス殿下は、その器ではないと思う。ルードビッヒ殿下こそは、真に国家を安泰ならしめる賢王となられる御方でありましょう」
だそうで。
そこからである。ラヴォレ・テッカーは酒乱愚昧の変人なりと、あらぬ噂が社交界に囁かれはじめた。
たちまち、テッカー伯爵家は中央の社交界から孤立した。バルジ侯爵の仕業であることはわかりきっている。単なる嫌がらせというよりは、テッカー伯爵家を第三王子派から遠ざけるための手管だった。
バルジ侯爵は息つく間もなく、次なる手を打ってきた。
侯爵家の三男……ラジアンという男を、伯爵家長女メリオに接近させたのである。
ラジアンは父に似て、あまり容姿の優れない……いかにもモテなさそうな、太った青年である。
そのラジアンが、侯爵家の権威を笠に着て、一方的にメリオを口説きはじめた。
当時、メリオは神童と称されるほど聡明で、落ち着いた雰囲気の美少女だったが……バルジ侯爵の策略で、メリオは社交界にも出られない身となっていた。このまま流れに任せていれば、いずれ押し切られて、ラジアンの妻にされかねない。
そうなれば、両家は姻戚である。もはやテッカー伯爵家は完全に第五王子派に取り込まれ、後戻りできなくされるだろう。
それでも。
伯爵家の父娘は、折れなかった。
メリオは、ラジアンの性癖を看破し、その好みと真逆の態度を取ることで、あえてラジアンから嫌われるように振る舞うようになった。少しでも時間を稼ぐために、そうする必要があった。
ラジアンの好みは、頭脳明晰、清楚でおしとやかな、おとなしい少女。
ゆえにメリオは、ガサツで粗暴でアタマ悪そうな振る舞いをするようになり……現在に至る、という。
ようするに。
すべて演技なんだね。いまの不良少女なメリちゃんさんって。