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#154


 メリオ・テッカー伯爵令嬢との出会い。

 それは王立学園の入学試験、戦闘実技の立ち合いから始まった。

 わたしがちょいと腕を振っただけで、メリオ嬢は壁まで吹っ飛んだ。

 既に学園内外に、そのへんの顛末はよく知れ渡っているようで。なにせ、うちの父の耳にまで入ってたぐらいだからね。わたしは直接話してないのに。

 それを因縁として、入学後、わたしに絡んできたメリオ嬢。

 二人は身体能力測定の場を借りて激しく競いあい、やがて互いを認め合って、固い握手を交わし、友となった……。

 と、学園内では思われてるらしい。

 このあたりの筋書きを書いた張本人が、メリオ嬢の父、テッカー伯爵家現当主ラヴォレ・テッカーその人である。

 実際、だいたい筋書き通りの結果になった。実情は、そんなキレイなお話ではないけど。

 そのラヴォレ・テッカー伯爵は、政敵バルジ侯爵家への対抗策として、聖光教会の後ろ盾を求めている。それもかなり切実に。

 そこで、伯爵はわたしを見込んで、教会への口利き、仲介を頼んできた。

 と、そんな事情を、レオおじさんに、一切の誇張なく説明したところ……。

「はっはっは。そうかー。そんな面白いことになってたかー」

 レオおじさん、ばかウケ。

 とくに身体能力測定のくだりが気に入ったようで。

「いやー、シャレアにケンカを売るとはなー。命知らずな娘もいたもんだ。はっはっは」

「加減はしたよ?」

「そりゃそうだ。きみが加減しなきゃ、今頃そのメリオ嬢は遺体すら残らず、塵になってるだろうよ」

 今更ながら、わたしを何だと思ってるんでしょうかね、この人は。

「だが、楽しい学生生活を送れてるようで、なによりだ。てッきり、学生たちに怖がられて、孤立しちまってるんじゃないかと、ちょっと心配してたんだがな」

 そういって、レオおじさんは、嬉しそうに笑った。

「んで、ラヴォレ・テッカー伯爵だったか? シャレアの頼みなら、援助でもなんでもしてやるよ。ただ一応、最低限の条件は出させてもらうけどな。体裁ってやつだ」

「条件とは」

「おれの記憶が確かなら、テッカー伯爵領ってな、いま、うちの教会や礼拝所のたぐいが、一切無いんだよ」

「ほお」

「昔はひとつだけ、小さな聖堂が建ってたらしいが、百年ぐらい前の地震で、跡形もなく潰れちまってな。再建もされずに更地にされちまって、それきりだとさ」

「なるほど。じゃあ、条件っていうのは」

「そうだ。テッカー領内における、うちの聖堂の復興。また、復興後の聖職者の常駐と布教活動の全面認可。これらをやってもらう。もちろん費用はすべてあちら持ちで。受け入れてもらえるなら、聖光教会はあらゆる援助を惜しまない。また、その事実を広く公表することも約束する。どうだ?」

「うん。じゃあそれで。条件はわたしが伝える。嫌とはいわせないから、その条件で進めてくれる?」

「きみが決めちまっていいのか?」

「いいんです」

 おそらくだけど。いまレオおじさんが出した条件、おそらくラヴォレ氏はさぞや渋い顔をすることだろう。

 聖堂の復興費用もタダではないしね。痛い出費になることだろう。

 けれど、結局、是も非もない。ラヴォレ氏のいまの立場は、そういうものだ。

 事後承諾で問題なし。迅速に事を運んでいただきましょう。

 さて。

 もうひとつの用件。

 さきほど結成したばかりの『魔法工学研究会』の活動拠点についての相談。

 意外なことに、レオおじさんが渋い顔を見せた。

「うぅーむ。そういう集まりか。あくまで学生の同好会活動というんだな?」

「そうです。政治や宗教とは無関係の、趣味の集まりなので」

「教会の後援を得ている、とか世間に思われちゃ困るんだよな? なら、うちの施設は使えんだろう」

「それはそうです」

「となりゃ、教会と無関係の空き家なり、公共施設なりを使う、ってことになるだろうが……しかも学園の近所でな。そんな都合のいい物件、あったかな」

 しばし悩むレオおじさん。

「……うん。ひとつだけ、心当たりがあるな」

 おお。さすがはレオおじさん。やっぱり頼りになりますねぇ。

「んーと。確か、こっちに」

 デスクの脇に積まれている紙の束を、がさがさ探りはじめるレオおじさん。

 なんだろう?

