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#155


 アザリンは、古いカフェ店舗を見事に磨き上げてくれた。

 今更ながら、アザリンの手際には驚かされる。まだ八歳なのに。この実力、どこへ行っても超一流のメイドとして通用するだろう。絶対手放さないけどねっ!

 その翌日、放課後。

 ダイアナを連れて、再び店舗へと訪れた。鍵はもうレオおじさんから受け取っている。

 ドアを開けると。

「ほわあ……! 素敵なお店!」

 ダイアナが嬌声をあげた。

 一階はカフェ。もともと以前から使われていた内装、テーブルと椅子、照明器具、絨毯、カーテン、カウンター、什器類など、ほぼそのままの状態で配置されていた。それらはアザリンの生活魔法で何もかも新品同様に磨かれ、ぴっかぴかに輝いている。

 あとはコーヒー豆やお茶っ葉などの材料を運び込めば、いますぐにでも営業再開できそうな状態になっていた。

「わたしたちが使えるのは上の階ですけどね。でも、ここでお茶しながらお喋りするのも、きっと楽しいでしょう」

「ええ、ええ! とっても楽しそう!」

 ダイアナ、大はしゃぎ。気に入ってくれたみたいで何よりだ。

 店内はちょっと落ち着きのある、大人な雰囲気。かつての経営者の趣味や人柄がうかがえる。

「さー、上も見てみましょう。わたしたちの拠点……同好会となる場所です」

 店に入ると、その玄関のすぐ脇に、これまたおしゃれな造形の螺旋階段があって、そこから二階へ上がれる。

 実は建物の裏側にも非常階段みたいなのがあって、そっちから直接二階へ行くこともできる。カフェの営業中は、裏側から上がったほうがいいかもね。お店の邪魔にならないように。

 わたしが先導して、ダイアナをともない、螺旋階段を上がる。

 短い廊下の先に、白い木製ドア。

 それを開くと……。

 ぴっかぴかの板間、広々としたリビング。白いラウンドテーブルセット。最大十人まで、テーブルを囲んで席に着けるようになっている。

 壁際にはでっかいソファー。明るい大きな窓の左右に、折りたたまれた白いカーテン。

 高い天井には、クリスタルガラスの照明。火を使わず、魔力を注いで発光させる魔法道具が内蔵されている。

 あれは競豚場なんかで使われてた照明器具の小型版だね。家庭用はまだまだ高価で、普及していない。わが別邸でさえまだ使ってないんだけど……。

「ほわわっ……! すごいっ! きれい! 広いー!」

 ダイアナが、なんとも、かわいい歎声をあげている。お気に召してくれたようだね。

 出入口から向かって右側には、何もない広いスペースがある。あそこは工房として使用する予定。

 向かって左側の奥には、さらに先へと続く廊下が伸びている。トイレや寝室、物置きなどがある区画だ。寝室は、現在は空っぽになっている。工房とは別の実験用スペースにしようかな、とか考え中。

 その廊下の突き当りのドアから、外の非常階段へ出られるようになっている。

 実際に同好会の活動が始まった後は、そっちを普段の出入口として使うことになるだろうね。

「どうですか、ダイアナ?」

「さすがです! もう、ここ以外には考えられません! よくこんな素敵な場所を見つけましたね!」

 ダイアナ大興奮。あっちこっちと歩き回っては、にっこにこ笑顔で声をあげている。

 この様子なら、何も問題はないね。

「よしっ。では、ダイアナ」

「はい」

「さっそく、看板を作りましょう。あっちの出入口に掛けるやつです」

 非常階段側のドア。建物の構造上、本来は裏口にあたるのだけど、わたしたちにとっては、そっちが正面玄関ということになる。

 なので、その玄関ドアの横に、でかでかと看板を掲げておこう、と。

「看板? でしたら、材料がいりますよね」

「もう用意してます」

 リビングに隣接する、工房用に予定している空間。

 そこに、一枚のぶ厚い木板が置かれている。

 実は昨日のうちに、レオおじさんにおねだりして、譲ってもらったものだ。

 看板を作りたい、いい材料ないかな?

 と訊けば、おう、任せろ――と。

 まさに打てば響くように、ぽんっと、素晴らしい樫の板材を用意してくれた。うちの支部の改築資材の余りもんだ、持ってけ――ってなもんで。

 ほんと頼りになる人だ。あまり甘えすぎるのもどうかとは思うんだけど、ついつい、ね。

「わぁ、立派な板……これを加工するのですね?」

「ええ。あまり凝った造形にするのは、わたしでは難しいので、シンプルにいきます」

 脳内に呪文を浮かべて、指先に、ぴっと魔力を込める。

 床に横たわる板材は、ほぼ二メートル四方の正方形。さすがに大きすぎる。

 これを、ちょうどいい塩梅の板へと加工しなくてはならない。

『風刃』

 魔法が発動する。

 慎重に威力と効果範囲を調整しながら、板材の四方を、風の刃で、スパスパ切り取ってゆく――。

「……ふー。こんなものでしょうか」

 長さ百五十センチ、幅三十センチほどの、立派な長方形の板に仕上がった。厚みも六、七センチくらいある、とてもしっかりした看板だ。

「これくらいの大きさなら、外の壁に掛けることができるでしょう。あとは、ダイアナ」

「私?」

「はい。この看板に、文字をデザインしてください。わが魔法工学研究会の名称を。あなたの手で、看板に、わたしたちの魂を込めてほしいのです」

「わたしたちの、魂……! そういうことならば。でも素人ですので、やり方を教えてくださいね」

「もちろんですとも」

 看板デザインというのは、インクとペンで表面に文字を書く、とかいうのではなくて。

 文字列自体を図像としてデザインし、その通りに描き込み、刻み付けてゆく作業。

 必要な工具類はあらかじめ用意しているので、あとは実践あるのみだ。

 ダイアナを主体に、わたしが横からやんわり指示を出す形で、和気藹々と作業を進めた。

 およそ一時間後――。

『魔法工学研究所』の文字が黒々と太字で刻み込まれた、立派な看板が完成した。

「これで、準備は整いましたね」

 ほっこり笑顔を浮かべるダイアナ。

 さっそく裏口の外へと運び出し、ドア脇の壁面に、しっかと釘で打ち付け、固定する。

 わが同好会の看板、これにて完成。シンプルだけど、とても立派な看板になった。

 わたしたちは、二人肩を寄せ合い、その出来栄えを眺めていた。

「さっそく明日から、同志を集めましょう」

「うふふ、これから、楽しみですね」

 わたしとダイアナは、互いに笑みを交わしあった。

 表向きは、地味な研究集団。

 その実態は、ルードビッヒとポーラをひたすら崇敬し、各種推し活にいそしむ非公認ファンクラブ。

 そんな『魔法工学研究会』は、この日、この場所から、活動を開始したのである。





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