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#145


 ルードビッヒとポーラについて、語るべきことは多い。

 わたし個人の思い入れなど、あえてストレートに口にするまでもなく。

 ゲームの外伝、拾遺譚、サイドストーリー……「ロマ星」公式が出してきた設定や物語だけでも、相当な情報量になる。

 たとえば、二人が学園に入る前の、小さな日常のエピソード。

 みすぼらしい子猫が、どこからどう入ってきたのか、王宮の庭園に迷い込んできた。

 やけに懐くので、自分の部屋で飼ってみよう、と思い立つルードビッヒ。

 周囲には反対する者もいたけど、ポーラが賛成してくれた。

 二人であれこれ話し合って、子猫に名前を付けた。イーワという名を。何代か前のスタンレー公爵家の飼い猫の名前だという。二代目というわけだ。

 ルードビッヒの献身的なお世話を受けて、子猫のイーワはたちまち元気になった。

 あまりにルードビッヒとイーワが仲睦まじいので、ポーラはちょっぴりヤキモチを焼いてしまった。

 ある日のこと。ポーラは王宮を訪れたけど、あえてルードビッヒと会わずに、一人でバルコニーに座って、物思いに耽っていた。

 そこにイーワがやってきた。しきりにニャーニャー鳴いている。

 その左右色違いの両眼は、とても澄み切っていて。ポーラはつい見惚れてしまった。

 やがて、イーワは、そっとポーラの足元に座り込んで、毛づくろいをはじめた。

 その仕草が、あまりに愛らしいので。

「かわいい……」

 つぶやくポーラ。

「よかった」

 いつの間にか、ルードビッヒが、ポーラの向かいに座っていた。

 どうして、いつから、なんて野暮な台詞は、この二人には存在しない。

 いつだって、この二人は、こんなふうに一緒にいることが自然なのだから。

「きっと、きみは喜んでくれると思ってね。もうすっかり元気になっただろう?」

 優しく微笑むルードビッヒ。

 ルードビッヒは、ポーラに、イーワの元気な姿を見せたくて、そしてポーラに喜んでもらいたくて、かいがいしくイーワのお世話をしていたのだ。

「そっか」

 と、うなずくポーラ。それ以上の説明は不要、といわんばかりに。

「ね、ルーくん。わたしもイーワのお世話、したいな」

「きみと一緒なら、もっと楽しくなるね。イーワも喜ぶよ」

 そのイーワは、大きな欠伸をひとつして、眠ってしまった。

 二人は静かに笑みをかわしながら、そんな子猫のイーワの姿を眺めていた……。

 ――これはゲーム「ロマ星」発売から半年後に配信されたダウンロードコンテンツの第二弾「語られざるルードビッヒ」全八編のひとつ「愛猫イーワとの出会い」というエピソードだ。

 もうこれだけでも相当エモいとは思うのだけど!

 ぶっちゃけ、この程度、ほんのジャブでしかなくて!

 まだまだあるんですよルードビッヒとポーラの尊いエピソードッッ!

 ……あ、そうそう、こちらの世界でも、ゲームと同じく、ルードビッヒは王宮で猫を飼っておりまして、現在は学園の男子寮に連れてきて世話をしているそうですよ。名前は違うんですけどね。メトというらしいです。まだ直接見たことはないんですけど、ゲームの子猫のイーワと違って、だいぶ太ましくて、落ち着いた貫禄ある猫だとか。

 ……わたしが語れるのは基本的にゲームでの知識や記憶。それでも、ルードビッヒとポーラのエモい逸話なら、いくらでも語れてしまいますとも。

 で、ついつい、そんな思いのたけを、ラヴォレ氏に奔流のごとく浴びせる形になってしまった。

 具体的には、DLC八篇のうち三篇、さらに設定資料集にあった「ポーラの想い、白いヴェール」というエピソードまで、続けざまに語って聞かせた。

 結果。

「ああ、そうだったのか……! あのお二方、それほどまでに」

 ラヴォレ氏は、目の端に涙さえ光らせながら、うんうんとうなずいていた。

「この世に美しいものは数多あれど、人の心と心の繋がりにこそ、眩い宝石が輝いているのだね。私はいま初めて、人の心の真実、その彩りの麗しさを知ったよ」

 なに言ってるのかよくわかりませんが、とりあえず、ルードビッヒとポーラが最高の組み合わせだということはご理解いただけたようだ。

「いい話だねっ……! あたし、断然、ルードビッヒ様とポーラ様を応援するから!」

「あ、あたしもっ。良かった、良かったよぉ……」

「わたしもぉ……めっちゃ感動したぁ……」

 なんかメリちゃんさんたちまで、ラヴォレ氏と一緒に、打ち震えちゃってるよ……。映画館から泣きながら出てきた人たちみたいなコメント発しながら。

 おかげで、この後の交渉は、とんとん拍子に運ぶことができた。

 わたしがラヴォレ氏に求めたのは、氏が知る限りの王宮内情報を提供してもらうこと。内部構造や兵員の配置、警備巡回のルートなどね。

 それと、ラヴォレ氏の近衛士官時代の人脈についても。

 ラヴォレ氏は、わたしの求めに、嬉々として応じてくれた。

「ベルファールという男がいる。私の後輩でね。あの当時は西門の守衛長だった。いまは昇進して、近衛第一連隊の連隊長になっているはずだよ」

 ほほう。そんな人がね。正直、役職名だけ聞いても、どれくらい偉いのか偉くないのか、ちょっとピンとこないのだけど。連隊長って、かなり上のほうだよね、確か。

「必要なら、紹介状を書こう」

「ええ、お願いします」

 わたしはうなずいた。

 ベルファールという名、どっかで聞いたおぼえがあるんだけど、誰だったかな……。つい最近聞いたような?

「そうだ、アルカポーネ嬢」

 さっそく便箋にペンを走らせつつ、ラヴォレ氏が言う。

「さきほど、きみが語ってくれた、素晴らしい逸話の数々。あれらを、また場所をあらため、語ってはくれまいか」

 ん?

 そんなにウケましたか、わたしなどの語りが。

 わたしはただ、ルードビッヒとポーラの尊さを、エモさを。

 伝えたい、共有したい、語り合いたい。

 それだけなんですけどね。

「かまいませんが、場所とは?」

 と訊くと。

「貴族街にある、私の邸宅さ」

 大貴族は大抵、領地のお屋敷とは別に、王都にも邸宅を構えている。テッカー伯爵家も、そういう別邸を持っているわけだね。

「近々あそこに、ある人を招待しようと思う。そのとき、きみにも来てもらいたいんだ。もちろんその際には、そちらのお宅に招待状を送るからね」

 つまり、聞かせたい人がいると。わたしの推し談議を。

 ……上等だね。語って減るものでなし。むしろ、推しを熱く語る機会なんて、いくらあってもよいですからね。

 誰を招待するのか知らないけど。

 そのときが来たら、とっくり脳髄に刻み込んで差し上げますとも。

 ルードビッヒとポーラこそ! 世界で最上のベストカップルだと!





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