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#142


 学園から王都の中心市街までは、そこそこ距離がある。

 なにせ王都は広いからね。

 学園正門から、メリちゃんさんたちと一緒に辻馬車に乗り込んで、客車に揺られること二十分ほど。

 やがて馬車は停まり、降り立てば、そこは都大路。

 王都で最も賑やかで華やかな区画だ。

 五色の石畳の広い街路、その左右を、洗練された華麗なデザインの石造建築が姸を競うように軒を連ねて埋め尽くしている。

 表通りの雑踏も、およそ身なりのいい、おしゃれな服装の男女ばかり。居並ぶ商店の出入口や庇、左右の壁面など、いずれも目も眩むばかり絢爛豪華な金銀レリーフの看板、装飾がきらめいている。

 新緑まぶしい街路樹の枝々。その向こうを行き交う馬車の列も、いわゆる金鞍白蓋の高級車ばかり。

 虹のような、と表現したくなる、目にも綾なす王都市街の殷賑。

 ここにはもう何度も訪れてるんだけど、いつ見ても本当に賑やかだ。前世日本の都市部の往来にも全然見劣りしないと思えるぐらい。

 で、そんな中央のメインストリートから、一本脇道に入ると。

 途端に人通りの少ない、ちょいと薄暗い街路になる。

 道幅はじゅうぶん広いし、建物はどれも立派だけどね。こちら側は、多くが表通りの商店の裏側、搬出入口に面してる裏道なので、馬車の往来はともかく、わざわざこちらを歩く人はあまりいない。

 そんな寂しい裏道を、うら若き女子学生四人、ぞろぞろ連れだって、何度か辻を折れて進むことしばし。

 やがて、左右に、ちょっとみすぼらしい木造家屋が目に付くようになってきた。

 ここいらは王都の市街地で最も古くからある区画。それこそ王宮より古い歴史があって、現在は王都と呼ばれるエフェオンが、フレイア王国の建国以前、古代帝国の一村落にすぎなかった時代からずっと建っているという、まさに文化財レベルの古い建築物が数多く残されている。

「おー、見えてきたなぁ」

「あいかわらず、しょぼいなー」

「でも看板、かわいいよねー」

「それは同意」

 行手に、二階建ての、ひときわ色あせた木造の建屋が見えている。

 道に面した玄関上部の庇に、大きな青銅の吊り看板がぶらさがっていて、人目を引く。

 その看板は、ちょい縦長の楕円形で、上部に、ぴょこんと二本の突起が付いている。

 さながら、馬の耳みたいな突起が。

 あれこそ、宿屋「うまみみ亭」の名物。

 青銅製のレリーフで、表面には、とてもかわいくデフォルメされた馬の顔が彫ってある。つぶらな目が、くりんっとしてて、そのままヌイグルミのデザインとかに使えそうなやつ。

 百年前、王都の著名なデザイナーから宿へ寄贈され、以来、宿の看板になっているのだとか。

 かわいい看板はともかく、建物はひどく古い。玄関も貧相な木戸口だし。

 けれど、中に入ると、清潔で落ち着いた雰囲気のエントランス。

 その奥に、こじんまりとしたカウンターがあって、年若く背の高いイケメンが、感じの良い笑顔を浮かべていた。

「いらっしゃい。お泊りですか?」

 宿屋「うまみみ亭」の若主人である。

 見たとこまだ二十代後半。どういう経緯で、ここの経営者をやっているのかは、わたしも知らない。

 少し年上の奥さんが女将をやってて、交代でカウンターに立っているのだとか。

 他に従業員数名。そんな、伝統だけはあるけど小さな宿屋さんである。

「あ、えっと……泊まりではなくて。父に会いにきたんです。ラスカルっていう名前なんですけど」

 メリちゃんさんがイケメン主人に告げた。こういうときは不良少女の演技じゃなくて、一応普通に話すんだね。

「ラスカルさんね。二階の一番奥の部屋ですよ。あ、階段は静かに上がってくださいね」

 にこやかに言われて、わたしたちは、慎重に階段をのぼっていった。それでもかなりギシギシ軋む。古い木造だし、こればかりは仕方ないよね。

「ラスカルさん?」

 階段をあがり、廊下を歩きつつ、わたしはメリちゃんさんに聞いた。

「偽名だよ。本名で記帳するわけにゃいかねーだろ?」

 ははあ。そういうもんですか。

 いや確かに、伯爵サマが堂々と名乗って泊まるような場所ではないよね、ここは。

 逆に、お忍びなら、こういう寂れたお宿は適してるかもしれないけど。

 二階の長い廊下の奥。大きな木製ドア。あの向こうに、ラスカルさんが……。

 ドアの前に立ち、メリちゃんさんがノックしようと手を伸ばしかけたとき。

 そのドアが開いた。

「待っていたよ、メリちゃん!」

 明るい声とともに、若い金髪の男の人が、品のいい笑顔を浮かべていた。

 どうも足音や話声で、わたしたちの来訪を察して出迎えてくれたみたいだね。

「パパ。あんま大声出さねーでくれ。他のお客にメーワクだからさ」

 メリちゃんさんが窘めるように言う。

「ああ、ゴメンゴメン。なんせ、やることなくて、退屈でねえ」

 若い男の人は、ちょっと声をひそめて、にっと笑った。

 ……んん?

 この人がテッカー伯爵家の現当主、ラヴォレ・テッカー伯爵?

 なんか随分お若く見えるんですけど。ここのお宿のご主人と同年代ぐらい?

「こんちゃー、伯爵さま」

「伯爵さま、ごっきげんよー」

 サーラちゃんとファナちゃんが、ひらひら手を振ってご挨拶した。

 この二人がそう呼ぶってことは、間違いなく伯爵さまご当人みたいだね。

「やあ、きみたちも元気そうだね。ん? きみは……?」

 やけにお若い伯爵さまが、わたしに目を向けてきた。

「はじめまして、伯爵さま。シャレア・アルカポーネと申します」

 ちょっと優雅にカーテシーなど。

「えっ」

 伯爵さまは、なぜか息を詰まらせた。

 そんな驚くことある? いまのわたしは、どこにでもいる眼鏡モブ女学生、女生徒Bなのに。

「あ、あなた様が、かの暴虐の女神シャレア様であられますか。その、ご令名は、かねがね……あっ、わたくし、ラヴォレ・テッカーといいまして、以後どうかお見知りおきを……」

 いやなんでそんな低姿勢なのっ? 誰が暴虐の女神ですか誰が。





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