メリオ・テッカー伯爵令嬢との出会い。
それは王立学園の入学試験、戦闘実技の立ち合いから始まった。
わたしがちょいと腕を振っただけで、メリオ嬢は壁まで吹っ飛んだ。
既に学園内外に、そのへんの顛末はよく知れ渡っているようで。なにせ、うちの父の耳にまで入ってたぐらいだからね。わたしは直接話してないのに。
それを因縁として、入学後、わたしに絡んできたメリオ嬢。
二人は身体能力測定の場を借りて激しく競いあい、やがて互いを認め合って、固い握手を交わし、友となった……。
と、学園内では思われてるらしい。
このあたりの筋書きを書いた張本人が、メリオ嬢の父、テッカー伯爵家現当主ラヴォレ・テッカーその人である。
実際、だいたい筋書き通りの結果になった。実情は、そんなキレイなお話ではないけど。
そのラヴォレ・テッカー伯爵は、政敵バルジ侯爵家への対抗策として、聖光教会の後ろ盾を求めている。それもかなり切実に。
そこで、伯爵はわたしを見込んで、教会への口利き、仲介を頼んできた。
と、そんな事情を、レオおじさんに、一切の誇張なく説明したところ……。
「はっはっは。そうかー。そんな面白いことになってたかー」
レオおじさん、ばかウケ。
とくに身体能力測定のくだりが気に入ったようで。
「いやー、シャレアにケンカを売るとはなー。命知らずな娘もいたもんだ。はっはっは」
「加減はしたよ?」
「そりゃそうだ。きみが加減しなきゃ、今頃そのメリオ嬢は遺体すら残らず、塵になってるだろうよ」
今更ながら、わたしを何だと思ってるんでしょうかね、この人は。
「だが、楽しい学生生活を送れてるようで、なによりだ。てッきり、学生たちに怖がられて、孤立しちまってるんじゃないかと、ちょっと心配してたんだがな」
そういって、レオおじさんは、嬉しそうに笑った。
「んで、ラヴォレ・テッカー伯爵だったか? シャレアの頼みなら、援助でもなんでもしてやるよ。ただ一応、最低限の条件は出させてもらうけどな。体裁ってやつだ」
「条件とは」
「おれの記憶が確かなら、テッカー伯爵領ってな、いま、うちの教会や礼拝所のたぐいが、一切無いんだよ」
「ほお」
「昔はひとつだけ、小さな聖堂が建ってたらしいが、百年ぐらい前の地震で、跡形もなく潰れちまってな。再建もされずに更地にされちまって、それきりだとさ」
「なるほど。じゃあ、条件っていうのは」
「そうだ。テッカー領内における、うちの聖堂の復興。また、復興後の聖職者の常駐と布教活動の全面認可。これらをやってもらう。もちろん費用はすべてあちら持ちで。受け入れてもらえるなら、聖光教会はあらゆる援助を惜しまない。また、その事実を広く公表することも約束する。どうだ?」
「うん。じゃあそれで。条件はわたしが伝える。嫌とはいわせないから、その条件で進めてくれる?」
「きみが決めちまっていいのか?」
「いいんです」
おそらくだけど。いまレオおじさんが出した条件、おそらくラヴォレ氏はさぞや渋い顔をすることだろう。
聖堂の復興費用もタダではないしね。痛い出費になることだろう。
けれど、結局、是も非もない。ラヴォレ氏のいまの立場は、そういうものだ。
事後承諾で問題なし。迅速に事を運んでいただきましょう。
さて。
もうひとつの用件。
さきほど結成したばかりの『魔法工学研究会』の活動拠点についての相談。
意外なことに、レオおじさんが渋い顔を見せた。
「うぅーむ。そういう集まりか。あくまで学生の同好会活動というんだな?」
「そうです。政治や宗教とは無関係の、趣味の集まりなので」
「教会の後援を得ている、とか世間に思われちゃ困るんだよな? なら、うちの施設は使えんだろう」
「それはそうです」
「となりゃ、教会と無関係の空き家なり、公共施設なりを使う、ってことになるだろうが……しかも学園の近所でな。そんな都合のいい物件、あったかな」
しばし悩むレオおじさん。
「……うん。ひとつだけ、心当たりがあるな」
おお。さすがはレオおじさん。やっぱり頼りになりますねぇ。
「んーと。確か、こっちに」
デスクの脇に積まれている紙の束を、がさがさ探りはじめるレオおじさん。
なんだろう?
