「お姉様、早く起きないと遅刻しちゃうわよ」
「だ、誰っ?!……あれ?」
目が覚めると、目の前には蜂蜜色の髪とアクアブルーの瞳をした美少女────双子の妹のルクレツェアが私を覗き込んでいた。
あれ?なんで一瞬とは言え妹の事を知らない人だと思ったのだろうか?こんなにそっくりなのに。……あ、そうだわ。変な夢を見ていたから混乱してるのよ。確か私がドラゴンを倒した聖女で、そのドラゴンが……。えーと、それから……。
私が首を傾げているとルクレツェアも同じように首を傾げてきた。
「お姉様ったら寝惚けてるの?それともやっぱり昨日第二王子と喧嘩したのを気にしてる?嫌われ者の悪役令嬢なんて殿下が負け惜しみで言っただけよ!お姉様の守護精霊が人型になったからって嫉妬しちゃってみっともないんだから。あれが将来の義弟になるなんて気が重いわよね」
そう言ってルクレツェアは肩を竦めてみせた。傍から見れば不敬な態度かもしれないが、本人は気にする様子は無い。なにせ、この妹は第一王子の婚約者なのだ。第二王子とは犬猿の仲で顔を合わす度に口喧嘩をしているがそれを今更気にする人間はいない。
「……そうだったわね。ジェスティード殿下と喧嘩したんだったわ。だって、アオの事を馬鹿にするからつい」
「ふふっ、お姉様はアオ様の事が大好きですもんね!精霊の王になったアオ様に求婚された時のお姉様の顔は見ものだったわ〜!」
「それは……だって、ずっと友達だと思ってた守護精霊がいきなり人間の姿になってプロポーズしてきたら誰でもびっくりするわよ!そしたらジェスティード殿下ったらアオの目は節穴だとか趣味が悪いとか言うんだもの!」
「自分がルル様に振られたから八つ当たりしてるのよ。気にしなくていいと思うわ!ね?ぴぃちゃん」
ルルとはセイレーンと一緒に孤児院などに慈善活動をしている有名人で私の親友でもある。第二王子から告白されても「あたし、甘えたの坊やはタイプじゃないの」と断ってしまう強者だ。そう言えば、今は恋愛する気は無いって言ってたのよね。
ふたりで「困った殿下よね」とため息をつくと、ルクレツェアの守護精霊の小鳥が同意するかのように『ぴぃ』と鳴いた。
身支度を済ませて食堂に行くと、なぜか正座したアオがいた。部屋にいないと思ったらなんでお父様と一緒にいるのかしら?何か言い争っているみたいだわ。
「僕はフィレンツェアの守護精霊なんだから、ずっと一緒にいるんだ!」
「精霊の王だろうがなんだろうが若い男が娘の部屋で寝泊まりするなんて許さぁん!!せめてドラゴンに戻りなさい!」
「やだやだ!せっかく人型になれたのにドラゴンじゃフィレンツェアと結婚出来ないじゃないか!フィレンツェアは僕のお嫁さんになるんだから!」
「まだ結婚なんてはや、ゆる……うぐぅ!」
「あなた、興奮し過ぎよ」
泡を吹いて倒れてしまったお父様をお母様が介抱していると、アオがきょとんとして首を傾げた。
「……また気絶しちゃったぁ。はやゆるってなんだろう?────あ、フィレンツェア!」
そして私を見つけると目をキラキラさせて駆け寄ってくる。ついこの間まで小さなドラゴンだった私の守護精霊は、なぜか急に進化して人型になったのだ。黒髪に青い瞳、私より頭一個分高い背といい見た目は完璧に人間の青年だった。
「フィレンツェア、逢いたかった!僕は守護精霊なんだからこの姿でも学園に一緒に行くからね!」
「それはいいけど、昨日の騒動を見ていたグラヴィス先生が人型なら是非制服を着て授業を受けてくれって言っていたわよ。調べたい事があるんですって」
「あ、グラヴィス先生って精霊の研究を始めたらしいわよ。アルバート様がニョロちゃんを貸してくれって頼まれたって困っていたわ」
「フィレンツェアと一緒ならなんでもいいよ!」
こうしていつの間にか取り寄せていた男子用の制服を身に纏ったアオが私にぴったりとくっついた状態で登校すると、馬車を降りた途端に女生徒からの悲鳴が上がった。
「あのちびっこドラゴンがまさか精霊王だったなんて!」
「あんなイケメンを守護精霊として侍らすなんてうらやま……いえ、悪の権化!まさに悪役令嬢よ!」