 と黙って見てると――。

「おっ。あったあった。こいつだ」

 一枚の紙を取り出して、わたしに示してみせた。

「目を通してみな」

「はい」

 いわれるまま紙を受け取り、ざっと内容を見てみる。

 物件見取り図らしき図面が真ん中にあって、その下に色々書きこまれていた。

「……寄贈物件、ですか」

「そうだ」

 うなずくレオおじさん。

 見取り図によれば、木造二階建て。なんと、先日まで営業していたカフェの建物らしい。一階がそのカフェで、二階が倉庫兼居住スペースになっている。

 立地も、わたしが毎朝歩いてる通学路に沿ったところ。

 ……って、毎朝見かけてた、ちょいオシャレなカフェっぽいとこじゃないですか、これ。

 もともと、このカフェの経営者は、信仰心篤い男性。妻には早くに先立たれ、長いことひとりでカフェを切り盛りしていたものの、やがて病に倒れ、閉店。ほどなく、亡くなってしまった。

 生前の遺言により、男性の遺産はすべて、聖光教会に寄贈された。閉店したカフェも丸ごと、教会の所有物となった。それがこの紙に記された物件。

「そいつは、法律上、教会所有の物件にはなってるが、まだ表向きには公表してないからな。世間では現状、次の持ち主が見つかっていない空き家としか思われてないはずだ」

「ほうほう」

「どうだ? きみさえよければ、そいつを提供するぞ。タダでな!」

「タダでっ?」

 それは気前がよすぎませんかね? いくら、わたしとレオおじさんの仲といっても。

「もちろん、条件はある」

 ですよねー。

「ちょうど、商売をやりたがってる知り合いがいてな。せっかくなんで、一階はそいつに任せて、カフェを営業再開させようと思ってるんだ。で、きみたちには、二階を無償で提供する。建物の権利自体は教会が保有するが、あくまで書類上のことだ。家賃は取らないぞ。どうだ?」

 一階はカフェとして使う。それが条件ってわけね。

 二階に、わたしたちの同好会活動スペース。

 うんうん。

 いいじゃないですか、それ。広さも十分あるし。立地も素晴らしい。わが家からも学園寮からも近い。

「はい。ぜひ、これでお願いします」

 わたしは、即答した。

 問題は、その商売をやりたがってるレオおじさんの知人というのが、どんな人なのか、だけど。

 よほど変な人じゃない限り、大丈夫でしょう。レオおじさんの人脈を信じるしかないね。

「よし、じゃあ明日にも準備に取り掛かるか。なんせしばらく放置されてたからな。掃除が大変だぞ」

 レオおじさんが立ち上がりかけた。

「あ、それは大丈夫ですよ」

「どういうことだ?」

「プロがおりますから」

 わたしは、笑ってうなずいてみせた。







 夕方。

 帰宅後、アザリンとお夕食。

 朝のリクエスト通り、アザリンが作ってくれた、お肉入りの小麦粥とオートミールをいただいた。

 安いクズ肉も、調理次第でこんなになるか……というくらい、素晴らしい美味だった。

 やっぱりお肉が入ってると、また一段、満足度が向上するね。

 食事しながら、アザリンに頼んでみた。

「お掃除ですか?」

「うん。この近くにある建物でね。しばらく放置されてたから、たぶんホコリまみれだと思うんだよね。頼めるかな?」

「おもしろそうです! おまかせください!」

 なぜか目をキラキラさせながら、力強く引き受けてくれた。

 そして翌日、放課後――。

 通学路沿いに建つ、ちょいとオシャレな店舗建物。

 わたしとレオおじさん立会いのもと、アザリンは一人、モップをかざして掃除に挑み……。

 半時間後。

「ふぅ。できましたー!」

 いい汗かいた! といわんばかり、満足げに建物を見上げるアザリン。

 少し古びていた店舗は、外観も内装も、いまや新築のごとく、ぴっかぴかに磨き上げられていた――。





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