われらが同好会『魔法工学研究会』の拠点を定め、立派な看板を掲げた、その翌日朝。
わたしは、自邸のベッドで、爽やかに目覚めていた。
今日、王立学園は週に一度の休日である。前世日本の学校と違って、週休二日制じゃないんだよね……。
せっかくの休日、お家でのんびり、とはいかない。
むしろ、今日はとても大事な日だ。
アザリンに身支度をととのえてもらい、朝食を済ませると、足取り軽やかに家を出た。
もちろん私服である。休日まで制服っていうのも不自然だからね。
わたしの私服といえば、赤いワンピース。幼少時から、なんとなく、そう決めてしまっている。いまもそう。
さすがに昔のようにシンプルな子供服じゃなくて、ゆるっと体型を隠しつつ、そこそこ凝ったデザインのカジュアルワンピースだ。
これに例の偽装眼鏡を掛けて、私服モブ少女B、おでかけ仕様の出来上がり、というわけ。
まだ午前中。いつもの通学路へ。人通りもまばらな通りを、のんびり歩いていると……。
「おはよう、シャレア!」
ダイアナが、元気よく声をかけてきた。
「おはよっ、ダイアナ! 早いねー」
「うふふ、待ちきれなくて。ゆうべも、よく眠れなかったのよ」
「そんなに楽しみだった?」
「そりゃあもう」
きゃっきゃと道端で笑いあう、わたしたち。
ダイアナも私服だ。白を基調に、ゆったりとした長袖ブラウスと丈の長いフレアースカートの組み合わせ。
まさに、ゆるふわ。ダイアナのイメージにぴったりの私服だ。
実は、昨日……『魔法工学研究会』の看板を掛け終えあと、ふたりで、ある取り決めをした。
そのときの様子、まだ脳内に鮮明に思い浮かべることができる。
「私が、会長に?」
きょとんと目を丸くするダイアナ。
そう。ダイアナに、この同好会の会長になってほしい、と、わたしは望んだ。
「でも、シャレア、あなたのほうが、よほどその座にふさわしいと思うのですけど……」
ダイアナは、そう難色を示した。
わたしは首を振った。
「そんなことはありません。わたしは、人の上に立つのには向いていませんし。それにですね。一番肝心なところですけど、ルードビッヒさまとポーラさまを敬い、応援したい、というお気持ちにおいて、ダイアナには、わたし以上の熱意を感じます。ずっと、こういう人と一緒にやっていきたい、と思ったのです。どうか会長になってください。ダイアナ」
これはお世辞でもなんでもない。ダイアナは、時として、わたし以上に熱心な信奉者として、あの二人を語る。
それと、入学初日以来、周囲の反応というものを見ていても、わたしよりは、ダイアナのほうが、より同志を惹きつける華やかさがある。
わがクラスの、いわゆるミーハー女子連も、もとをいえば、わたしではなくて、ダイアナの賑やかなファン語りにつられて集まってきたのだ。
一方、わたしの方はといえば、オタク女子としての情熱はともかく、本質的に陰キャだしね……人の上に立ってどうこう、とかやれる器でもない。そういう自覚ぐらいはありますよ。
むしろダイアナでなければ、この同好会をまとめあげ、維持するのは困難でしょう。わたしでは無理。
ダイアナは、しばし困惑顔でなにか考えている様子。
やがて、何事か思いついたらしい。ぱっと眉をひらいて、答えた。
「わかりました。お引き受けします。ただし、ひとつ条件があります」
「引き受けてくれますか! 条件とは?」
「会長は引き受けます。そのかわり……たったいまから。私と、シャレア。お互い、敬語をやめましょう」
「……え? つまり?」
「もっと仲良くなりたい、ということ!」
ダイアナは、ぐっと、力強く告げてきた。
おお。
そう来るか。
ならば。
「それは、こちらものぞむところ! その条件、受けたっ!」
わたしは、さっとダイアナに手を差し出し――。
「よろしい。じゃあこれから、敬語禁止ね」
ダイアナは、それはもう嬉しそうに、わたしの手を握りしめた。
「ふふ」
「えへへ」
お互い、ちょっと言葉にならず、しばし微笑みを交わしあったのである――。
……とまあ、そんなことが昨日、ありまして。ダイアナとは、あらためて、お友達になれた、というわけで。
今日はまた、例のカフェへ行くのです。
レオおじさんが言うには、本日昼頃、カフェの経営者になる人がやってきて、営業準備に取り掛かる、という話で。
じゃあ、どんな人か確かめておこう、と。
ついでに、二階の内装なんかもやってしまおう、と、ダイアナと決めて。
いまこうして、私服姿の地味めな乙女二人、肩を並べて、目的地へ向かっているわけですね。
「ね、シャレア。聞いた?」
その道すがら。
「なあに?」
「マルケ殿下のお噂」
ん?
マルケ殿下といえば、フレイア王家の第一王子。ルードビッヒたちの長兄にあたる。
王子様といっても、アラフォーのおじさまだけどね。ゲーム「ロマ星」では名前こそしばしば出るものの、本人に出番はなく、後に出版された設定資料集に、そこそこ詳細なデザインが載っていた。
顔つきは中年なりの渋みがあって、まずまずイケてる部類なんだけど、のんびりした雰囲気の、人当たりの良いおじさま、という外見だったな。
「マルケ殿下が、どうしたの?」
「行方がわからなくなっているそうよ」
「えっ」
「三日くらい前、お城からいなくなって、誰もどこに行ったか知らないんだって。こんなことは初めてだって、お城では大騒ぎになってるみたい。寮じゃ、その噂で持ち切りよ」
「ええええ」
いったい何事だろう?
マルケ殿下は、自ら王位継承権の放棄を明言している。
ただし、王様がそれを承認していないため、当人の意思はともかく、いまだ継承権争いの渦中にいる人だ。
とすると、第二王子派か、第五王子派が、なにかやらかした可能性もあるけれど……。
などと、あれこれ考えながら歩くうち、わたしたちはカフェに辿り着いていた。
「あれ。開いてる……?」
お店の出入口の鍵は開いていた。昨日ここを出るとき、きちんと戸締りはしてたんだけど。
ということは、レオおじさんが言ってた経営者が、もう来ちゃった、ということだろうか。
ドアを開けると。
カウンターに、エプロン姿の、背の高いおじさまが立っていた。
「やあ、いらっしゃい。話は聞いているよ」
おじさまは、とても優しそうな笑顔で、わたしたちを迎えてくれた。
……って、あの。
どこからどう見ても。
このおじさま、行方不明のはずのマルケ殿下その人、なんですけど……。