と黙って見てると――。
「おっ。あったあった。こいつだ」
一枚の紙を取り出して、わたしに示してみせた。
「目を通してみな」
「はい」
いわれるまま紙を受け取り、ざっと内容を見てみる。
物件見取り図らしき図面が真ん中にあって、その下に色々書きこまれていた。
「……寄贈物件、ですか」
「そうだ」
うなずくレオおじさん。
見取り図によれば、木造二階建て。なんと、先日まで営業していたカフェの建物らしい。一階がそのカフェで、二階が倉庫兼居住スペースになっている。
立地も、わたしが毎朝歩いてる通学路に沿ったところ。
……って、毎朝見かけてた、ちょいオシャレなカフェっぽいとこじゃないですか、これ。
もともと、このカフェの経営者は、信仰心篤い男性。妻には早くに先立たれ、長いことひとりでカフェを切り盛りしていたものの、やがて病に倒れ、閉店。ほどなく、亡くなってしまった。
生前の遺言により、男性の遺産はすべて、聖光教会に寄贈された。閉店したカフェも丸ごと、教会の所有物となった。それがこの紙に記された物件。
「そいつは、法律上、教会所有の物件にはなってるが、まだ表向きには公表してないからな。世間では現状、次の持ち主が見つかっていない空き家としか思われてないはずだ」
「ほうほう」
「どうだ? きみさえよければ、そいつを提供するぞ。タダでな!」
「タダでっ?」
それは気前がよすぎませんかね? いくら、わたしとレオおじさんの仲といっても。
「もちろん、条件はある」
ですよねー。
「ちょうど、商売をやりたがってる知り合いがいてな。せっかくなんで、一階はそいつに任せて、カフェを営業再開させようと思ってるんだ。で、きみたちには、二階を無償で提供する。建物の権利自体は教会が保有するが、あくまで書類上のことだ。家賃は取らないぞ。どうだ?」
一階はカフェとして使う。それが条件ってわけね。
二階に、わたしたちの同好会活動スペース。
うんうん。
いいじゃないですか、それ。広さも十分あるし。立地も素晴らしい。わが家からも学園寮からも近い。
「はい。ぜひ、これでお願いします」
わたしは、即答した。
問題は、その商売をやりたがってるレオおじさんの知人というのが、どんな人なのか、だけど。
よほど変な人じゃない限り、大丈夫でしょう。レオおじさんの人脈を信じるしかないね。
「よし、じゃあ明日にも準備に取り掛かるか。なんせしばらく放置されてたからな。掃除が大変だぞ」
レオおじさんが立ち上がりかけた。
「あ、それは大丈夫ですよ」
「どういうことだ?」
「プロがおりますから」
わたしは、笑ってうなずいてみせた。
夕方。
帰宅後、アザリンとお夕食。
朝のリクエスト通り、アザリンが作ってくれた、お肉入りの小麦粥とオートミールをいただいた。
安いクズ肉も、調理次第でこんなになるか……というくらい、素晴らしい美味だった。
やっぱりお肉が入ってると、また一段、満足度が向上するね。
食事しながら、アザリンに頼んでみた。
「お掃除ですか?」
「うん。この近くにある建物でね。しばらく放置されてたから、たぶんホコリまみれだと思うんだよね。頼めるかな?」
「おもしろそうです! おまかせください!」
なぜか目をキラキラさせながら、力強く引き受けてくれた。
そして翌日、放課後――。
通学路沿いに建つ、ちょいとオシャレな店舗建物。
わたしとレオおじさん立会いのもと、アザリンは一人、モップをかざして掃除に挑み……。
半時間後。
「ふぅ。できましたー!」
いい汗かいた! といわんばかり、満足げに建物を見上げるアザリン。
少し古びていた店舗は、外観も内装も、いまや新築のごとく、ぴっかぴかに磨き上げられていた――。