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#156


 われらが同好会『魔法工学研究会』の拠点を定め、立派な看板を掲げた、その翌日朝。

 わたしは、自邸のベッドで、爽やかに目覚めていた。

 今日、王立学園は週に一度の休日である。前世日本の学校と違って、週休二日制じゃないんだよね……。

 せっかくの休日、お家でのんびり、とはいかない。

 むしろ、今日はとても大事な日だ。

 アザリンに身支度をととのえてもらい、朝食を済ませると、足取り軽やかに家を出た。

 もちろん私服である。休日まで制服っていうのも不自然だからね。

 わたしの私服といえば、赤いワンピース。幼少時から、なんとなく、そう決めてしまっている。いまもそう。

 さすがに昔のようにシンプルな子供服じゃなくて、ゆるっと体型を隠しつつ、そこそこ凝ったデザインのカジュアルワンピースだ。

 これに例の偽装眼鏡を掛けて、私服モブ少女B、おでかけ仕様の出来上がり、というわけ。

 まだ午前中。いつもの通学路へ。人通りもまばらな通りを、のんびり歩いていると……。

「おはよう、シャレア!」

 ダイアナが、元気よく声をかけてきた。

「おはよっ、ダイアナ! 早いねー」

「うふふ、待ちきれなくて。ゆうべも、よく眠れなかったのよ」

「そんなに楽しみだった?」

「そりゃあもう」

 きゃっきゃと道端で笑いあう、わたしたち。

 ダイアナも私服だ。白を基調に、ゆったりとした長袖ブラウスと丈の長いフレアースカートの組み合わせ。

 まさに、ゆるふわ。ダイアナのイメージにぴったりの私服だ。

 実は、昨日……『魔法工学研究会』の看板を掛け終えあと、ふたりで、ある取り決めをした。

 そのときの様子、まだ脳内に鮮明に思い浮かべることができる。







「私が、会長に?」

 きょとんと目を丸くするダイアナ。

 そう。ダイアナに、この同好会の会長になってほしい、と、わたしは望んだ。

「でも、シャレア、あなたのほうが、よほどその座にふさわしいと思うのですけど……」

 ダイアナは、そう難色を示した。

 わたしは首を振った。

「そんなことはありません。わたしは、人の上に立つのには向いていませんし。それにですね。一番肝心なところですけど、ルードビッヒさまとポーラさまを敬い、応援したい、というお気持ちにおいて、ダイアナには、わたし以上の熱意を感じます。ずっと、こういう人と一緒にやっていきたい、と思ったのです。どうか会長になってください。ダイアナ」

 これはお世辞でもなんでもない。ダイアナは、時として、わたし以上に熱心な信奉者として、あの二人を語る。

 それと、入学初日以来、周囲の反応というものを見ていても、わたしよりは、ダイアナのほうが、より同志を惹きつける華やかさがある。

 わがクラスの、いわゆるミーハー女子連も、もとをいえば、わたしではなくて、ダイアナの賑やかなファン語りにつられて集まってきたのだ。

 一方、わたしの方はといえば、オタク女子としての情熱はともかく、本質的に陰キャだしね……人の上に立ってどうこう、とかやれる器でもない。そういう自覚ぐらいはありますよ。

 むしろダイアナでなければ、この同好会をまとめあげ、維持するのは困難でしょう。わたしでは無理。

 ダイアナは、しばし困惑顔でなにか考えている様子。

 やがて、何事か思いついたらしい。ぱっと眉をひらいて、答えた。

「わかりました。お引き受けします。ただし、ひとつ条件があります」

「引き受けてくれますか! 条件とは?」

「会長は引き受けます。そのかわり……たったいまから。私と、シャレア。お互い、敬語をやめましょう」

「……え? つまり?」

「もっと仲良くなりたい、ということ!」

 ダイアナは、ぐっと、力強く告げてきた。

 おお。

 そう来るか。

 ならば。

「それは、こちらものぞむところ! その条件、受けたっ!」

 わたしは、さっとダイアナに手を差し出し――。

「よろしい。じゃあこれから、敬語禁止ね」

 ダイアナは、それはもう嬉しそうに、わたしの手を握りしめた。

「ふふ」

「えへへ」

 お互い、ちょっと言葉にならず、しばし微笑みを交わしあったのである――。

 ……とまあ、そんなことが昨日、ありまして。ダイアナとは、あらためて、お友達になれた、というわけで。

 今日はまた、例のカフェへ行くのです。

 レオおじさんが言うには、本日昼頃、カフェの経営者になる人がやってきて、営業準備に取り掛かる、という話で。

 じゃあ、どんな人か確かめておこう、と。

 ついでに、二階の内装なんかもやってしまおう、と、ダイアナと決めて。

 いまこうして、私服姿の地味めな乙女二人、肩を並べて、目的地へ向かっているわけですね。

「ね、シャレア。聞いた?」

 その道すがら。

「なあに?」

「マルケ殿下のお噂」

 ん?

 マルケ殿下といえば、フレイア王家の第一王子。ルードビッヒたちの長兄にあたる。

 王子様といっても、アラフォーのおじさまだけどね。ゲーム「ロマ星」では名前こそしばしば出るものの、本人に出番はなく、後に出版された設定資料集に、そこそこ詳細なデザインが載っていた。

 顔つきは中年なりの渋みがあって、まずまずイケてる部類なんだけど、のんびりした雰囲気の、人当たりの良いおじさま、という外見だったな。

「マルケ殿下が、どうしたの?」

「行方がわからなくなっているそうよ」

「えっ」

「三日くらい前、お城からいなくなって、誰もどこに行ったか知らないんだって。こんなことは初めてだって、お城では大騒ぎになってるみたい。寮じゃ、その噂で持ち切りよ」

「ええええ」

 いったい何事だろう?

 マルケ殿下は、自ら王位継承権の放棄を明言している。

 ただし、王様がそれを承認していないため、当人の意思はともかく、いまだ継承権争いの渦中にいる人だ。

 とすると、第二王子派か、第五王子派が、なにかやらかした可能性もあるけれど……。

 などと、あれこれ考えながら歩くうち、わたしたちはカフェに辿り着いていた。

「あれ。開いてる……?」

 お店の出入口の鍵は開いていた。昨日ここを出るとき、きちんと戸締りはしてたんだけど。

 ということは、レオおじさんが言ってた経営者が、もう来ちゃった、ということだろうか。

 ドアを開けると。

 カウンターに、エプロン姿の、背の高いおじさまが立っていた。

「やあ、いらっしゃい。話は聞いているよ」

 おじさまは、とても優しそうな笑顔で、わたしたちを迎えてくれた。

 ……って、あの。

 どこからどう見ても。

 このおじさま、行方不明のはずのマルケ殿下その人、なんですけど……。





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