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#144


 それで、伯爵の「反撃の一手」というのは。

「冒険者を雇うつもりなんだよ。守るためじゃない、攻めるためにね」

 ほほう。冒険者をね……。

 確かに、このうまみみ亭の目と鼻の先に、冒険者組合の王都本部がある。それもあって、ここを潜伏場所に選んだってことかな。

 冒険者とひとくちに言っても、いろんな人がいるからね。大抵はモンスター退治やトレジャーハントを生業としてるけど、なかには対人戦闘に特化した殺し屋みたいな物騒な人もいる。

 そこまでいかずとも、厄介ごとを片付けるトラブル・コントラクターみたいな立場で活動してる人も少なくない。

 さらには、貴族どうしの紛乱に傭兵として参加するような手合いもいる。ここまでくると、もはや冒険者組合に所属する意味ある? って感じだけど。

 ……この件に関して、わたしはあえて何も言うまい。乱暴ではあっても、ある意味これは色恋沙汰だしね……。

 ラヴォレ氏は自前でどうにかしようと決めてるみたいだし。伯爵の財力ならば、選り好みさえしなければ、それなりの質の冒険者を確保できるはず。それでジョセフィーヌの件を解決できるなら、わたしがどうこう言う話ではないかな。

 ラヴォレ氏の現状については把握した。その打開についてはラヴォレ氏自身に頑張ってもらうということで。

 わたしの用事はこれからだ。

「まず、伯爵さまに、確認しておきたいことがあります」

 わたしは、そう静かに切り出した。

「伯爵さまは、第三王子ルードビッヒ殿下の立太子、王位継承を望んでおられると聞いています。バルジ侯爵から派閥の鞍替えを迫られても、それを突っぱねて、いまも第三王子支持のお立場を堅持しておられますね」

「その通り。わたしはルードビッヒ殿下こそ、次の王たるに相応しい御方だと確信しているよ」

 ラヴォレ氏は、深くうなずいた。

「お聞かせ願えますか。そこまで伯爵さまがルードビッヒ殿下に肩入れされながら、聖光教会やスタンレー公爵家とは距離を置かれていた、その理由を」

 話を聞いてる限りだと、ラヴォレ氏はルードビッヒの熱烈なファンみたいだ。それも上位貴族の圧力にも屈しないほど筋金入りのガッチガチの。

 いやだって、大派閥の長たる侯爵サマが、こっちの派閥に来い、って勧誘してるわけですよ。断ったら絶対ロクなことにならない。そんなのハナからわかってるはずじゃないですか。なのに立場を変えようとはしなかった。

 ここについては、わたしとも気が合いそうなんだけど。

 一方で、ラヴォレ氏はあくまでルードビッヒ個人を推すというスタンスで、ずっと教会やスタンレー公爵家とは距離を置くようなムーブをしていた。

 おかげで、本来は味方のはずの第三王子派の諸侯も、テッカー家にはおよそ冷淡だった。社交界でテッカー家が孤立しても、どこも助けようともしなかったというからね。

 ようするに、何の得にもならないような態度を、ラヴォレ氏はあえて取り続けてきたことになる。

 なぜか? ぜひ聞かせてもらいたいものだ。

「なに、単純なことさ」

 ラヴォレ氏は、端的に語った。

「私は生来、不信心でねえ。神の奇跡だの聖女だの、ハナっから信じていない。神様なんていない、そう思っている。それを奉じる教会など、私にいわせれば狂人の集まりだ。ポーラ嬢についても、星の聖女などと言われてるが、胡散くさい。まして、そんな令嬢をルードビッヒ殿下の配偶者になど、私には想像もつかないし、耐えがたい話さ」

 むむ。

 そういうスタンスですか。無神論者ってやつなのかな?

 いや実際、この世界に神はいない、と因子ちゃんも言ってたしね。間違ってはいないのかもしれない。

 ただし、神様ではないかもしれないけど、様々な不思議な力を宿す存在が、この世界には実在している。わたしもそれらを実際に目にしてきている。聖女だって実在している……はず。まだ直接会ったことはないんだけどね。

 などと内心あれこれ考える間に、ラヴォレ氏は、わたしの顔色から何かを読み取ったみたいだ。

「……あくまで、わたし個人の見方でしかないよ。他人に押し付けようとは思っていない。それに」

 ラヴォレ氏は、ぐっとお茶を飲み干し、呟いた。

「神様はともかく、あまり教会という大きな組織をないがしろにすべきではないかもしれない、と、近頃、思い直すようになったんだ。保身という意味でだけどね。教会と反目しても、何もいいことはない。もし異端認定でも受けたら、わが家は破滅だ。だが味方になってもらえればメリットが多い」

 さすがに、そこ気付くの遅くないですか……。まだかろうじて手遅れには至ってないから、ぎりセーフ?

「そこで注目したのが、きみさ、アルカポーネ嬢。うちのメリオの同級生で、とくに教会との関係が深い、有名なご令嬢。どうにかメリオと仲良くなってもらえないものかと、私も無い知恵絞って、あれこれ接近の方法を考えたのだよ」

 で……。

 その結果が、いまこの状況というわけですか。

 これは、いけない。

 わたしの胸の奥で、ふつふつと、燃え滾るものがある。

 神様や教会のことは、それこそ個人の信条だ。距離を置くのも、利用するのも、お好きにすればよろしい。

 けれどっ!

 ポーラが!

 胡散臭いですとっ?

 違う!

 断じてそうではない!

 ルードビッヒとポーラは、セットでこそ輝く最強のカップル!

 それを、ルードビッヒだけ推してポーラを除外するなど、決してあってはならない!

 そんな邪道!

 わたしが認めないッ!

「伯爵さま」

 わたしは、スッ……と目を細め、典雅にティーカップを皿に置いた。

「あ、すまない、気に障ったかな、教会の悪口なんて」

 慌ててラヴォレ氏が言いかけるのを、わたしは眼力で遮った。

「いいですか。伯爵さま。他の方々も。知ってください。この世界の真実。この世で最も尊い、一対の宝石について」

 わたしは穏やかに、語り出した。

 およそ一時間後――。

 ラヴォレ氏とメリちゃんさんズは。

 さながら、初めて宇宙の広大と神秘と深淵に触れた猫のような顔をして、静かに打ち震えていた……。





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