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#139


 ここは校舎裏。

 校舎と石塀の間、およそ十メートルぐらいの幅しかないけど、一応、裏庭みたいになっていて、桜の木がぽつぽつ植えられていた。砂利が敷かれた地面に、廃棄予定らしき壊れた机とか椅子とかが、小山のように積み上げられている。

 そんな、普段は誰も通らなさげな校舎裏の木陰にて。

 わたしたち四人は、人目をはばかるように、地面にしゃがみ込んで語っていた。

 なんか、いかにも不良少女の集会っぽい。こういうのも、ちょっと楽しい気がしてきた。

「……んでな、ラジアンのヤロー、強引にあたしの手を引っ張って、馬車に乗せようとしてきやがって。そんときは、どうにか振り払ったけど、こりゃ腕っぷしも、きっちり鍛えとかねーと危ねえな、って思ってさ」

「そうそう、それでメリちゃん、剣術を習いはじめたんだよね」

「わたしらも一緒に習ったけど、やっぱメリちゃんが一番上達速かったんだよ」

「いやまー、それは……努力したから。あたしと同い年で、凄腕の冒険者がいる、って話も聞こてきてたし」

 ほほう。そんな凄い冒険者がいたのですか。若い身空で、たいしたものですね。

「十三歳でサントメールの巨人を退治し、歴史上初めて、魔神の洞窟を踏破して生還したっていうじゃねえか。こりゃ、あたしも負けてられねえ、って思ったもんさ」

 うんうん。十三歳でサントメールの巨人をね。魔神の洞窟を踏破ね。

 そうだね。

 わたしだね。

「そうだよ、あんただよ。アルカポーネさん」

 こちらの内心を知ってか知らずか、わざわざそう念を押してくるメリちゃんさん。

 そんな有名になっちゃってましたか、わたし……。

 ……魔神の洞窟というのは、隣国との国境に近いサントメール地方の山岳地帯にあるダンジョン。

 ゲーム「ロマ星」で、上級ダンジョンと呼ばれていた場所だ。その正式名称が魔神の洞窟。

 サントメールの巨人とは、この魔神の洞窟の中層に出現するボスモンスター。外見、能力とも、アースジャイアントの変異種。そう、あの全裸巨人の強化亜種みたいなもの。

 アースジャイアントとの最大の違いは、腰布を付けていたことだ。全裸じゃなかった。それ以外はだいたいアースジャイアントと同じ外見だったけどね。

 長年、数多の冒険者たちが、この腰布巨人に挑んで、返り討ちにあっていたという。

 今からおよそ二年半前。

 わたしは、一応、現地の冒険者組合に届出をしたうえで、単独で魔神の洞窟の攻略に挑んだ。

 目的は、噂に高いサントメールの巨人の討伐。

 なぜか?

 ゲーム「ロマ星」では、サントメールの巨人を倒すことで、「聖銀鋼」という特殊素材が入手できる。

 本来、この素材は、王都の魔法商会に持っていって、「ホーリースターロッド」という武器を作ってもらうためのイベントアイテムだ。ルナちゃんが装備可能な武器のなかで二番目に強い、という位置付けである。

 でも、わたしは「聖銀鋼」を別のアイテムの素材として用いた。

 そう!

 いまも掛けてる「偽装変身眼鏡」のフレーム部分こそ、あのときサントメールの巨人から強奪……いや入手した聖銀鋼を加工したものなのである!

 この眼鏡の製作のために、どうしても必要な素材だったので、サントメールの巨人を殺してでも奪い取らなくちゃならなかった。もちろん、『身体強化』をかけたこの拳で、一撃で息の根止めてあげましたとも。目的の聖銀鋼は、巨人の首飾りになっていた。『鑑定』を用いたところ、古代文明の遺物だとかなんとか。

 あの巨人は洞窟中層の門番みたいなもので、いままで誰も、その先には行ったことがないという。

 でもわたしは、ゲームで何度となく行ってたからね。巨人討伐のついでとばかり、最下層まで踏み荒らして、多少、心ばかりのお宝を回収などして帰ってきた、というわけで。

 ダンジョン内のモンスターも弱いのばかりで、全然手ごたえなかったからね。湖底神殿の下層あたりのほうが、まだ手ごわかったくらい。

 ……帰還後、現地の冒険者組合が大騒ぎになったのは確かだ。不届きなゴロツキ風の冒険者らが絡んできて、わたしの持ち物を奪おうとしてきたり、なんてこともあった。もちろん、愚行の報いは受けていただきましたけど。

 彼らゴロツキ冒険者たちには、わたしが編み出した当時最新の応用魔法『レベルドレイン』の実験台になってもらい、全員、子供以下の能力値にしたうえで放逐した。いまごろ元気にやってるだろうか。

 サントメール地方って、ぶっちゃけわがアルカポーネ領よりも辺境のド田舎である。だから、多少、若気の至りで暴れたりはしたけど、せいぜい局所的な噂程度で済むだろう、と勝手にタカをくくっていた。

 まさか伯爵家のお嬢様の耳にまで届くような、全国区の話題になっていたとは、我ながら想定外……。

 いや、わたしの過去とかは、この際どうでもよろしいです。

 ぼちぼち本題に入っていただきませんと。

「こっちの事情は、あらかた話した。そのうえで、あんたに頼みたいことがある。話だけでも聞いてくれ」

 ようやく、その本題をメリちゃんさんが切り出してきた。前置き長かった……いやでも、貴重なエモ話も聞かせてもらえたから、これはこれで。おかげで彼女らへの理解はだいぶ深まった。

「聖光教会への取次ぎを頼みたいんだ。それと、アルカポーネ領との交易をしたい。あんたに頼みたいのは、この二点さ」

 ふむふむ。前者は、貴族社会で孤立してしまった実家の立場を回復させるための布石だね。

 もとより第三王子派には、教会と繋がりの深い諸侯が多い。ゆえに、聖光教会が後ろ盾についたとなれば、それらの諸侯も味方になってくれる可能性が高い。第五王子派への牽制にもなりうるだろう。

 これはお安い御用。なんなら今日にでもレオおじさんのとこへ行って話をつければ、あっさり実現するだろう。

 問題は後者だね……。

 テッカー伯爵領と、わがアルカポーネ子爵領は、隣接していない。

 街道で繋がってはいるけど、最短のルートでも途中、ガルベス子爵領をはじめ、いくつかの貴族領の関所を超えなくてはならない。さらにバルジ侯爵領の北辺をかすめて、ようやくテッカー伯爵領へたどり着けるのだ。

 こんな場所にいる相手と、交易って。

 何をどう取引するにせよ、バルジ侯が黙ってるわけないじゃないですか。

 なんですかね。テッカー伯爵家は、うちの実家を巻き込んで、戦争がしたいのかな?





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