「縛り…とか、要望…とか、なにを…言って……」
「1、下流階級の遊女を心底信じ込ませて惚れさせる。2、隠しカメラで8年間毎日成長記録を撮る。3、出会ってから3年目に愛の告白・結婚を申し込む。4、更に手持ちカメラで堂々と性交を撮れれば追加報酬。5、惚れて落ちきったところを8年後に冷たく突き放し別れを宣言・その一連の表情がわかるように隠しカメラで撮影。傷ついてる期間を長めに動画で納められれば更に追加報酬」
「ッ?!」
「な?これがクライアントの要望。厳しい縛りだろ?ここまでやんのにどんだけ苦労したか……で、ラスト。仕上げの6は明日決行予定だったけど…」
八のサプライズ脱走計画のお陰で今日になったわけだ!
満面の笑みでそう叫びながら、カメラを持つ反対の手でスマホを取り出して耳に当て始める。
誰かと電話が繋がった音が微かに聞こえて、彼が聞いたことのないような低い声で話し出した。
「…仕事中悪いな。そっちさっさと片付けてこっちに来れないか?明日の予定変更で今日になったんだ。……ああ。もう警備には3人金握らせて取引してる。さっき取引済ませといて正解だったよ」
放心状態でしばらく彼の声に耳を傾けていると、ドンッと後ろから何かに押される感覚がした。
頭が真っ白なまま振り返ると、蕾が必死に私を立たせようと右腕を引っ張っている。
ああ、また……幻覚が見えるようになってきてしまった。
まるで他人事のように全てのことがどうでもよくなって、身体に力が入らなくなっていく。
『…駄目ッ!!立って!!!』
ふわふわとした意識の中で、初めて蕾の声が聞こえた。
気がついた時には幼い蕾の腕に導かれていて、立ち上がり障子扉の方へと歩き出していた。
「あっはっは!今更逃げても遅いぞ八!無駄無駄!」
「ッ……?!」
障子扉を開けようとしたのと同時に、外側から別の誰かによって扉を開け放たれる。
目の前には、昔からこの遊郭では悪客として有名な男が立ちはだかっていた。
当時、8歳で聞いた若い衆たちの会話が走馬灯のように蘇ってくる。
『おい!今回で何人目だあの客!いい加減にしろ!』
『なんだー?またあいつか?8歳ばっか指名するやつ』
『チッ……毎度毎度裂いて殺しやがって。こっちの身にもなれよ。買い取ってすぐに破棄じゃ店回んねェだろーが』
「ッ…?!あんた、幼い遊女ばかり指名して殺す……」
「お…?へー、有名じゃんジュウベエ。子供ばっか犯して撮った甲斐あったなあ!」
ゲラゲラと笑いながら信じられない言葉を口にするジュンイチさんに、身体中の震えが止まらなくなる。
この最低最悪だと噂されていた幼児殺しの客が、ジュンイチさんと繋がりがあったなんて…
もう何もかもが、信じたくないことだらけだった。
「虫の息んなってる時に電話くんだもんよ。力加減間違えてすぐ殺しちまった。こっちは今日の分撮れ高ねェぞジュンイチ。どうすんだ?」
「ガキ殺しの動画ももうそんな高くは売れねェよ。それより今日はこっち優先だ。手伝ってくれ。ちょっと良い意味でのイレギュラーもあってな」
耳に入ってくる会話から推測すれば、どう考えてもこの男とジュンイチさんは仕事仲間だ。
幼い遊女を指名して殺していたこの男も、クライアントからの要望で動画を撮って金を稼いでいたということなら…
つまり、これから起こることは……
「ジュウベエはこっちの中流階級の遊女、始末してくんねェか?」
「ッ?!!ん゛ー!!んん゛ー?!」
「…?こいつの分の依頼はいいのかよ」
「今回の件で俺たちのこと知られちまったからな。依頼の縛りは『中流階級の遊女を騙す』だろ?こいつじゃないと駄目な理由もねェよ。用済みだ。処分してくれ」
「動画は一応撮っとくか?」
「…まあぐちゃぐちゃにしてやれば誰かしら買い手はつくだろ。派手に殺っとけ。警備には話つけといてやる」
……一方的な、虐殺だ。
信じられない、信じたくない。
こんなことが現実に起こっているなんて、こんな地獄がまだ、私の人生に残っているなんて……
「おっ、八!良い表情になってきたな。今日のこともお前優先で動いて正解だったわ。種明かしどうだった?」
共に生きることを断られても、ただ死ぬだけで終われると思っていたのに……
あなたにもう一度愛されることはなくても、これ以上真っ暗な闇に落とされることはないと思っていたのに……
「クライアントからの要望6、俺からの種明かし後に集団リンチで惨殺!客が喜んでくれるかはお前の表情にかかってまーす。どう?これから殺される感想は?どんな気分?カメラに向かってどうぞ」
「……。」
白無垢の、あの子の声が聞こえる。
『えーやだ!これくらいでショック受けてんの?』
ヒタヒタと後ろから近づいてきた彼女が、カメラを構えて笑っている彼の身体と重なり合う。
夢で聞いたはずのあの台詞が、はっきりと現実でも私の耳に響いてくる。
『私はあんたの代わりに殺されたんだからさー……』
あんたは私より苦しんで死ねよ。
そう彼女に呟かれた瞬間、精神が崩壊して、気を失ってしまった。