聖光教会と第三王子派諸侯の繋がりは深い。
なんといっても第三王子派の後ろ盾、スタンレー公爵家。その令嬢ポーラが、聖光教会公認の「星の聖女」であるという点が大きく影響している。
しかも、第三王子ルードビッヒとポーラは、王国民なら知らぬ者もないほど仲睦まじい恋人どうし。いまだ正式に婚約していないのが不思議なくらいの関係である。
となれば、ルードビッヒを支持することは、そのままポーラ、公爵家、ひいては聖光教会をも、ほぼ自然に持ち上げることになる。それが派閥を一層強固なものとして、大きく発展を遂げる要因ともなった。
ただ、テッカー伯爵家の現当主ラヴォレは、そうした諸侯とはやや異なる。
ルードビッヒの人格と能力を高く評価し、あくまでルードビッヒ個人を支持するという立場に拘って、公爵家や教会とは距離を置いていた。
おかげでテッカー伯爵家は、第三王子派のなかでは教会との繋がりが薄い。そこをバルジ侯に付け込まれた、という一面がある。
わたしも、そのへんは調べて知っていたので、メリちゃんさんが頼ってくるとすればそこだろう、と推測していた。
なにせわがアルカポーネ家は、いまや王国どころか聖光教会全体でも最大級という教会施設と、巨大な門前町を擁する一大聖地。……十年前とはえらい違いだね。
当然、アルカポーネ家は、田舎の一子爵家とはいえ、教会の全面的な後ろ盾を得て、王国北西部では断然群を抜く財力と影響力を誇っている。その令嬢シャレア・アルカポーネも、デビュタントは教会関係者で埋め尽くされ、一時は聖女候補ではとさえ噂されていた。
……いや自分にはそんな自覚はあまりないし、うちの両親も、実は自分らが王国有数の大金持ちだなんて、おそらく自覚してないだろうけど。でも客観的事実として、そういう資料や統計や記録が、もうあちらこちらに作られてしまってるので。
実際、わたしなら、テッカー伯爵家と教会の仲を取り持つなんて朝飯前だからね。そこは何も問題ないんだけど。
もう一点……アルカポーネ家と交易したい、という申し出は、まったく想定してなかった。
バルジ侯爵家が街道を封鎖してしまえば、両家の交易のルートはあっさり絶たれる。そういう地形になっている。
それでもやる、ということになれば、お互いに領軍や傭兵をぶつけ合う事態になりかねない。もう戦争だこれ。
メリちゃんさん、ひいてはラヴォレ・テッカー伯爵は、いかなる意図で、そんな申し出をしてきたのか?
まさか、聖光教会の後ろ盾さえ得られれば、バルジ侯は畏れおののいて手を出してこなくなる、とでも予想してるんだろうか。アルカポーネ家との交易も黙って見ているしかなくなるはず、とか?
そうだとすれば、その見通しは甘い甘すぎる。
ゲーム「ロマ星」でもそうだったけど、バルジ侯爵は、邪教団カタリナスと深く関わっている。聖光教会にとっては不倶戴天の敵対勢力だ。
わたしは以前、王国中部にて蠢動していた邪教の一集団と遭遇したことがある。オウキャット子爵領の森の中だったかな。
彼らは、おもに王国中部から北部にかけて、各地で暗躍していた。王国北西の端っこにあるリヒター辺境伯領を攻撃する意図をもって、大幹部ゼンギニヤを、そちらの地方へ派遣しようともしていた。
それも、バルジ侯の要請を受けてのことだと、彼らははっきり語っていたからね。この時点で邪教団とバルジ候に繋がりがあるのは明白だった。
結局、そこでコソコソやってた邪教徒さんたちは、テントごと範囲魔法でぶっ飛ばして掃除した。ゼンギニヤはそれ以前にわたしが消し去っていたので問題ない。
けれど。
近頃、例のエギュンが、新たに北塔の魔女の手下に加わっている。おそらく現在ではエギュンが、かつてのゼンギニヤの位置を占めている可能性が高い。あっちゃんの情報でも、エギュンは人間に化けて王宮に出入りしてるそうだし。
こうしている今も、王宮内でエギュンとバルジ候が接触し、なにか悪だくみを進めているかもしれない。
……ようするに、たとえ聖光教会がテッカー伯爵家のバックについたところで、それだけでは、邪教団を味方に付けているバルジ侯への抑止力とするには不足ということだ。
とはいえさすがに、このへんの事情まで、伯爵家やメリちゃんさんが把握してるとは思えない。
なので、最終的な回答はまた後のこととして、一応、質問してみた。
「交易といいますが、当家と、どんな取引きを求めているのですか。うちが出せる交易品なんて、わずかな鉄鉱石くらいですが」
鉄鉱石は、ずっと以前から、イレネル大山脈の麓で細々と産出されていて、アルカポーネ領の数少ない天然資源となっている。これは代々、おもにお隣さんのランスジータ伯爵領との交易に用いられてきた。
昔は、その輸出の見返りとして、ランスジータ領の特産品である岩塩や建設資材などを輸入していた。さすがに最近は色々と事情が変わって、ランスジータ領との交易自体、ほぼ止まっているのだけど。その必要がないくらいアルカポーネ領が裕福になっちゃったわけね。
「その、鉄鉱石が欲しいんだよ」
と、メリちゃんさんは、きっぱり答えた。
「侯爵家と戦争するために、質のいい鉄鉱石は必須だから」
うわー。本当に戦争する気だった。そこまで思い詰めてたとは。
さらに、わたしを驚かせたのは。
「アルカポーネさんの懸念してることはわかる。バルジ侯爵が交易の邪魔をしてくるかも、っていうんだろ。それへの対策も考えてる。あんたが教会との繋ぎさえやってくれれば、あとは、ブランデル領を経由する、別のルートが使えるようになるんだ。もうブランデル侯との話し合いはついてるから」
ほうほう。
それは地図を見ると、直通路ではなくて、思いっきり南側に迂回することになる。かなり効率の悪いルートになってしまうけど、バルジ侯に邪魔されるよりはマシ、ってとこかな。
そうまでしてでも、うちの鉄鉱石を仕入れて、バルジ侯との戦争準備をする。
それがテッカー伯爵家の意図だと。
なるほど、よーくわかりました。
ではお返事をいたしましょう。
わたしの返答は……。