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#143


 意外に、広めのお部屋だった。

 ざっと二十平米ぐらいあるかな?

 まず目に飛び込んでくるのは奥の壁面の大窓。いまはカーテンが掛かっていて、屋外の様子はわからない。

 板張りの床には緑のラグマットが敷かれていて、ベッド、サイドデスク、木製のラックに、ソファとローテーブルの応接セットまで配置されている。

 出入口の脇には、なかなか立派な観葉植物の鉢植えも。

 この寂れた宿にも、こんないいお部屋があったんだなー。以前わたしが泊まった部屋の三倍ぐらい広いよここ。そのぶん、宿泊料は三倍じゃきかないだろうけどねー……。

 わたしとラヴォレ・テッカー伯爵は、応接セットにて、あらためて向き合った。

 テーブルには、メリちゃんさんが淹れてくれたお茶。高そうなティーカップから、素晴らしい芳香が漂っている。さすがは伯爵家、いい葉っぱを使ってるなぁ。

「いや、先ほどは失礼した。噂に高いアルカポーネ令嬢と聞いて、つい動揺してしまってね」

「……気にしておりません」

 本当はめちゃくちゃ気にしてるけどね。暴虐の女神とか誰が言い出したんですか。問い詰めたい気持ちもあるけど、ここはぐっとこらえてこらえて。

 伯爵の左右には、サーラちゃんとファナちゃんが、なにか嬉しそうに、ぴとっと、密着して座っている。二人の表情にあるのは、ラヴォレ氏への深い信頼感。それこそ親に甘える子の顔だ。

 それを、サーラちゃんの隣に座ったメリちゃんさんが、微笑ましいものでも見るように眺めている。

 どういう関係性か、なんとなく伝わってくるものがあるね。サーラちゃんとファナちゃんは伯爵家の寄り子の娘たちだけど、ラヴォレ氏を父親のように慕って育ってきたのだろうな。

 実質、メリちゃんさんにとっても、彼女らは家族のようなものなのだろう。うう、エモいなあ……。

 まずは、メリちゃんさんの口から、ここまでに至る経緯を、ラヴォレ氏へ説明してもらった。

 メリちゃんさんのほうからわたしへ交渉を持ち掛けたこと。結果、聖光教会と伯爵家のとりなしを、わたしが引き受けた。

 その見返りとして、わたしとラヴォレ氏の直接対面の場を設けることになった、などの事情を。

「そうか、それでわざわざ会いにきてくれたのだね。本当なら、私のほうから出向くべきところなのに」

「お気になさらず」

 と、わたしは短くうなずいて、くいっとお茶を飲みほした。むむ。このお茶、ほんと美味しい。葉っぱをうちに持って帰れないかな? いや、後で銘柄を教えてもらえばいいか。

「さて、それで……アルカポーネのご令嬢は、私に何をお望みかな? ごらんの通り、いまは諸事情あって潜伏中の身なのでね。あまりおおっぴらに動くことはできないのだが……」

 あ、潜伏中って自分で言っちゃいます?

 ならば、まずはそこらへんの状況を把握しないと。

「わたしの希望を聞いていただく前に……」

 と、わたしは静かに応えた。

「その諸事情について、聞かせていただけませんか。伯爵さまともあろう方が、なぜここに?」

「おや。気になる?」

「気になりますよ」

「うーん。あまり愉快な話ではないよ?」

「かまいません」

 なんとなく、推測は付くんですけどね。どうせ、バルジ侯爵のヒットマンに狙われてる、とかでしょう。

「いま私は、とある者に追われていてね。色々あって、ここに逃げ込んだってわけさ」

 あ、やっぱり。もと近衛の伯爵さまを追い回すなんて、よほど手練れの暗殺者なのかな。

 もしかして邪教団の構成員とか?

「いやもう、本当に、しつこくってねえ。私はそんなつもりはない、勘弁してくれって何度も言ってるのに」

 ん?

「だいたい、彼女は、私の好みとはだいぶかけ離れているんだ。私はもっとこう、奥ゆかしいタイプがいいのだが……彼女は強引すぎてねえ」

 えーっと。

 何の話でしょう?

「そりゃあね、妻を亡くして、もう四年になる。私もまだ若いし、後妻を娶るのも悪くないとは思ってるけどねえ。やはり、あれはない。彼女だけは無理だ」

「あの……」

 さすがに、話を遮らざるをえない。後妻って。

 確かに、ラヴォレ氏の奥様は四年前に亡くなっている。いまラヴォレ氏は独身である。

 それと、今追われてるという話に、どういう関係が……?

「ああ、順を追って説明するとだね」

 伯爵は、ちょっと表情をあらため、語りはじめた。

「サイザリス子爵家を知っているかな?」

「名前くらいは」

 王国東部の地方領主。バルジ侯爵家の縁戚。財政状況はあまりよろしくない。現当主は老齢ながら健在で、現バルジ侯爵ガスパールとは若い頃から親交がある。ただサイザリス子爵家には世継ぎとなるべき男子がおらず、娘が一人だけ。

 ……ということくらいまでは調べて記憶している。

 もっとも、バルジ侯の親戚というだけで、とくに問題があるようには見えなかったので、いま言われるまで存在を忘れてたけど。

 ラヴォレ氏が言う。

「そのサイザリスの娘に、ジョセフィーヌというのがいるんだが、その……なんだ。わたしに求婚をしてきてね」

 は?

「あまりに唐突な話で、こちらも変に思って、調べてみたんだよ。どうもバルジ侯爵が、サイザリスに取引きを持ち掛けたらしい。ジョセフィーヌがうまく私をたらしこみ、後妻に収まれば、バルジ侯爵がサイザリスの借金を帳消しにしてくれる、というね」

 ええ……。それは、政略結婚ってやつだよね。バルジ侯爵は、親戚の娘を政略の駒にして、ラヴォレ氏を取り込もうとしてるってわけか。

「ただねえ。これが単なる縁談なら、私のほうに、その意思が無いと言ってしまえば、それで済む話だ。実際、断ったんだよ。それはもう、きっぱり、はっきりと。それもジョセフィーヌ本人に、直接だよ」

 ほほう。それはまた思い切りましたね。

「なのに、彼女は諦めなかった。何度断ってもだ。あげくに、私を捕縛しようと、荒っぽい連中を雇って差し向けてくるようになったんだよ。いやもう何度襲われたことか……」

 ええええ。

「しばらくはどうにか撃退できてたけど、それも限度ってものがある。結局、屋敷にもいられなくなって、はるばる、こんなところまで逃げてきたというわけでね。実際、彼女に捕まったら、何をされるかわかったものじゃない。それぐらい強引すぎて怖いんだよ、ジョセフィーヌって。あ、もちろん、やられっぱなしで済ますつもりはないよ。反撃の一手を打つ準備をしているところさ」

 そ、そんな事情でしたか。

 元近衛の高級武官を、そこまで追い込むなんて。

 ジョセフィーヌおそるべし。





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