「確か、第二王子にも嫌われていましたわよね!それにしても……精霊王から求婚されるなんてずるいですわ!」
どうやら昨日のプロポーズ現場とその後のジェスティード殿下とのやり取りを目撃した生徒達らしい。お昼休みだったからね……。それでなくても守護精霊が希少なドラゴンだからって嫉妬されててあまり好かれていないのに、さらに拍車がかかって嫌われてしまったようだ。
私がしょんぼりすると、ルクレツェアが声を上げる前にアオがボソッと「ちっ、五月蝿い」と呟き指をパチンと鳴らした。すると私の悪口を言っていた生徒達の周りで地面から水柱が噴き上がり全員がずぶ濡れになってしまったのである。それを見てルクレツェアがニヤリと笑った。
「全く、なに文句を言っているのかしら?精霊と人間の恋愛や結婚は法律でも認められていますのよ。しかも精霊は一途で純愛……羨ましいなら素直にそう言いなさいな!そう、私のお姉様を羨むがいいんだわ!」
「今朝も元気ですね、ルクレツェア」
おーほほほ!とルクレツェアがそれこそ物語の悪役令嬢ばりの高笑いを披露すると、その肩をそっと抱くように手が伸びてくる。それは、ルクレツェアの婚約者である第一王子だった。途端に不満の声は黄色い声援に変わる。幼い頃に参加した初めてのパーティーでお互いに一目惚れしてそのまま婚約したなんて、まるでおとぎ話だ。
まぁ、ふたりがラブラブなおかげで私はずっと婚約者がいなくてものんびりしていられたから助かっていたんだけどね。
「アルバート様!」
第一王子は黒髪と赤い瞳をしている。それは側妃である母君が精霊だからであった。精霊が人間の姿になったり、精霊の血が混じると子供は必ず黒髪として生まれるのだ。だから、黒髪の人間は精霊か精霊の愛し子だと言われている。次代の王が精霊の愛し子だからか守護精霊との恋愛に憧れを持つ女性が多いみたいなのよね。精霊な愛されると幸せになれる、なんて噂が飛び交うくらいなんだもの。
まぁ、国王が精霊を愛してその子供が王子として存在するのだから認められないわけがない。でも人型になれなければ恋愛はともかく結婚は難しいかもしれないので私は余計に嫉妬されているのだが。
するとひと目見て現状を察した第一王子がにこりと赤い瞳を細めた。
「……人型になれるのはほんのひと握りの精霊だけですからね。それだけフィレンツェア嬢がアオくんに愛されている証拠ですよ」
『そうでございましてよ!アオ様は我々精霊の王であり憧れ!その心を射止めたフィレンツェア様は最高の人間ですわ!もちろん、アルバートの心を鷲掴みにしたルクレツェア様もでしてよ!』
ぴょこりと顔を出したニョロが声高々にそう言うと、ずぶ濡れ生徒達は気不味そうに去っていった。
「おはようございます、アルバート殿下。妹をお願いいたします」
「はい、お任せください」
教室の違うルクレツェアを迎えに来てくれた第一王子殿下に妹を託し、私はアオと一緒に自分の教室へと足を向けた。
「そう言えば、ジェスティード殿下の守護精霊ってどうなったかしら」
「ああそれなら……まだ眠ってるって他の精霊が言ってた。卵のまま守護精霊になってずっと眠ってるなんて変わった精霊だよね」
「精霊が卵から生まれるのにも驚いたけど……あのわがまま殿下が王位継承権も捨てて精霊が卵から生まれるのを待ち続けてるなんて不思議だわ」
「精霊の産まれ方は他にも色々あるよ?でも……精霊は気まぐれだからね。
「なにを許すの?」
「?さぁ、なんだろ……わかんないけどそう思っただけだよ」
「精霊王でもわからないことあるのね」
クスクスと笑いながら校庭を横切ると、別のクラスのノーランドが守護精霊のスイギュウと一緒に走り込みをしていた。いつも私を見つけると嫌味を言ってくる脳筋である。
「おっと、悪役令嬢は随分とのんびりご登場だふごっ?!」
もちろんアオがその顔面に水柱をぶつけておとなしくさせたが、なぜか飽きずに毎度絡んでくるので辟易としそうだ。私に婚約者がいない事をいつも揶揄ってくるが自分だっていないくせに。それに時々チラチラと私を見てくるのも気持ち悪い。全くなんなのか。
あ、でもアオと婚約したんだからこれからは揶揄われなくなるかしら?
