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#141


 まず簡潔に、結論から伝える。

「聖光教会へのとりなしについては、了承しました」

 わたしは静かに告げた。

「ただし、両家の交易の件は、保留ということで。まず実家と連絡を取らねばなりませんので」

「ああ。そりゃそうだよな」

 メリちゃんさんは、ちょっとホッとしたように、うなずいてみせた。

「教会との繋ぎさえできれば、ひとまずバルジ侯爵もおとなしくなるだろうから、今はそれで充分さ」

 その見通しは甘いですけどね。といって、ここで邪教団とバルジ侯の関係など説明したところで無意味。今はあえて何も言うまい。

「ただ……」

 と、メリちゃんさんは、ちょっと表情をあらためた。

「どのみち、わが家はいずれ、バルジ侯爵と戦争をすることになる。たとえアルカポーネ領の物資がなくとも、決着をつけなくちゃならねーんだ。もう派閥がどうとかじゃねえ。あいつらは、卑怯な手口で、テッカー家の面子を傷つけた。やり返さなきゃ、収まらねえんだよ」

 うわー。ヤクザの発想。

 いやそりゃ、封建領主なんて、表面上は優雅に取り澄ましてても、実像は限りなくヤクザに近いんですけどね。

 実際、いまも王国南東あたりでは、なんとかいう騎士家と、なんたらいう男爵家が武力衝突中だったりする。

 王室は知っててもいちいち干渉しない。当事者どうしで勝手に潰しあえ、というスタンスである。

 こんなんでも、わがフレイア王国の諸侯はまだお上品な部類で、隣国じゃ長年、侯爵家どうしが血で血を洗う抗争真っただ中。

 ゲームだと来年、攻略対象イケメンズのひとりでもある隣国の王子エルメキアがこちらに留学してくるのだけど、その理由のひとつが、国内での紛乱から身を避けるため、というね……。

 と、ちょっと話が逸れてしまった。

「……それについて、わたしから言うべきことは何もありません。お家の事情はそれぞれでしょうから」

 一応、そういう言い回しで、中立不干渉を告げた。

 わたし個人の心情としては、もちろんテッカー家を応援しているけど、それはそれ、これはこれ。

 わが実家を、よその紛乱に巻き込むわけにはいかないので、きちんと線引きすべきでしょう。

「ああ、アルカポーネさんを敵に回さなくて済むだけでも、ありがたいってものさ」

 メリちゃんさんは、スッと立ち上がった。

「それで、その。あんたに、教会とわが家を繋いでもらう、見返りというか、代価っていうか……タダでやってもらおうなんてムシのいいことは、こちらも考えちゃいない。だから望みを聞かせてくれ。金品でも人手でも、こちらから出せるものなら、なんでも出すし、なんでもするよ」

 ん? いま、なんでもするって……?







 テッカー伯爵家は、もともと武門の名家。過去代々、多くの武官を輩出している。それはもうヤクザ気質にも磨きがかかろうってもので。

 現在のところ、伯爵家およびその縁者で、王宮や軍に直接仕えている人はいない。

 ただ、わたしの調べたところ、現当主ラヴォレ・テッカー伯爵は、若い頃、王宮近衛隊の高級士官をつとめていたという。家督を継ぐ前の話だ。

 であれば……。

 ラヴォレ氏、王宮内の構造とか、部隊の配置とか、そのへん詳しいんじゃないだろうか。

 あと、いまは退役した身でも、近衛に独自のツテを持っているはず。昔の同僚とか部下とか。

 今後、わたしは、いくつかの目的から、王宮内に入り込むつもりなので。事前に、ラヴォレ氏のそういった繋がりやら情報やら、ざっくり提供していただけるとありがたい。

 てわけでー。

「なんでも……ということでしたら」

 わたしも、すっくと立ちあがった。

「テッカーさん。あなたのお父君と、直接会って話せますか? そこで、あらためて交渉したいことがあるので。その機会を設けてほしいのです」

「えっ? ……父と、会ってくれるの?」

 逆に、メリちゃんさんが嬉々たる顔で訊き返してきた。それこそ望んでたこと、といわんばかりに。

「もちろん、喜んで、機会でもなんでも!」

 あー、あちらさんも、元々わたしと会いたがってたのか。なんか厄介事を持ち込まれそうな気もするけど……。

 ただ、テッカー伯爵領は遠い。わたしの『転移』魔法は、一度行ったことのある場所までしか飛べないからね。伯爵領には行ったことないので、当然、現時点ではわたしの『転移』の有効範囲の外、ということになる。

 となるとー、まずは可能な限り伯爵領に近いところまで『転移』して、そこから街道沿いに走っていくとして……ええと……到着まで、ざっと丸二日ってとこかな。

 普通に、馬車でこの王都から伯爵領へ行くとなると、半月くらいかかるから、それよりはだいぶマシだ。

「なんなら、いまからでも会いにいくか?」

 と、メリちゃんさんは言った。

 えっ、いまから伯爵領へ向けて旅立てと? それはさすがに……。

 そこへ、サーラちゃんとファナちゃんが、続けざまに補足を入れてきた。

「伯爵さま、いま王都に来てるよ。だから、すぐ会えるんじゃないかな」

 えっ。

「そーそー、なんだっけ、うみゃみみ? てー? っていう、宿屋に泊まってるって」

 うみゃみみ。てー。

 ……うまみみ亭っ?

 あそこに泊まってるのっ?

 冒険者組合のすぐ目の前の、古い木造のお宿。

 確かに感じのいい宿屋ではあるけど、間違っても、上級貴族様が宿泊するような場所じゃないと思うんだけどな……。

 だいたい、伯爵家なら、王都にも別邸のひとつぐらい持ってるでしょうに。

 なんで、よりによって冒険者御用達の宿に。

 ……なんか事情がありそうだな。ちょーっとキナくさい。





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