「そう言えば、隣国では第二王子が次の王様に決まったそうだよ!あっちの精霊が言ってた!」
水柱でふっ飛ばされたノーランドをガン無視してアオが精霊達から仕入れた情報を教えてくれた。アオは私に絡んでくる人間にやたら厳しいのだ。まぁ、いつものことなので私もあまり気にしないようにしているけど。
「隣国かぁ……確か精霊を神と同等に崇めてる国よね」
「なんでも神様の神託があったらしいよ?第二王子を王様にしないと国を滅ぼすぞって!ついでに精霊の小さな人形を作って飾るとご利益あるとか、愛の自由についてどうとか……。まぁ、あそこの第一王子は精霊から嫌われてるしね!それから〜」
それって国家機密なのでは……と思わずにはいられない情報をアオは世間話とばかりに口にするので時々ヒヤッとしてしまうが、概ね平和そうだ。
ふと、今朝見た変な夢のことを思い出した。
「神様かぁ……。ねぇ、アオ。私ね、夢を見たのよ」
それは、私が聖女としてドラゴンと闘っている世界の話。しかも最大の敵が実はアオで、私はアオを倒して死んでしまい神様のいる天界にいくのだ。そして私の魂は新たな生を受けるがそれからまた大変な目に遭うのである。
「それでね、その夢の中で聖女だった私が倒したドラゴンが転生してついてきて守護精霊になってくれたの!なんとそれがアオだったのよ!」
夢の話なのでどこかあやふやなところがあるが、それでもアオは目を細めて楽しそうに私の話を聞いてくれた。
「うれしいな……僕は夢の中でもフィレンツェアと一緒だったんだね。でも、案外ほんとのことだったのかもしれないよ?だって僕だったら魂になったって絶対についていくもん」
「それって、私たちの前世っこと?」
「その方が夢があるでしょ?それにほら、今の僕なら無敵だよ?なんてったって向かうところ敵無しの精霊王なんだから!」
「ふふっ、そうね。アオが守護精霊なら無敵よね!でも、前世で倒したドラゴンが守護精霊になってついてきたなんて何かで読んだ物語みたいだわ。私が転生者かぁ……確かに夢があるし、悪役令嬢で無敵なんて面白いかも!」
「フィレンツェアが無敵なら世界は平和だね」
私はアオと平和で穏やかな日常を過ごしていた。結婚したらのんびりスローライフをするのもいいね、なんてアオが言うから……そんな未来もつい想像してしまうじゃない?
だから、悪役令嬢なんて言われちゃってるけど無敵なスローライフが待っているのなら……それもいいかなって。
どうやら私……転生したら嫌われ者の悪役令嬢でしたが、前世で倒したドラゴンが守護精霊になってついてきたので無敵なようです。────なんてね!
終わり